大和の守り手・筒井順慶

魚谷

第1回 序章 

 月のない闇の深い晩だ。

 無数に枝を伸ばす杉の木立はその輪郭さえ触れてようやく分かるほど。

 三月だが、まだちらほらと残雪が見られた。

 浅く呼吸をするたび、白い息が漏れる。


 どこかで梟(ふくろう)が啼いている。しんと静まり返った夜陰に落ち着いた呼吸のように深く、響くような声が響き渡っている。


 筒井藤政(つつい ふじまさ)は馬上になって山道を見下ろしていた。馬にはしっかりと轡(くつわ)を噛ませ、いななかないようにしている。藤政はかすかに鼻を啜り、待ち続ける。兵たちは手を揉み、身体は動かしている。


「殿」

 轡を握っていた馬廻りが声を漏らす。


 眼下の山道を行列が通るのが木立の合間から見えた。人よりも松明の眩しさに目を細め、赤々とした残像が闇に尾を引いていた。


 一群は荷車を引いている。荷車は五台ほどか。それを守る兵は気を張ってはいない。神経を張り詰めさせた兵からはもっと空気の揺れるような闘気がのぼってくるものだが、感じられない。

 

 ここが地元の人間しか知らぬ間道であることでこちらの裏を掻いたつもりでいるのか。

 その荷車の二つ目が過ぎようとする。

 藤政の騎乗する馬の轡を握る男がこちらに忙しない視線を送ってくる。

 頷くと、男が指笛を鳴らす。


 山道を進む行列が不意に止まった。


 控えていた兵たちが弓を構え、次々と弓弦(ゆずる)から矢が放たれる鋭い音が届く。山道の一群が明らかに騒ぎ、松明の明かりがうねるように揺れ、崩れる。


 荷車の周囲を固めていた兵たちが方々に松明を向けるが、それがかえって闇を深くすることに気づいていない。

 

 つづいて鬨(とき)の声があがった。まるで山崩れを思わせるように闇がうねる。うねっているのは人だ。

 

 藤政が率いる兵が眼下の山道で狼狽する兵たちめがけ襲いかかった。

 向かいの斜面からも時を同じくして兵たちが駆け下りていく。


 挟まれた敵兵たちは次々と倒れる。取り落とされた松明が斃れた兵たちの胴丸を照らし出している。


 間道を素早く進ませるために必要最低限の人数に絞ったのだろう、大した抵抗もなかった。荷へ火がかけられる。荷はすべて兵粮だ。すべて焼いた。


「殿、やりましたぞ」


 馬廻り(うままわり)が声をあげる。

 黒煙をあげながら轟々と音をたてる火柱を藤政はじっと見つめていた。

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