ウチの部長は、ちょっと変
綜奈勝馬
プロローグ 初めての出逢いは、恋に落ちる音
――初めて、とはどんな事であれ、緊張するものだ。
親の都合で初めて転校した時。
抽選で当たったハワイ旅行で、初めて日本を離れた時。
ようやく乗れた自転車で、初めて隣町まで『遠征』した時。
保護者同伴ではなく、友達と二人だけで初めて映画を見に行った時。
義務教育から離れ、初めて受験をした時。
……そして。
「……君、新入生か?」
肩口で切り揃えたサラサラの黒髪と、まるで芸術品かと見紛うばかりの端正な顔立ちが、眼前にあって。
「……そうですけど?」
「ふむ、丁度いい。これを貰ってくれないか?」
「……何です、これ?」
手渡されたビラには、『来たれ、文芸部』という文字が躍っていた。愛想の欠片も無いそのフォントに、思わずボクは眉を顰める。なに、コレ?
「『学生自治』など大袈裟の事を言っていた所で、所詮運営の大半は教師共の都合だ。そして何時でもルールと言うモノは運営側によって造られる」
「……はあ」
「平たく言うと、部員難に喘ぐ我が部活動は、今年の新入生が入らないと廃部になると、そう言う事だ。野球やサッカーの様にメジャーどころでは無い我が部活では、こうでもしないと集まるものも集まらない」
「ええっと……つまり、それは……部活の勧誘って事でしょうか?」
「そうだ。もし、既に入部する部活が決まっているのなら、無理強いをするつもりは無いが……何か候補があるか?」
「いえ、特には無いですけど……」
「では……今から見学だけでも来てみないか? なに、部活と言っても部員は私一人の『ゆるい』部活だ。怖い先輩や、難しい顧問、厳しい練習なんぞも皆無。正直、掘り出しモノの部活だが……どうだ? 最悪、籍だけ置く、という形でも構わん。初対面の君にこんな事を頼むのは何だが……ボランティアだと思って、頼む」
「ええっと……」
ボクの眼の前で、拝む様な仕草をする先輩。その姿は、端正な顔立ちに似合わず何だかコミカルで、非常に可愛らしくボクの眼には映っちゃったりなんかして。
「……その……厳しい部活じゃないんだったら……イイですよ?」
「そうか、やっぱり無理か。いや、急にこんな事を言ってすま――」
一瞬、きょとんとした顔をして。
「……なに?」
「ですから……その、あんまり厳しい部活じゃないんだったら、入部します。特段、入りたい部活も決まって無いですし……そうですね、『ボランティア』で」
そう言って、少しだけ茶目っ気を含めて『先輩』に笑いかけて見れば。
「……そうか! 助かる! ありがとう!」
ボクの笑いかけた何倍もの、極上の笑みが返って来て。
「えっと……よ、よろしくおねがいします」
……ほ、頬が熱い! な、なんだ、アレ! 反則でしょう!
「顔が赤いが、風邪か何かか?」
「い、いえ! そう言う訳じゃないです!」
「ならば良いが……それなら早速部室に行こうか」
「は、はい!」
頬の紅さを見られない様に、若干俯き加減で歩くボクの眼の前で。
「……ああ、そうだ。自己紹介をして無かったな。私の名前は伊野マコト。学年は三年だ。先ほども説明した通り、私立天英館高校文芸部長にして、唯一の文芸部員だ。いや……だった、だな」
「あ、よ、宜しくお願いします! えっと……ボクの名前は村上ユウキです。今年入学の新入生で……今日から、文芸部員です」
伊野マコト、と名乗った先輩に頭を下げる。三年って事はこれから一年間、この人と一緒に過ごす事になるんだ……一年しか一緒に過ごせないのか、ちょっと寂し……って、何考えてんだ、ボク!
「……ん?」
一人あわあわしていたボクに訝しげな眼を向ける伊野先輩。えっと……?
「『ボク』?」
「……ああ」
胸中で溜息一つ。入学式からこっち、聞く人聞く人みんな一様に『ん?』って言う表情を浮かべるから……何だか疲れちゃったよ。そんなにボクのルックスに合って無い? この一人称。
「似合わないですか? 『ボク』って」
「いや、決してそんな事は無いが……」
「『オレ』に変えましょうか?」
「……まあ、君の好きな一人称を使いたまえ。それも君の個性だ」
「いや、そこまで大袈裟な話では無いんですが……」
「そうか。まあ良い。とにかく、これから一年間、仲良くやろうじゃないか」
そう言って、先ほどと同じくらい……いや、それ以上の極上の笑みを見せる、この先輩に。
……初めて、とは何でも緊張するものだ。
親の都合で初めて転校した時。
抽選で当たったハワイ旅行で、初めて日本を離れた時。
ようやく乗れた自転車で、初めて隣町まで『遠征』した時。
保護者同伴ではなく、友達と二人だけで初めて映画を見に行った時。
義務教育から離れ、初めて受験をした時。
そして。
――初めて、『恋』に落ちた時。
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