第38回 屍の道
大和をようやく一つにまとめた筒井軍は年明け四月には播磨上月城(はりまこうづきじょう)へ、六月には播磨の神吉城(こうきつじょう)を織田の諸将とともに攻めた。
八月には前年に光秀によって平定された丹波において兵をあげた国人討伐のために動いた。
十月になると大和南部にひろがる山深い吉野郷よしのごうの一画に立て籠もった本願寺の一派を攻め、近郊の土豪たちをたいらげた。
目の回るような忙しさのなか、十二月には元々織田の部将でありながら、足利義昭の誘いを受けて謀反を起こした荒木村重を討つために摂津へと参じた。
正月には帰国を許されたが、四月には再び播磨へ、つづいて五月には国人の蜂起を鎮めるために丹波へ転戦。
その後も息つくまもなく播磨の有岡城の包囲軍と合流し、十一月に落とした。
城下町をとりこんだ総構えの有岡城なだけに織田方は全体を通して多大な犠牲を出したが砦の守将の一人を寝返らせたことが決め手になった。
順慶は家臣からの犠牲者の報告を聞き終えると、しばし人を遠ざけた。腹の底で重い淀みがあって、それに引っ張られるように気持ちまで沈んでいた。
風向きが変わると、焦げ臭いにおいに腥さが混ざった。
有岡城が落ちたあと、織田方は城内の本丸に人質として集められた荒木の一族や、その家臣の妻子を見せしめとして磔にし、男も女も関係なく近くの農村の家々に閉じこめた上で火を放って、焼き殺したのだ。
戦は守将を自害させたことで終わっていた。そのあとはもう戦ではなく殺戮だ。
織田の将兵は個々人の気持ちはそれとして、それらをすみやかに作業的におこなった。
裏切りは許さない。
それは多方面に同時進行で兵を展開する織田軍には必要なことだ。
順慶は戦はなんどもしたが、殺戮の経験はない。
大和の戦では一度、松永側についた者が降れば許した。
裏切りものとして糾弾させず、先鋒として奮戦させた。裏切りという言葉より長いものに巻かれるのは国人の本能だという意識が底にあった。
越前の本願寺勢を討ったときですら殺戮の意識はない。女、子どもが敵意をもって刃を向けてくれば、それは戦闘だ。討たねば討たれるのだ。
織田軍は殲滅戦を何度も経験している。比叡山で、伊勢長島で。
それが悪いこととは思わない。戦は綺麗事ではすまされない。
滅することでしかぬけられない戦があることは頭では理解している。しかし順慶にとってはそれが限界だ。
女の悲鳴が、金切り声が、燃えさかる炎の中から漏れるうめきが、実際、その場にいたわけでもないのに聞こえてくるような気がした。
順慶は光秀の陣へ向かう。
十二月の空気は骨に染みるように冷たく、吐き出す息は自然と震えた。
「……互いに厳しい戦だったな」
順慶は光秀を前にして少し驚いた。光秀がまるで磔のことなどなんともないという風に、矢継ぎ早に犠牲者の確認などを家臣としていたこともそうだが、それ以上に順慶に向けてきた瞳のどこかつくりものめいた色を帯びていたのだった。
「順慶のところもかなりひどかったのではないか。これで帰国できると思う。荒木が花隈城へ逃げたという報告があるが、それを攻めるのは他の者の仕事になるだろう」
光秀の異様な落ち着きぶりは、少なからずそういう場面に出くわしたことで心を秘める術を身につけたからだろうか。
「なんだ」
「い、いや」
「激しい戦続きで疲れているのだろう。ちゃんと休んでくれよ」
光秀は上辺の笑みをみせ、すぐに順慶から視線を反らす。
順慶は陣を出た。
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