第12話 勇者、勇者と遭遇する。
「”逆鱗”をよこせだと? 阿呆がッ!!」
アネフは屋根の上から一喝した。
「あるわけなかろう! あれは伝説上の存在だぞ」
「ふん、この娘が”工房”にはあると自慢気に吹いていたぞ、クラフト・スパイダー殿」
自称勇者はまるで退かない気配だった。
「ねえ、君、助けないのか?」
京一郎は魔王の袖を引き、念話でたずねた。
「不要だ。ここの親方は海千山千のクラフト・スパイダーだぞ。手出しなぞしたら却って無礼になるわ」
「そうかもだけど……」
人垣でまるで見えないので余計気をもんでしまう。そこでどうにか見える場所はないかと周りを歩いてみると、昔ファンタジー映画やゲームなどで見たドワーフとかホビットとかいうものの一族らしい集団がいて、その頭上から現場を見通すことができた。
「なにをしている」
魔王が念話を飛ばしてくる。魔王ならば人の壁があっても実際の現場を手に取るように知ることができるのだろう。
「だって気になるから」
「まったく野次馬め」
「そんなつもりじゃ……」
「そこの馬鹿娘の法螺話とは思わなかったのか?」
アネフが決めつける。
「ただの娘ならな。けどそいつが死の商人、”工房”の一員となれば話は別だ。ましてや交渉人という特に重要な役職ならなおさらだ」
「なにを勘違いしておる。ウチは職人、クラフトマンの集団だぞ。そいつは入って一年も経たない新米だ。交渉だけは上手いからおいてやっているだけのこと。クラフトマンとしては新米にすらなってはおらんよ」
見るとかなりガタイのいい金髪碧眼の鎧姿の大男が中学生くらいの女の子を小脇に抱え、右手で抜き身の剣を振り回しながら、アネフと口論している。深紅のマントがわざとらしいほどに風になびき、所有者に風格を与えようとしている。
なるほど。日映えだけなら非の打ち所がない勇者だ。口を閉じてさえいれば、だが。
しかしあんな子供を人質に目的を達そうとするなんて、それだけで勇者失格なんじゃなかろうか?
確かにこれだけ大勢の敵がいる相手の本拠地で、平然としていられる胆力は大したものといえるだろうが、それも人質がいればこそなのだろう。恬として恥じないどころかどこか得意げな様子に京一郎は嫌悪を覚えた。
「さてさて、どうする。自称勇者殿」
「自称ではない! 俺は勇者ニーゼル・ブレイだ! ちゃんとアメリコ国王から認定された正当なる勇者だ」
「それはご立派な。で、どうする? 目的のものはない。人質にそんな価値もない。それで”工房”を敵に回してどうするンだね?」
「人質を見殺しにするというのか?」
「そんな未熟な職人、我らにとって大した損失ではないなぁ?」
「なんという冷血漢。死の商人に相応しいな」
「ぬかせ。こちらは人体実験の被験者を常時募集中だぞ?」
「本当に殺すぞ」
「殺さなければ見逃してやる、といってやってもいいンだが?」
「するとどっちにしても俺は逃げられないということか?」
「運が良ければ、私の気が変わるかもという話だ」
「くくく、さすがクラフト・スパイダー。一筋縄ではいかない」
自称勇者ニーゼルがニヤァ……と邪悪な笑みを浮かべる。
「どうした? 腐乱した猫でも喰ったような顔をして」
「クラフト・スパイダーよ、では尋ねるが、この娘がいた一行の他のメンバーはどこでどうしているのかね?」
「なに?」
アネフは眉をしかめた。
「俺の仲間にいってある。ある時間までに俺が戻らなければそいつらをひとりづつ殺していけと。そういえば女も上玉が揃っていたなあ。くひひ、今頃はヤツら、お楽しみ中だろうなぁ」
「お前……!!!」
アネフの全身の毛が逆立った。八本の脚が屋根瓦を突き破る。
「おや、余裕がなくなったようだな、蜘蛛女。こっちから聞こうか。どうするつもりだ、ええ?」
「お前……ッ! 八つ裂きなんて生ぬるい死に方できると思うなよ……!」
「んなこと聞いてんじゃねえんだよ、クソ虫が。あるんだだろ、”逆鱗”がよう」
「……ある。研究用にな」
「ビンゴォ! ほら、すぐに持って来いよ! 虫が!」
「く……! わかった」
そういうと同時に、アネフは影のように姿を消した。
「ねえ、どうにかできない?」
状況の変化に京一郎は魔王をせっついた。
「さすがにどこにいるかわからない相手には手を出しようがないな」
