第7話 魔王、もうひとつの”悪”と会う。
周囲はミサイルによる業火により地獄の様相を呈していた。炎の中で揺らめいていた人影もすぐに崩れ落ち、消し炭同様となり果てる。
ビニールや発泡スチロールを燃やしたような強烈な臭いが充満し、京一郎は嘔吐をこらえるのに苦労した。
そこに
「世界の半分をやろう」と魔王が提案をしてきた。
瓦礫の上に立ち、炎を背にして、平然とした口調で。
「世界? 半分? 意味がわからない」
これだけの大惨事の中、人々の死を歯牙にもかけない態度に怒りを覚えながら京一郎は言い返した。
「正確ではなかったかな。世界といっても私が住む”世界”の話だ。そこでは私が魔王として君臨し、すでに世界の半分を掌中に握っている。それをお前に譲ろうという提案というわけだ」
「どうして? 苦労して手に入れたんだろ? しかもなぜ僕に?」
「私は魔王に飽きた。だからその代わりが必要なのさ」
「僕に代わりの魔王をやれとでも?!」
「最終目標としてはそうだ。だが現段階では無理だ。だから……」
魔王が顔をしかめた。ぐるりと周囲を見回す。
「妙だな。人の気配が遠ざかった」
「え? 火の燃える音でなにも……?」
突然、京太郎に向かって魔王が突進してきた。
「な、なに?!」
と、言い終わらぬうちに、魔王は京太郎の背後の炎の壁を割って、突入してきた溶岩と人間を合体させたような怪人の腹に一撃を加えていた。
「くっ!」
溶岩石の怪人は背後で受け身を取りつつ一回転し、すぐに立ち上がる。対して魔王はパンチした腕が半ば燃え上がり、見る間に炭化しつつある。
「き、君! その腕!」
「案ずるな」
魔王は一度思い切り息を吐き、ゆっくりと呼吸をするとそれに同調するかのように、腕の重度の火傷も修復されていった。不思議なのは皮膚だけでなく、制服の生地まで元通りになっていったことだった。よくよく見るといつの間にか、ミサイル直撃時の汚れもなくなっている。
「これぞ、私の強大な魔力のなせる業だ。これによりいくらでも身体の修復が可能だし、防御もほぼ完璧よ」
「へえ、さすが魔王ってところなんだ」
「だがさっきの攻防で問題点が発覚した」
「え?」
目の前の魔王が消えたかと思うと、京一郎は襟首をつかまれ、真上へと引き上げられていた。靴のつま先の先端をなにかがぎりぎりでかする。見下ろすと動物のサイと人間を合成したような怪人が、さっきまで京一郎がいた場所を切り裂いていったところだった。
炎の壁を飛び越え、改めて地面に降りると京一郎はぎょっとした。
異形の軍団によって十重二十重に取り囲まれていたからだった。それは小さな頃、
テレビで夢中になって観ていた悪の軍団そのままの集団だった。同じコスチュームで没個性的な存在の戦闘員。現場で戦闘を指揮する怪人。それらを束ねる幹部。その上に立つ参謀。そしてボス。子供の頃はこれらが本当にいると信じていて本気で怖がったものだった。
今思えば実に馬鹿らしい……はずだった。
いる。
高校生になった自分の目の前に実在する。戦闘員も怪人もいる。そして問題はこれらはどう見ても単なるコスチュームではないし、着ぐるみでもない。本物だけが持つ禍々しさを放っていた。
ちらりと見た戦闘員の目つき。あれは人を殺すことをなんとも思ってない。そんな感じだった。これに比べたら、昔見たヤクザの目の方がまだ人間らしかった。
この場でへたり込まないのが自分でも不思議だった。
「結城、ここでいっておくぞ」
「え?」
「不都合の件だ。連中、今はなにかを待っていて手を出してこないようだしな」
「あ、ああ、うん」
「私の魔力だが、防御は万全だが、いかんせん今の身体が人間をベースに生成したものだけに強すぎる力の放出に耐えられなくての。つまり力の効率が悪い」
「どういう意味?」
「私の本来の一万分の一程度しか出せないということだ」
「え?! 今までも充分強かったと思うけど?」
「仮にも世界を支配せんとする存在ぞ? あの程度のはずないじゃろ。本気出したらとにかく世界がヤバいレベルじゃ」
「でも守れるなら別に問題はないんじゃ?」
「あのな、お前を守れないかもしれないという話をしとるんじゃ!」
「え? というか守ってくれるつもりだったの?」
「お前は私がここへ来た目的を忘れたか!」
「う。でもなんでこんな状況に? まさか君と同じ理由ってことはないよね?」
「さあ、のお? 悪の組織の理論はどこの”世界”でも不条理なものだからな」
「……なるほど」
つい空を見上げた京一郎が不意に空の陰りを感じた次の瞬間、天から砲弾のようなものが目の前の地面に槍が突き立てられるように落下した。
それに同調するように怪人らが膝をつき、礼をする。土埃の中から、異様なシルエットの影がこちらへ向かって歩み出てきた。
「察するに……お前が、この”世界”の”悪”というところか?」
すでに空は晴れているのに、京一郎は曇天と化したままのように感じた。気温も数度下がった気がする。そいつは黒かった。黒い。黒い。黒い。身体のラインを銀色で縁取りし、大きく丸い目だけが鮮血色をしている。まさに闇によって生まれたような存在。
京一郎は思わず身を縮こまらせた。
「”悪”……? そうだな、ブラックムーンと名乗る」
「私は”魔王”。ここではない”世界”の”悪”。散歩に来た、わけではないようだな?」
「お前が欲しい」
「ほう、直截な」
「今の姿では本来の姿が出せまい? なら私がその力を活用する。合理的だ」
「私に勝ると?」
「当然の帰結なり」
「くくっ、ミサイルとやらでこそこそと様子見するような王者にあるまじき姑息ものに、私が負ける道理なし」
「言葉によって勝敗を決するものでなし。実際に干戈を交えるべし」
「良いとも」
魔王が身構えた瞬間、その背後から悲鳴が上がった。
「うわっ!」
振り返ると、モグラ型の怪人が京一郎を抱きすくめている。
「ブラックムーン! これはどういうことか?!」
「効率こそ大事なり。掌中の珠、大事にすべしだったな」
「卑怯な! それが王者のすることか!」
「我は王者にあらず。支配者なり」
ブラックムーンは悠々と立ち竦む魔王へと歩み寄った。
続く。
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