第64話 花粉症で大パニック!

 いつもの長屋だが、今日は珍しく我輩が園市の部屋を訪問していた。乱雑に積み重ねられた教科書と、お笑い芸人関連のグッズで、足の踏み場がなかった。ちょっぴり青リンゴの香りがするが、台所に置かれた果物と園市の体臭が混ざったからだろう。


「ずびーずびー、暮田さん、花粉症やばいっすよ……なんとかしてくださいっす……」


 元勇者で高校生の園市が、涙と鼻水をだらだら流していた。人懐っこい顔も台無しである。


「花粉症か。魔界では花粉が目に見えるほど散ることがなかったからな。珍しい症状だ」


 我輩は、手土産に持ってきた果物の詰め合わせを包丁で剥いていた。


「ネットで調べたら、昔わざわざ花粉症の原因になる木を植林したみたいっすよ」

「自らの手で病気を増やしたようなものか……地球は狂っているな……」

「暮田さんは花粉症にならないんすか?」

「我輩グレーターデーモンだからな、花型モンスターの毒花粉を食らったところでノーダメージだ」

「うらやましいっすねぇ。このかゆさと呼吸の苦しさと無縁だなんて。ずびーずびー」


 園市は、ずっと鼻をかんでいた。どうにかしてやりたいが、一朝一夕で治るものではないから、地球人は困っているんだろう。ネットで調べてみればアレルギー反応の一種だから“回復”するのは難しいみたいだ。


 いきなり園市が、手のひらを水平に動かした。


「そうだ暮田さん。花粉症の原因になる木を全部伐採するってどうっすか?」

「我輩が環境破壊の帝王になってしまうではないか」

「いいじゃないっすか。花粉症の人たちに感謝されるっすよ」

「さすがに環境破壊はなぁ……間をとって品種改良はどうだろうか。杉の性質を魔法で変化させて、花粉症にならないようにするとか」

「いいじゃないっすか! お願いするっす!」


 さっそく長屋の近くに植生した杉の足元へやってきた。ちょっと風が吹くだけで、ふぁさーっと黄色い花粉が飛び散った。アスファルトから建物の壁まですべてが黄色に染まっている。花粉症と無縁の我輩ですら、かゆくなったように錯覚するレベルの濃度であった。


 園市はゴーグルとマスクで完全防備してきたのだが、空気中に蔓延する花粉と接したら、ぶるっと肩を震わせた。


「ずびーずびー! やっぱ杉の近くにくると死にそうになるっす! 早くなんとかしてほしいっす!」

「うむ。今から魔法で改良していくから、息苦しさが緩和されたかどうか報告してくれ」


 むむむっと変性魔法を放って、杉の木の性質を変化させた。


 すると園市が「ぎょえええええええええええっ!」と叫んで倒れた。


「く、く、暮田さん! 目と鼻が辛い! 激辛カレーを塗られたみたいに辛いっす!」

「失敗だ! とりあえず元に戻そう」


 変性魔法の効果を消して元に戻すと、園市は公園の水道で目鼻を洗った。


「殺す気っすか暮田さん!」

「悪かった悪かった、しかし辛くなっただけ目と鼻のかゆみは軽減されたろう?」

「吹雪から熱湯に変化したから合法みたいな言い訳はよくないっすよ」

「厳しいな。わかった。もう一度試そう」


 もう一度変性魔法を使って杉の性質を変化させた。


 すると園市が「びえええええええええええっ!」と叫んでのたうちまわった。


「くすぐったいっす! 目と鼻がくすぐったくてどうにかなりそうっす! まるで目の中で小人が踊ってるみたいっすよ!」

「また失敗か。とりあえず元に戻そう」


 変性魔法の効果を消して元に戻すと、園市が地団太を踏んだ。


「危なくおしっこ漏らすところだったじゃないっすか!」

「笑いが取れそうだから良しとしようではないか、汚れのお笑い芸人志望だし」

「失禁は笑いじゃなくて嘲笑っすよ! 視聴率低下の原因っす!」

「色々厳しいな。わかった。もう一度だけ試そう」


 最後に変性魔法を使って杉の性質を真面目に変化させようとしたのだが、他でもない我輩が鼻から砂ぼこりを吸いこんでしまいへっくしょいとクシャミ――手元が狂ってしまった。


 ばばばーんっと杉のサイズが三倍になり、ぶわーっとスギ花粉の量が十倍に増量してしまう。まるで濃霧のように黄色い花粉が視界いっぱいに広がって、近隣一体はペンキをぶちまけられたみたいに黄色く染まってしまった。


 園市がひくひくひくと痙攣してから、どっしーんっと倒れた! 我輩は白目で意識を失った園市を抱き起こした。


「そ、園市――っっ! なんてことだ意識を失っている……!」


 なお、近隣の住民たちも、次々と花粉症を発症して気絶していった。


 ま、まずい……ちょっとしたパンデミックになってしまった。さっさと元に戻さないと、鬼がくる。ナギナタを持った鬼が。


 ずしん、ずしん、ずしん。厳かな足音が背後から迫ってきた。


 おそるおそる振り返れば、やっぱり花江殿がナギナタを握り締めていた。なお本日は濃厚な花粉から目鼻を保護するために軍用のガスマスクを装備している――いつもより恐ろしい見た目だ。


「暮田さん! またわけのわからないことをして!」

「ま、待ってくれ! 懐かしいオチもいいのだが、我輩故意でやったわけではなくて、手元が滑ったのだ!」

「だったら! 今すぐ! 直しなさい!」


 よーし、今すぐ直すぞ!


 さっそく変性魔法を使って元に戻した――つもりだった。だがなぜか杉からニョキニョキと足が生えてきて、元気よくジャンプした。どうやらナギナタに怯えながら魔法を使ったせいで、魔法式を間違えてしまったらしい。


『俺は杉の木、花粉を町中に撒き散らすのが使命さ!』


 杉はわざわざ頭を揺らしてスギ花粉をバンバン撒き散らすと、思春期の若者みたいに自らの足で走り出そうとした。


 しかし花江殿がナギナタを一閃――たった一撃で根元から切断してしまった。ずっしーんっと斜めに倒れた杉の木を踏み越えて、悪鬼羅刹となった花江殿が迫ってくる。


「次は暮田さんの番ですね」

「ひえええええええええええええええ! 真っ二つはよせええええええええええ!」


 ――――さすがに真っ二つの刑は勘弁してもらったが、代わりに町中の花粉を清掃するお仕事をやることになった。なお住民たちの花粉症の症状が楽になるまで休憩なしで掃除を続けなければならないので、しばらく帰れそうにないという……。

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