魔王はまるで無関心そうに返事をしてきた。
「魔法でなんとかできないの?」
「魔法は万能じゃないぞ」
その間にアネフは前の場所に戻ってきた。驚くべき素早さだ。その手には巨大な鉄の塊のようなものがあった。
「なんだ? あれが武器? なんというか串カツに似ているなぁ」
「なんだ、串カツって?」
一本の太い鋼の竿に鋭利な刃が何段にも平行に連なっており、先端は槍の穂先のようになっていた。長さはざっと3メートルくらいだろうか。すべてこれ鋼鉄の塊といった風情でわずかにある柄の部分で持ち上げることは常人では不可能だろう。
「でもあれが世界最強の武器? ただの鉄の塊でぶったたく以外に使い道思いつかないんだけど?」
「お前には関係ないから知る必要はない。私は自分のとは別の”世界”で戦ったことがあるが、洒落にならんぞ、アレは。危うくその”世界”そのものが破壊される寸前までいったからな」
「ええ? あれが?」
改めて見直しても、やはりただの鋼鉄の塊だ。大して凄みも感じない。
「ほら、持っていけ」
アネフがニーゼルの近くの地面に”逆鱗”を放った。それは柄の先がそのまま深々と地に突き刺さり、さながらアーサー王の伝説の剣のような様相を呈した。
「ふん、素直に俺のいうことを聞いてりゃいいんだ、バカどもが」
剣を鞘に納め、右手で”逆鱗”を引き抜こうとしたニーゼルは予想外の事態に顔色を変えた。どうやら片手では抜けないほどの重さらしい。
ニーゼルは苦虫を噛み潰したような顔をすると、周囲を見回した。こんなところで誰かに助けを求めるなど恥さらし以外の何物でもない。
「おい、そこのガキ!」
「は?」
突然のニーゼルからの指名に京一郎は面食らった。
「この武器を持って俺の後からついてこい。ついでに人質を増やしておく」
なるほど。そういう言い訳なのか。それに確かにこの中では一番ひ弱そうなのが京一郎だ。人質にもぴったりだろう。武器が抜けなくてもそれに手を貸すという名目で手助けを得ることができるということだ。
一歩踏み出そうとすると、魔王が見ている。確かに京一郎が人質になるなど許さない気なのだろう。それを片手で制して、人垣から中に入った。前にいたひとたちに目線を合わせて、間を通るのを謝るしぐさを腰を降ろしつつ、そっと適当な小石を右手のひらに隠す。
ニーゼルの方へ行くときは両手を合わせ、小石を完全に隠し、恐る恐るという様子で恐々と歩く。
「早く来い! この腰抜けが!」
「は、はい!」
いいぞ。完全にこっちを気弱なヤツと油断している。どんな強いヤツも警戒していなければ常人と大差ない。
「い、今、行きます」
か弱そうな声で、京一郎は走り出した。京一郎はいつもおとなしそうで、控えめなため、弱気に思われているが、実は喧嘩を売られるとやむをえなければ受けて立つタイプである。不幸体質ゆえにそれらトラブルに対処するには逃げるばかりでは限界がある。敢えて戦うことも必要だと嫌でも学んできているのだ。
いわれるがままに走った、と見せかけて助走をつける。狙うは兜のない顔面。顔のど真ん中にある鼻。当たれば大量の鼻血が出るため、大いに相手の戦意を削ぐことが期待できるし、呼吸をしにくくできるためその後の立ち振るまいでも大いに有利となる。それにこの一撃が上手く決まらなくても、周囲の誰かがすぐに後に続くだろう。
だいたいこいつのいってることは本当がどうか疑わしいし、時間指定を曖昧にしているのも眉唾だ。もし本当だとしても、本拠地の場所を吐かせる方法はいくらでもありそうだ。なにせここには悪の中の悪、魔王がいるのだ。拷問とか得意そうだし。
発想が悪者っぽいな、と内心苦笑しつつ。ニーゼルをこちらに振り向かせるために
「勇者さん」
といいつつ、小石を握ったこぶしに体重を乗せた一撃を放った。
「あ?」
完全に油断した顔、のはずだった。ニーゼルの右腕は軽く京一郎の腕を払いつつ、顔面にパンチを食らわせていた。
「んがッ……!」
「へ……やべえやべえ、おめえみてえな目つきをしたヤツはどうふるまっていたってやべえのよ。俺の大嫌いな目つきだ」
「ちき、しょ……」
「やっぱ人質は女に限るわ」
続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます