bitter part

苦い洗礼と帰国弁護士


「俺、本当に違いますから!」


 道源寺ソウタは、事務所の”幽霊”弁護士こと、壬生みぶケイイチに、あらぬことでからまれていた。


「そんなこと言ってお前、ハルオミの身体をまじまじと見やがって、魂胆見えてんだよ」


「マジで違いますから! お願いですよ、サツキさんも見てないで助けて下さいよ」



ようやく、冬の寒さも和らぎ始めた3月。羽村法律事務所の所属弁護士でありながら、長らくスイスの企業へ出向していた二人が、帰国した。


その一人は、壬生ケイイチ。


浅黒く日焼けした肌に、精悍な顔立ち。人を上から見下ろす高身長は、底抜けに通る大きな声と、それに負けない態度のでかさで、余計に迫力がある。紺色のスーツは見るからに外国製、ネクタイはなんと金色だった。


いつもなら、司法書士の倉橋さんやサツキさんと、変わった会社名や、登記上のおかしな表記を見つけて遊んだり、家族の話をしたりするぐらいで、後は黙々と調べもの、書類作成の日々である。


事務所宛に電話がかかってくれば、賑やかなエミリーさんが、流暢な日本語でしっかりと要件を取り次いでくれるし、知り合いからのメールに素っ頓狂なリアクションを返すのも、まぁ許容範囲内だ。それでも、お客のいない事務所は、少し寂しくも、広く感じるのにどうして、壬生弁護士が一人いるだけで、こんなに狭く感じるのか。


 

 ソウタは自分の椅子の上でますます小さくなって、懇願の眼差しを周囲へ投げかける。自分にかけられた疑いを晴らそうと、さっきから必死だった。


「まぁまぁ壬生。俺が美人なのは、誰もが認めることだよ」


こんな軽いセリフを吐くのは、もう一人の帰国弁護士、早田ハルオミ。買って袋から出したばかりという純白のワイシャツを、ひっかける程度に着ているだけで、下半身はパンツ一丁。


しかしその姿でも、もしかしてこれが最新のコーディネートだろうかと思わせる、何とも言えない説得力。


それはひとえに、恐ろしくきれいに処理された脛毛の無い脚と、均整の取れた上半身、顔の造りが人間離れした美しさである、という理由故だ。早田は、古い登記簿の入った、低い書棚の上に腰かけ、優雅にコーヒーを飲んでいる。マグは確か、ミオリのものだったはずだ。



「あぁ? お前は黙って茶でも飲んでろ。新人教育だ」


そう返す壬生は舌打ちし、今にもソウタをつまみ上げようという体だ。


「ははは、ほどほどにしてね」


早田はそう言いつつ、デスクに戻っているサツキさんと、何やら仲の良い様子でさっきから話をしている。ソウタを残して、エミリーさんも通常業務。倉橋さんだけがお休みだ。



事務所には、所長のミオリ以外に、長期出張中の弁護士がいることは、ソウタも知っていた。


 二人とも、とても優秀で、一人は特許関連でアメリカの専門事務所に勤めていたことがあり、もう一人は、税法に詳しく、元は日本の企業でコンサルタントをしていたと聞いた。確か前者が壬生で、後者が早田だったと、ソウタは記憶する。


もとはと言えばソウタが、最近、任せてもらえるようになった成年後見の勉強会から、ちょうど昼休みの時間に、事務所へ帰ってきたときに、事件は起こった。



まずは、閉まっているはずの事務所のカギが開いていた。昼休みは、きちんと休むようミオリが言うせいで、12時から午後1時までの間、基本、事務所に人が残らないようにしている。不審な状況で、ソウタも声を掛けながら中へ入った。


「あのー! 誰かいませんか? いません…よね…」



表玄関から入ったので、受付のカウンターを通り過ぎ、客用のソファとテーブルの脇を抜けて、とりあえず一度立ち止まる。電気もついていないし、エアコンの電源も落ちている。


ソウタは、部屋の照明を付け、エミリーさんの机の横に並んだ、自分の机に、こわごわ重い鞄を置く。


そのときだ。「バン!」と奥で物音がして、疑いが確信に変わった。ソウタは、給湯室に誰もいないことを確認し、客先から預かっている資料のつまった、鍵付きのロッカーの壁を曲がって、ミオリのデスクを見つめる。きれいに片付いた机の上にあるのは、カレンダーのみだ。



『ガタンッ』


フロアの奥だ。ソウタは、音のした方向に目を向けた。バタバタと人が歩き回り、びりびりと、段ボールか何かを開封しているような音もまでする。けれどもそれが、これまで開いているのを見たことのない鍵付きの部屋だとなると、ソウタも困った。


