第30話 エピローグ【三吉千里】

 大会が終わってからいくつか変わったことがある。

 まず、道家君が部活に対して積極的になった。大会でテレビドラマが惨敗したのがよほど悔しかったのか、藤城君や榊先輩から機材や編集ソフトの使い方を積極的に教えてもらっている。そのテンションの高さに、藤城君もどう接して良いか戸惑っているようだ。まあ、道家君はそのうち落ち着くんじゃないかと思う。

 そして、秋葉さんが技術部からアナウンス部に移動してきた。地区大会が終わった次の日、日野先輩に部署の移動を願い出たらしい。前は”練習がめんどくさいから私は技術部でいーや”なんて言っていたのにいったいどうしたのかと、本人に聞いてみたけどちゃんとした理由は教えてもらえなかった。

 八代先輩に対してのわかりやすいアピールもなくなり、自然に接するようになっていた。何があったのかは知らないけれど、なんだか近頃の秋葉さんは大人びて見える。夏貴とも、最近はうまくやっているようだった。

 そう、些細な変化だけど、私は楠見さんを”夏貴”って名前で呼ぶようになった。名前で呼んで良いか尋ねるのは勇気が必要だったけど、ちゃんと友達になりたいと思う気持ちが私の背中を押した。

 最初は”なっちゃん”て呼ぼうとしたのに、「ちゃん付けはイメージに合わないからやめて」と却下されてしまった。私のことはちーちゃんて呼ぶくせにちょっとずるいと思う。

 夏貴は以前よりも雰囲気が柔らかくなり、よく笑うようになった。Nコンでの出来事については、あえて誰も触れようとはしなかったが、憑き物は落ちたようだ。中学の友達とその後どうなったのか気になるところだけど、それは夏貴から話してくれるのを待とうと思う。



 ホームルームが終わると、もう自然に放送室へと足が向かう。どうやら今日はまだ誰も来ていないようだ。室内は、Nコンの名残で記録用の機材やら失敗した提出書類が無造作に放置されていた。散らかってるなぁ。

 靴を脱いで、スタジオに入る。いつもは発声練習やみんなのお喋りで賑やかな室内が嘘のように静まり返っていた。

 どこか知らない場所に来てしまったようで、なんだか落ち着かない。もともと人見知りをこじらせて、賑やかな場所よりも1人でいる方が落ち着くタイプだったんだけどなぁ。自分の中の変化に苦笑してしまう。

「みんな遅いなぁ」

 今日はミーティングがある。議題は、一ヶ月後にひかえた学校祭についてだ。先輩たちが言うには、放送部は生徒会や実行委員並みに仕事がたくさんあるらしい。俺らは馬車馬だよ!?なんていう怖いことを八代先輩が言ってたっけ。

 でもきっと大丈夫だ。

 入学した頃の不安は、今はもうない。私はここで、私として変わっていけるだろう。


 すっかり私の定位置になったスタジオの窓際に座り、窓の外に目を向ける。春には新緑だった校庭の木々も、今では青々と成長して、次の季節を待っていた。

 もうすぐ北海道にも、短い夏が来る。


fin.

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