時代
*文中の歌詞はナチス時代に流行った「リリー・マルレーン」です(元の歌はドイツ語ですので、飽くまで意訳)。
「ロルフ・ブラウンが絞首刑だってさ、ざまあみろ」
新聞紙を掲げて、ペーター少年は笑った。
「こいつの家族も全員、自殺したらしいよ」
「やめなさい」
夜勤明けらしく蒼ざめた顔の女医は静かに窘めると、新聞を受け取った。
「この『青い目の悪魔』のせいで、俺の両親はガス室に送られたんだ」
少年は食い下がる。
「先生の旦那さんや坊やだって……」
「やめて!」
女医は涙を浮かべると、家に駆け込んでバタンと扉を閉めた。
数日後、女医宅に新聞配達に訪れたペーターは小さな歌声を耳にした。
「平和の日は訪れたのに、君はまだ帰らない」
輝くばかりの金髪の少女が庭に立っている。
ペーターに気付くと、少女は空と同じ色の目を向けた。
「レニ!」
急に女医が現れた。
「勝手にお外に出ちゃ駄目よ」
女医は少女を抱き上げると、少年の手から新聞を奪って家内に消えた。
******
「ペーターは、記者が夢なんだって」
近頃、また背が伸びたレニは水色の目を輝かせて養母に告げた。
「私は歌手になりたいな」
「レニ!」
窓の外から声がした。
「噂をすれば……今、行くわ!」
少女は白い頬をうっすら桃色に染めて笑う。
「遅くなる前に帰るのよ」
「はい」
返事もそこそこにレニは飛び出した。
新緑の街路樹の間を、青年と少女が笑い声を響かせて歩いていく。
二人の姿が街路の向こうに消えるのを見届けてから、女医はそっと窓のブラインドを閉じた。
あの晩、私は病院に運び込まれたブラウン一家の治療に当たった。
毒を飲ます際、実の母親が手心を加えたのか、幼い末娘だけが生き残った。
目覚めても、レニ・ブラウンにはもう帰る家などなかった。
そして、「青い目の悪魔」に家族を奪われた私は、あの子を引き取った。
私さえ黙っていれば、全てが丸く収まるのだと、これ以上誰も不幸にならずに済むのだと信じて。
でも、今になって、やはり深い罪を犯してしまった気がする……。(了)
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