「だれかいません…か?」


位置的には、ミオリの机の正面にある資料室の、隣部屋。だんらんスペースの正面なのだが、何の表示もない。ソウタが腕を上げ、ノックをしようとしたとき、中から先に、ドアが開いた。


「あれ、君誰?」


中から現れたのは、早田弁護士だったのだが。しかし、初対面。それも相手が上半身裸となると、ソウタも軽くパニックだった。


「だ、だれって…」


そう言いつつ、大きく三歩、後退するソウタ。だが、視線はどうして、相手の白い肌、鎖骨、整った胸筋、鍛えられ、ぜい肉一つ付いていない腹筋、臍の上に釘付けになった。


場違いな場所で、場違いなものを見せつけられたショックに、ソウタはそれ以上の言葉を失った。


そのときだ。


「おー、ハルオミ。買って来たぜって、お前誰だよ」


コンビニの袋を提げて戻ってきた壬生が、そこで対峙したソウタと早田を発見した、という訳である。




「しっかし、道源寺君も面倒な時に戻ってきたよね~」


「なんです、サツキさん。面倒って俺のことですか?」


「いやいや、あっちよ。彼氏、彼氏。壬生君のほう」



サツキさんと早田が話している内容が、嫌でも耳に入って来る。


ソウタは、おそるおそる顔を上げて、壬生の顔を見る。よかった、壬生はこちらを見ていない。サツキさんに対して、遠目に不満げな様子で、壬生はこう言い放った。



「違いますから、そいつとは仕事でつるんでるだけです」



 話に割り込んできた壬生に、サツキさんも、何を言って返すでもなく、またクスクスと、今度は小さな声で、早田に何事かを、ささやいている。それに対して耳を貸す早田も、首を縦に振りつつ、小声で返事をしている。


「アホらし」


ソウタがぼんやりと二人の様子を見ていると、壬生が大声でそう言った。ビクッと、ソウタも我に返り、目の前の男に注意を戻す。


 

 壬生はため息をつき、今度はひどく怪訝そうに、だが哀れなものを見る様な表情で、ソウタを見下ろす。


「こんな、自覚の無いのがウロウロしてんのかよ、日本は。あーヤダね、俺はやっぱり日本は好かねぇ」


なんでこんなところで「日本」を語るのか分からない。ソウタは不可解ついでに、愛想笑いを浮かべてみる。


「そうそう、そういう顔。お前はいったい何をしたいんだって話だよ。お前の主張は? お前の嗜好は? お前の価値観は? お前はいったい、どういう人間なのかって話だよ。そんな個性の無い笑顔なんか浮かべやがって、そうして菩薩みたいに微笑んで問題解決すんなら、弁護士


ソウタは内心、ムッとする。


『だったら、言葉の暴力で問題解決すんのかよ、するなら、警察要らねぇよ』という反論が浮かんだが、もちろん、内心にとどめておく。


いかにも体育会系な壬生に逆らって、いいことはない。だがソウタも弁護士だ。ここで負けたらやっていけないと、覚悟を決める。


「壬生弁護士、ですよね。初めて会って、まさか、頭ごなしに、思いもしませんでした。確かに、僕は見てたかもしれません。でもあの人…早田弁護士も、職場で半裸って、おかしいですよ。おかしなものを、おかしいといって注目するのは、別に、責められることじゃない。僕は…」



「へぇ、誰がおかしいって?」


早田が歩いてきて、壬生の隣に立つ。すると、あまりに対照的な二人が、相乗効果で一段と迫力を増し、いよいよプレッシャーが大きくなった。ソウタも、負けじと椅子から立ち上がり、一歩だけ距離をとって、言葉を返した。


、と言えば十分ですか? そんないい加減な態度で、服もまともに着ない。事務所にいつもいるわけじゃないのに、帰って来て、知らない顔があれば、“新人いじめ”ですか。横暴もいいとこです。ミオリさんだって、こんなこと知ったら」



「ミオリだぁ? お前があの女の、何を知ってるっていうんだよ」


壬生がいきなり啖呵を切る。ソウタも歯をくいしばる。


「間違えました、羽村弁護士、です。所長が知ったら、こんなこと許すわけないって。今、出掛けてるからって二人で」


「いやぁ、ミオは正直、壬生より怖いよ。道源寺君、だよね。君みたいなのは、むしろミオより、壬生みたいな男を、味方に付けるべきだと思うよ。嫌いかもしれないけど」


「な」


壬生は心外、という顔をしたが、「ねー」とばかりに、自分の肩にもたれかかる早田を鬱陶しそうに見るだけで、反論しない。そして、ソウタの方へ視線を戻す。


「俺は、女みたいな男は好かねぇけど、プライド持って主張できる根性と、技術のある奴は認めてる。けどお前みたいな、“常識”をかさに着て、“良心的”な弁護士の看板をぶら提げてる奴は、根本的に好かねぇ。そんなことがやりたいなら、慈善家でもやれよっていう話だ」


