風まかせ

木村凌和

0年

1

 伸ばした指の先に、触れた赤ん坊の感覚を一生忘れないだろう。あやふやで、危なっかしくて、抱え守らなければ消えていなくなってしまいそうで。それでいて、愛おしい。とても、とてもとても。これ以上の言葉はきっと当てはまらない。

 あらし。

 そっと、そっと、呼ぶ。そっと過ぎて声にならなかった。

 あなたは『あらし』っていうのよ。

 赤ん坊の頭を、頬を手を、触れる力加減がわからない。でも触れるだけで伝えられるような、伝わるような、そう思う自分がいる。

 彼の名前と、自分の名前。両方に『風』が入っているから、生まれる子は男の子でも女の子でも、名前は『嵐』。そう二人で決めていた。

 女の子。

 あらしを取り上げた助産師たちがささやきあう。女の子。

 この子の髪があおいことにほっとしたばかりだったのに。崖の縁に立たされているみたいだ。急に足下が危うく、今すぐ深く深く、下へ下へ落ちてしまいそうだ。

 計器がエラーを出しているらしい。けたたましいエラー音が遠くに聞こえる。助産師の腕が伸びてきて、あらしが奪われてしまう。強く抱いていたはずなのに、腕に力が入っていない。

 遠のいていく。待って。連れて行かないで。赤ん坊を抱いた助産師が背を向けて歩き出す。やめて。連れて行かないで。明かりが眩しい。目の前がまっしろに埋まっていく。

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