桜の木の下で、彼女と

 去年の今日、ここに花見に来たっけ。

 あの時は、由菜は薄いピンクのシャツにオフホワイトのカーディガンを羽織って、可愛かったな。

 まさか、それが最後のデートになるなんて思わなかった。

 いつものように、それじゃまた来週ね、って手を振って別れて、それっきりになった。

 家に帰って、「今日も楽しかったね」ってメッセージツールでコメントしても、既読の文字が付かなかった。

 いつもなら三分とかからずに返信があるのに。

 もちろん、シャワー浴びてたりとかで、すぐに返事が来ないこともあったけれど、あの時は何だか嫌な予感しか、なかった。

 そして、その予感は当たってしまった。

 次に由菜にあったのは、彼女のお通夜だった。

 由菜は白装束を着せられて、頭に包帯を巻かれて、息もせず棺桶の中に横たわってた。

 事故に巻き込まれたんだって。

 なんでだよ。なんで由菜なんだよ。

 おれはただ嘆くだけだった。ご両親には、おれが家まで送って行ってれば、って泣いて謝るしかできなかった。


 あれから、もう一年経った。

 おれは、立ち直ったような、立ち直ってないような、妙な感じで、今ここにいる。

 桜をバックにはしゃぐ由菜。

 お弁当作ってきたと恥ずかしそうにしてた由菜。

 一緒に食べて、笑ってた。

 隣にいたぬくもり。

 何もかもが、ゆっくりと薄れていく、遠くなっていく。

 忘れたくない気持ちと、それでも、とらわれてちゃいけない、って思う気持ちと。

 由菜のことを思いだすと、嬉しくて、こそばゆくて、苦しい。


 たくさんの人がレジャーシートを広げて花見を楽しむ中で、地べたにぽつんと座るおれはきっと浮いた存在だろうな。

『そうだよー。もっとしゃんとしなよ』

 由菜の声が聞こえた気がした。

 ――って、えっ?

 桜の木のそばに、由菜がいる。

 透き通るような、ってか実際透き通ってるっ。

 白い着物を着て、まんま、怪奇現象特集に出てくる幽霊そのものだ。

『ちょっとシツレイねっ。まぁ幽霊なのは確かだけど、あんな怖いのと一緒にしないでよ』

 由菜が笑った。生きていた頃みたいに可愛い笑顔で。そのままおれの隣にぺたんと座るもんだから、一年前の花見の時みたいだ。

 でも由菜が透き通ってるのも、他の人に見えてなさそうなのも、彼女がこの世の人じゃないことを示してる。

 幽霊なのに、幽霊を怖がるんだな。

『あったりまえでしょ。こんな可愛いのを捕まえて、怨霊とかと同類にするなんて』

 うん、悪かったよ。でもどうせなら、そのいかにもな着物じゃなくて、もっと由菜らしい格好で来てほしかったな。

『それは、ねぇ、霊界にも諸事情があってねぇ』

 由菜はそっぽを向いてしまった。服装に関する諸事情があるのか? こっちに来るには死に装束じゃないといけないとか?

 まぁいいや。それよりも、会えて嬉しい。

『もう、……わたしも嬉しいけど、ダメだよ、もっと前向いて生きなきゃ、ね?』

 嬉しそうな、それでいてちょっと悲しそうな顔をした由菜。

 なんで、なんで、君だったんだろうな。

『ほらまたそうやってブルーになる』

 それこそ、あったりまえだろ? 好きな人が死んじゃったんだぞ。

『しょーがないなぁ。じゃあ、わたし、このまま守護霊になってあげてもいいよ? そしたら、ずっと一緒だよ』

 えっ? マジっ?

『でもそうしたら、あなたに近づく女はみんな不幸になっちゃうよ。一生結婚どころか彼女もできなくて、それどころか呪われてるってウワサも立っちゃって大変かもよぉ?』

 なんで?

『わたしが呪うから』

「呪うのかよっ?」

『そばにいたら、やっぱり妬けるからね。どうする? わたしが守護霊になっていい?』

「う、うーん」

『悩むなっ』

 由菜に右ストレートを食らった。といっても実際に触れてるわけでもないし、全然痛くないんだけど。

 ふん、とひとつ息をついて、由菜が困った顔をする。

『守護霊になるなんて、ウソだよ。わたし、あなたと付き合ってて幸せだった。だからあなたもこれから幸せになってほしい。これを伝えたくて、来たんだ。こんなダッサい格好を我慢して来たんだから、わたしのお願い、叶えてよね』

 由菜は両手を横に伸ばして、自分の着物をみて、はあぁ、と心底イヤそうな顔をした。

 おしゃれで可愛かったもんな。確かに死に装束はイヤだろう。

 そう思ったら、ふふっと笑いがこみあげてきた。

『そうそう、そうやって笑ってればいいんだよ。せっかく桜が綺麗に咲いてる所に来てるのに、見もしないでふさいじゃってるのってもったいない』

 由菜が笑った。

 言われて、辺りの桜を見る。

 今ちょうど満開で、枝という枝に薄ピンク色の花がたくさんだ。

 すごく、綺麗だ。こういうのを見て癒されるのって、日本人なんだな、って話してたっけ。

 去年、一緒に見た桜は、あの時と変わってなくて。

 ……でも、周りの人のおれを見る目が、痛々しい。

『そりゃ、他の人にはわたし見えてないし。何もない所見て「呪うのかよっ?」なんて口走っちゃ、ねぇ』

 げっ。そうかっ。そりゃおかしなヤツだ。

 由菜が、けらけらけらけら、楽しそうに笑ってる。

 おれも、つられて笑った。

『それじゃ、ね。伝えたからね。守ってくれないなら次は呪いに来るから』

 怖いなおい。

 あはは、と笑って、由菜が手を振って、消えていく。

 元々薄かった影が、更に透明になっていって、見えなくなっていった。

 後に残ったのは、中途半端な笑い顔のおれと、かわいそうなものを見るような目でおれを見ている花見客だけ。

 おれは、すごすごとその場を離れた。


 約束、とか言って、勝手に希望を圧しつけてっただけ、だけど。

 ちょっと頑張って前向きに生きてみようと思う。



(了)



 自サイト(閉鎖済み)14周年記念リクエスト

 お題:着物 桜

 旧タイトル:非リア充、呪われる?

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