「まぁまぁ、人にはそれぞれあるんだから」


早田の優しい言葉に、つい心が緩みそうになる。ソウタも言って返す。


「僕は確かに、この仕事に向いていると、言われたことはありません。でも、ご家族が倒れて、生活に支障が出来て、本当に困っている人とか、そういう人たちの話を聴いて、制度として、法律が、助けられる部分があることを知ってもらえる。そのことに充実を感じます。別に無償でやっているわけではないし、僕だって、そんな善人で、公平な立場で、ものを考えられているかって言われれば、分からない。


 人の価値観は、押さえつけられて、こう考えろ、あぁ考えろって、強制されるものじゃない。僕だって、日は浅いですけど、連合に登録してる弁護士です。同期たちを見てるし、諸先輩方にも、色んな人間がいることを知ってる。きっと、他の職種に比べれば、ずっと個性的かもって、思いますし。だから僕は、壬生弁護士も、早田弁護士も、学ぶべき先輩の一人として、付き合っていければって、思うんです」




 壬生は、ソウタの言葉に「ふん」と鼻を鳴らし、自分の肩を押さえると、ボキボキと首を回す。


緊張したり、肩が凝ったりしたときの運動だが、壬生がやると、まるで喧嘩を始める合図の様だ。



「よーしっ、終わり終わり。昼飯、食いに行こうぜ、まだなんだろ、道源寺?」


「はっ?」


早田も、打って変わって、にこやかな様子で言う。

「おわり、おわり。ごめんねー、だって、君がどういう人間か、分かんないからさ。ミオリは所長のくせに、こういうとこ手抜きっていうか。だから手前勝手ながら、オリエンテーション? じゃ、行っておいで。俺はすこし休みたいから」


