0.5
おおば あおい
第1話
1
「一行書くのに、どんだけ時間かかってんだ! それにしても汚ねぇ字だな! 5の書き順、違うよ! 数字もまともに書けねぇのかお前は!?」
上司の怒鳴り声に震えた肩。書きかけの歪な字はさらに大きく歪み、震えた手の軌跡をそのままホワイトボードに残した。
進まない会議。地獄でしかないこの状況。吊し上げ。もしくは苛めか。いや、どう考えても悪いのは自分だ。
ホワイトボードに対して斜めに書かれた自分の字は、あまりに歪で醜く、しかも文字の大きさがバラバラだった。
そして本来、一行で書かなければならない事柄が、ホワイトボードの横幅に収まりきらず、消しては書き直す。こんなことを何度もおこなっていたのだ。
「すみません......」
いったいこの数分の間に何回誤ったのか。若い女子社員達の嘲笑が僅かに聞こえる。
部署の定例会議。年に数回、回ってくる書記は、自分にとっては公開処刑にも等しい。
――今日はあとどれぐらい続くのか
あと何分耐えれば終わるのか。
自分に書記が回ってきた会議は、毎回途中で書記が交代していた。今回も交代になるに違いない。それまで、後どれくらい耐えればよいのか。
「ホント、何一つまともに出来ないんだな。お前は」
その言葉に感じた眩暈。父親が口癖のように自分に言っていた言葉。
額ににじむ汗。震える手。再び書き直すために、手に取ったイレイサーが滑り落ち、転がる。
それを慌てて拾い上げ、顔を上げた自分の目に課員達の侮蔑を宿した表情が流れ込んだ。
「お前、本当にそれで二児の父親か? 子供にどうやって字を教えるんだ? むしろ子供に字教わった方が良いんじゃないか?」
上司のその言葉に、ついに課員達が笑い声をあげた。
「そうですね......」
自分から漏れるかすれた声。
「子供も可哀そうだよ。お前みたいな奴を親に持って」
「私もそう思います。本当に......」
――ごめんな、穂乃果。こんなパパで。自分がパパでゴメン...... 本当にゴメン......
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