第15話 勇者、異世界にいく
ただでさえ固い荷馬車の床の上は、激しく揺れ、強く縛りつけられた京一郎の全身をさらに痛めつけた。
しかしそのことさえ気にならないくらいに京一郎は怒っていた。
馬車が出発する前、人質に反抗する気力をなくさせるためだろう、ニーゼルは京一郎だけでなく同じく囚われの身の少女にまで激しく暴力をふるったのだ。
なんという卑劣漢!
己の傷の痛みを忘れるほど腹立たしいが、現状ではろくに身動きもできない。
「ねえ、ねえ、君、大丈夫かい?」
京一郎は話しかけてみた。
女の子はぐったりとして身じろぎひとつしなかったからだ。
「ん? なに?」
痛々しい様子で顔を殴られ腫れぼったい目で、それでも力強い声で返してきた。
「傷の具合は大丈夫かい?」
「見ての通り。こちとらクラフトマンだよ。傷くらいで騒ぐもんかい。ロッピー・ロンダだ。そっちはなにものさ?」
「僕は結城京一郎。……えーと、高校生になるのかな」
「コウコウセイ? 知らないな。どんな職分なんだい?」
「学生っていうか、学問を学ぶ……でいいのかな?」
「なにを学ぶの?」
「いろいろ……って、それどこじゃなくて、この状況をどうにかしないと!」
「それには同意見だけど、どうやって? 相手は性根が腐ってはいるが本物の勇者だよ。実力はアメリコ国の折り紙つきというやつさ」
「女性に暴力を振るっておいてなにが勇者だ、くそっ!」
「それどころか私はもう3回はレイプされたよ」
「……! なに? なんだって?!」
「女が捕虜なりなんなりなれば珍しくもないだろう?」
「な、なんてことだよ! くそっ!」
「死ぬよりゃマシさ。私の代わりに怒ってないでアイデアを出して欲しいもんだね」
「でも、どうすれば? 縛られた縄もほどける気配すらないよ」
「あいつは筋肉バカのようでいて決して間抜けじゃない。臆病なほどに用心深い奴だ。ああ見えて決して己を過信したりはしない」
「じゃあ、敵は完璧ってこと?」
「まさか。アイツは本質的に他人を信じられないタイプだからね。仲間からの人望が致命的にないのさ」
「あれ? 確か仲間が他の場所で人質を取っているって……」
「嘘じゃないよ。でもその仲間というのがたったのひとりなのさ」
「え?!」
「だからアイツは私がしゃべらないようにしていたんだよ。こんなにももろい集団だなんて知られないためにね」
「それにしてもたった2人で”工房”を敵に回すなんて……呆れるというか、馬鹿らしいというか」
「実力はあるんだよ。実際ここまで上手くやれてる」
「でも、そう上手くいき続けるのかなあ?」
「失敗しそうになるとマジでヤバいよ。いざとなると人質とかを平気で殺しかねないからね。現状は今後の取引も考えてみんな生かされているけれどね」
「くう、上手くいってもいかなくても拙い展開になってしまうのか……」
「しかしこちらの目的はシンプルだ」
「というと?」
「頭である勇者を押さえればそれで全部チャラに出来る。もっともそいつがとても厄介な強敵というのが困ったことだけど。君、勝てそう?」
「う……」
荷台に一緒に放り込まれている最強の武器とされる”逆鱗”を見た。これを使えればあるいは勝てるのかもしれないが、残念ながらどう使えばいいのかすら見当もつかない。
「お、道の揺れが変わった、別の”世界”へ入った証拠だ。たぶんアメリコ国のあるところだな」
「別の”世界”から”世界”に道路で通じてるなんてスゴイことなんじゃないの?」
「まあね、ウチの”工房”がお得意さんとの間にだけ架ける特別な道路なんだ。この独自技術があるからこそ”工房”は常に最先端の技術を提供できるってわけさ」
「アメリコ国ってどんなとこ?」
「まあ、それなりに豊かな国かな? 魔王の侵攻も始まったばかりだから、侵略された領土も少ないし。のんびりしたものだったよ」
小声で話し合っていると馬車が止まった。
「降りるぞ!」
ニーゼルが叫び、馬車の後方の入り口の幌が開かれた。
「え?」
京一郎の目が見開かれた。
どす黒い厚い雲からはわずかに日光が差すばかり。カサカサに乾ききった風が身を責め立てるように吹き巻いている。
荷物のように馬車から地面へと放り出されると、教会の入り口が目の前だった。煤に汚れて、ところどころが破壊されている。
周囲を見渡すと、焼野原の跡が目立ち、あとは枯れ切った葦の原ばかりだった。
おおよそ、のんびりとはまったくの無縁の場所にしか見えない。
「くそっ! また魔王の手先か」
ニーゼルは唾を吐き、京一郎とロッピーをそれぞれ片手で運び、教会内部へと連れ込んだ。
教会内部へと連れ込まれる際、京一郎の目には空に小さくドラゴンの姿が確かに見えた。
ぞわり、と総毛立った。
「戻ってきたな! 勇者ニーゼルよ!」
大音声が雷のように鳴り響く。
「くそが!」
ニーゼルはふたりを教会内へ放り込むと、馬車から”逆鱗”を運び出そうとした。
が、その重さにまるで思うように動かすことがかなわない。
「さあて、決戦の時だな、ニーゼル!」
ドラゴンがニーゼルの前に降り立つとその首から一人の巨漢が地面に降り立った。
「この、大魔王ジャークス!」
”逆鱗”をあきらめ、自らの剣を構えるニーゼルだが、その切っ先は明らかに震えていた。大魔王ジャークスからの圧倒的な力と魔力に押し潰されそうだった。
「お前から来るとはな、ジャークス」
「ふふん、大魔王はいつも気まぐれなのだよ。ところで心強い仲間は集まったかね? 勇者ニーゼル」
「うるさい! 大魔王など俺ひとりで充分! いくぞ!」
「来い! 死にに!」
いざ両雄がぶつからんとしたその刹那、声が割って入った。
「ちょい待ち」
「は?」
「あ?」
ニーゼルもジャークスもそろって新しい声の主を見る。
「えーと、どっちが犯人なんだ?」
「なに?」
「なんだと?」
ピンクの髪に錆色のメッシュが入り、左の頬には大きなクローバーのタトゥーが入った女性が立っていた。抜群のプロポーションと表現したいところだが、その両の拳には人間の頭部よりもずっとバカデカい鋼鉄製の異形のグローブが嵌められ、異様なバケモノじみた印象を与えていた。
「あのな、魔王さまの依頼でな。この場所にいる勇者をぶっ殺せといわれているんだ。なんでもこの場所で一番強いヤツをぶっ殺せばいいとのことなんだけどもよ。どっちがそうなんだ? この世界の勇者ってのがよくわかんねえし、このふたりの強さの違いも大差ねえからわかんねえ。だからぶっ殺すから、勇者だって方が名乗り出てくれ」
「ほう? 貴様なにものだ? 私が、大魔王ジャークスが、このアリのような勇者ごときと大差ないだと?」
「いやあ、アリと羽アリくらいは違うさ」
「貴様、消滅させる前に名前くらいは聞いておいてやる。驚愕すべきバカの名としてな!」
「私はクロウバ・ヴァイス。魔王四天王のひとり。もしかしてお前が勇者か?」
「私は大魔王ジャークス! 勇者のついでに殺してやる!」
「おお、久しぶりのバトルか。楽しませてもらうぜ」
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