「は?え、な、なに?」



まるで、襲い掛かるように近づいてきた壬生からソウタは逃げられず、そのまま肩に腕を回され、強制的に表玄関へ向かって、一緒に歩かされる。歩く速さも早い。


状況が呑み込めないまま、しかし、慌てて身をよじって所内を振り返ると、エミリーさんやサツキさんまで、こちらに爽やかな笑みを送り、手を振っている。



「なんだよ、お前。早田が来ねぇと行かねぇのかよ。物好きな奴だな」


「行きます、行きます。だからお願いですから」


肩にかかる腕の重さが、半端ない。足元を見れば靴の大きさの違いに、改めてビビる。


ドアを開けて、ビルに一機しかないエレベーターを待ちながら、左に立つ壬生の、高い体温を感じる。


「階段使うか」


そう言ってようやく腕をほどくと、壬生が大きな足取りで、非常階段の方へ向かう。


「は、はい…」


額から噴き出す妙な汗を拭い、ソウタは壬生の後を追いかけた。


そのあと二人が向かった先は、牛丼屋。

店内でもさすがに目立つ壬生をしり目に、テーブル席を選んで、差し向かいに座ると、ソウタは、慣れない手つきで、豊富なメニューの解読に夢中になる。


「あー、喉乾いたな。やっぱり水が違うな」


そう言いながら、やってきたグラスの水を一息に飲み干す壬生を見て、ソウタもやっと正面から、普通に話せる気がした。


「あ、あの。すみません、僕は道源寺ソウタです。院では家族法が好きで、変わり者扱いされてましたけど、でもさっき言ったのは、本心なんで」


そう言って少し、グラスの水に口をつけた。あぁ、でもまだ味がしない。


壬生は、目を伏せたまま、もの言いたげに口の端を動かし、眉をひっかくように掻いた後、ぼそりと言った。


「壬生ケイイチだ。商標、意匠関連なら、とりあえず俺に訊いとけ。興味があるかわからねぇけど」


「いいえ、そんなことは」


とは答えたものの、この壬生相手に下手なことを言って、自分の無知を晒すようなことは避けたいと、ソウタは思う。


 だが、沈黙に焦っているのはソウタだけらしい。壬生はおもむろに豚丼の特盛、味噌汁付きを頼み、ソウタも慌てて、並盛の牛丼を頼む。


「あ、あの、今日、日本に戻ってこられたのは、何か新しい仕事でも?」


言ってしまってから、ソウタはハッとする。まるで、『なんで帰って来たんだ』といわんばかりだ。壬生の視線とかち合って、余計バツが悪い。


「お前って、色々正直すぎるな。大丈夫か、弁護士」


「いや、まぁ、勉強します…」


そもそも、どういう話をすればいいのか、分からない。

さっきのやり取りが、どうやら壬生らによる”面接試験”、のようなものだったなら、自分は合格した、と喜んでいいのか。


「もう、いくつか、担当はあるのか」


「あぁ、はい。後見の仕事で数件。新規のは、任せてもらったりしてます」


「夏だったか、入ったの。半年か…まぁ、平均だな」


「はぁ」


こんなやりとりをしていても、自分のことを話さないんだなと、ソウタは思う。できれば色々と話を訊いてみたいが、そこまで信用もされていない、ということだろうか。そんなことを考えていたら、丼が同時に二つ来たので、安心して箸を取った。


「いただきます」


「いただきます」



ソウタが手を合わせるのとそう変わらないタイミングで、壬生も同じように挨拶をする。人は見かけによらないというか、もしかして思ったより話が通じるのかもと、期待する。


「あの…さっき、所長がどうのって話がありましたけど、皆さん、やっぱりお付き合いが長いんですか?」


タレ付きのごはんを飲み込んで、ソウタは、自分が空腹だったことをようやく思い出した。壬生は、味噌汁の椀を仰向けて、ぐっと喉に流し込むと、一息ついたように口を開いた。


「まぁ、俺は早田に引っ張られて、今の事務所に来たから。あいつの方が羽村と親しいだろ。高校以来のタメだとか」


「早田弁護士?ですか」


「あぁ」


ソウタは、後に取っておいた牛肉をほおばりながら、ここで訊いてしまおうと、思い切った。


「あの、早田弁護士はその、もともとああいう感じの…?」


これには、壬生も想定内といった様子で、サービスの沢庵を咀嚼し終えると、質問に答えた。


「あぁ、まぁ。あいつが知り合いしかいない場所で服を脱ぎたがるのは、癖だとか何とか、直しやがらねぇな。それで何度、手を焼かされたか知らねぇ」


「へ…で、その早田さんはあの、ゲイ、なんですか。すみません、僕をそうだと疑う時点で、なんか、そういう括り、のようなのがあるのかと…すみません」


壬生はおしぼりで顔を拭き、鼻を鳴らすと、にやっと笑った。だしぬけに見せられた笑顔に、ソウタはドキッとする。大きな口に、並びの良い白い歯が、ひどく眩しい。


「あいつに直接訊いてみろよ。まともに答えるか知らねぇけど。その、何だ、お前がどういう嗜好だか分かんねぇけど、人の性癖に分かりやすい区切りがあると思ったら、大間違いだからな。羽村がきちんと言っているか怪しいから、言っておくとだな、俺たちの海外案件、もしくは海外の法律事務所で引き受けているのは、いわゆるレインボー案件だ」


「?」


ソウタの頭に、きれいな虹色の色が浮かんだが、それがジェンダー関連の用語だと気付くのに、少し時間がかかった。


「あぁ!」


壬生は、ソウタが話に付いてきているらしいと見て取ると、話を続けた。


「一見、そうでないのと変わりがないんだが、結局、企業の査定や、中の人間の私生活を覗くことになるような仕事の類だと、そういう理由で、普通に依頼したくない、っていうお偉方もいる。実を言うと、相当ある。その中から、俺たちの専門で名前が売れる仕事を回してもらってる。付き合いができれば、次から直接話が来る。

 そこで大事なことはだな、隠したいとか、差別を受けるからとか、そういう小さい理由だけじゃねえ、ってことだ」


今度は、ソウタが考え込む番だった。差別を受けるのも、かなり大きな問題じゃないのか。


「じゃ、どういう…?」


壬生が楽しそうな様子で、少し前のめりに寄るので、ソウタもこわごわ、頭を寄せる。


「細かいことは気にするな、とにかくフツーにやってほしいっていう、希望だ。分かるか? 問題は人じゃねぇ、法制度や慣行だ。国が違えば役所の対応も違うし、条例もある。そういうのをきっちり読み込んで、こっちの話を通す。いかにクライアントに負担をかけずに、"普通"の結果を持って帰れるか、だ。その意識で仕事がやれる弁護士が少ないから、金になる」


「へ、へぇ…特殊ですね」


「特殊じゃねぇよ。当然だろ。なんもおかしくねぇ。

おかしいのは、人間に合ってない制度、社会の仕組みの方だ。よく訴訟で、弁護士が出張って来て、うんたらかんたらのたまう、ドラマとかあんだろ。俺の時は無かったけど、Law School? そこでも、何教えてんのか知らねぇけど、如何に"良いこと"を言うか、陪審員を説得して…って、日本じゃ裁判員っていうのか。


 そういう過程の、せこせこした理屈とか、もしくは派手な展開をメディアが煽るけどよ、要するに勝つか、負けるか、結局二択だろ? 訴訟は受けたら、勝つのが当然。勝つための手段を探して、実行するのが弁護士。それがフツーだ。内容がレインボーだろうが何だろうが、



ソウタは聞きながら、どうやら次元の異なる話をされているらしいと、遠い気分になる。


「お前さ、なんで、弁護士資格なんかとったんだよ。大変だったろ、金掛かるし」


「え」


ソウタは、突然何を言われたかと、頭の中を整理する。壁側に座る壬生は、今度は反対に、仰け反るようにふんぞり返ると、抹茶プリンを二人分、注文した。つくづく自由な人だと、ソウタは思う。


「弁護士向いてないとかいう話はさっきで…」


「いや、向き不向きでいうなら、お前は向いてるだろ。人の話を案外聞いてねぇで、自分に都合よく、場の空気をさらって行くとこなんか、将来楽しみだな」


「はぁ」


 貶されているのかと、ソウタは首を傾げる。それにしても、壬生弁護士は、話し出すと案外長いんだなと、また認識を変える。


「今の事務所に、書士が二人、居るだろ?」


「あぁ、サツキさんと倉橋さん、ですね。はい」


「基本、お前の興味のある分野は、定型仕事だ。決まった形、決まった解決法。前例は豊富。依頼人の話を聞いても、出てくる話の違いは殆どねぇ。羽村が独立する時、連れてきた書士二人は、国内の仕事なら、そつなくこなせるレベルの人間だって、少なくとも俺は聞いた。お前だってあれだろ、今も、二人に相談したり、指示もらったりしてんだろ?」


「え、えぇ、まぁ。勉強中なので」


 司法書士の二人の話を聞いているのは、正直とても楽しい。それに、優しく何でも教えてくれる。確かに、なんで二人が弁護士でないのかとは、思ったことがある。


「経験の無い弁護士が、司法書士に仕事を教えてもらうのは、おかしいですか?」


資格による身分意識、みたいなのは遠慮したいなとソウタは思う。



壬生は「いいや、」と言って腕組みすると、話を再開する。


「基本、弁護士がやらなきゃならねぇのは、書士が"出来ない"仕事だ。前例のない仕事、役所や裁判所やらに、渡りをつけないといけねぇ、面倒な仕事。手段自体、最初はわかんねぇだろうから、まずは手探りだろうし、味方がゼロのとこから、似たようなことをやってる仲間を見つけるのも、まぁ、弁護士に期待される仕事だな。


 今は、お勉強だけ出来ましたっていう弁護士が増えてるから、本当のところ、どうしてんのか細かいとこ、俺も知らねぇけど、羽村がいつまでもお前を、書士見習いみたいにしておくはずがないから、覚悟しとけよ、っていう話だ」


「は、はい…」


ソウタはとりあえず、頷く。


「何でも使えよ。人間はとにかく、広く探せ。人がついてくれば、知識も自然とつく。3年だな。自分の顧客と、一対一でも話ができて、なってくるのは。それまでは、何で失敗しようと、俺らが食わしてやる」


「あ、ありがとうございます」


この言葉に上手く力が入らなかったのは、ソウタがようやく自身の立ち位置を知ったからだった。


力足らずの自分が、先輩弁護士に”養われている”という認識。これが急にリアルに、胸の内を大きく占めた。



「ま、それでも正直、弁護士はそう名乗ったときから、一人で食ってかないといけないけどな」


「…そんな無茶な」


 壬生相手に弱音をはく。ソウタは、胸のつかえがとれたと同時に、味わったことのない責任感で、くらくらと視界が揺れるのを感じた。



「ハハハっ、それ今度、会長に言ってやれよ」


「やめてください、冗談でも」



頭を押さえるソウタの前に、抹茶プリンが一つ、当たり前のように置かれた。


「あ、これ」


ソウタが店員に、違う、と言いかけると、壬生は、「それ、お前のだから」と言う。



「ど、どうも、戴きます」


スプーンで掬ったプリンの色を見ながら、味は甘いといいなと、ソウタは思った。






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