第24話 何も変わらない【道家雄二郎】

 あーぁ、せっかくの公欠もとい大会だっていうのに気まずいったらありゃしない。

 ここはラジオドラマ部門の発表会場だ。各学校が提出した作品CDが順番に再生されていく。俺たちはそれをICレコーダーで録音しつつ、黙々と聞いている。

 隣には八代先輩、そのまた隣は秋葉だ。こっそり盗み見ると、秋葉はぶっすーとして不満げな表情を浮かべている。ったく悪うござんしたね気が利かなくて。

 テレビとラジオの二手に分かれて記録をとることになり、俺はすぐさまラジオの方に立候補した。藤城は確実にテレビの方へ行くからだ。ドラマは無事完成したからといって一昨日の気まずさが消える訳じゃない。この会場に来るまでの道のりも、気まずさのあまりほとんど誰とも会話していないのだ。八代先輩や日野先輩が気さくに声をかけてくれたけど、それにも短い返事しか返せなかった。

 昨日の風邪が最悪に間が悪かったよなー、あれのせいで完全にタイミングを失った。でも何度考えても俺はほとんど悪くねーしなー。やっぱ俺から謝るのは釈然としない。はぁ。

 ぐるぐるとまた同じ事を考えているうちに、再生されていた作品が終わったようだ。正直、今の作品はつまらなくて全く内容が頭に入ってこなかった。というか内容以前に録音された音の大きさがまちまちでノイズも酷く、集中して聞く事が出来ない。

 うちの先輩方って、かなりちゃんと作ってたんだな。結局過去の大会記録を見るなんてことはしなかったから、学校ごとのレベルのばらつきを今回初めて知ったのだ。さて、じゃあ仕方ねーから、ここは秋葉に気を利かせてみようかね。

 席の入退出は基本的に、作品が終わって次の作品が流れ始める1、2分くらいの間にするのがマナーらしい。

「八代先輩、ちょっとトイレ行ってきます」

「いってらっしゃい。なんだったら他の会場も覗いてくると良いよ」

「うっす」

 秋葉がもう戻ってくんなっていう素敵な笑顔を向けていた。ったく、損な役回りだ。俺はいつも中途半端に優しい奴だと思う。


 外は清々しい晴天だ。5月末、北海道では一番過ごしやすい季節で、風が気持ちいい。会場が木々に囲まれているせいか空気もきれいな気がする。

 他校の生徒達も陽気に誘われたのか、そこかしこで談笑していた。早めの昼飯を広げている連中や、滑舌練習に励む子、他校の部員同士で仲良く交流している奴らまで居る。

 平和な光景に、ついため息が出てしまう。一昨日のことさえ無ければ俺も大会を満喫出来たんだけどなぁ。せっかく堂々と授業をサボれるというのに気が滅入る。

 俺は屋外から二階のエントランスへ上がるための階段に腰掛けて、ぼーっと他校の生徒を眺めていた。ホールでやっているアナウンス部門は最初の方を少し見てみたけどなんか退屈だったし、テレビドラマは行く気になれない。他に行くところなんてないのだ。

「…」

 つまんねーな。これじゃ中学のときと一緒だ。なんとなく入ったサッカー部で、あまり真剣にもなれずにずっと補欠として試合を眺めていたあの頃。試合に出れないことに対して悔しいとも思わずに、ただ周りに合わせて声を上げるだけの日々。悔しいと思えない自分に、必死になれない自分に嫌気がさしていた。あーぁ、今回はちょっとは頑張れたと思ったんだけどなぁ。

「道家」

 珍しく物思いにふけっていたら、後ろから声をかけられた。

「なんだよ」

 振り返ると藤城がいた。確か、テレビドラマの上映会場は二階だったっけ。藤城も休憩で出てきたのだろうか。

 気まずくてなんとなく2人になるのを避けてたのに、これじゃ不意打ちだ。

「なんか用かよ」

 声をかけてから黙ってうつむいてしまった藤城に怪訝な視線を向ける。この間のこと、まだ文句を言い足りないのか?

 すると、ぼそぼそと、藤城が何かつぶやいた。屋外なので風の音が邪魔してよく聞こえない。

「言いたい事があるならはっきり言えよ」

「...るかった」

「は?」

「僕が悪かった。この間は、ごめん」

 そう言って顔を背けた表情は、普段の優等生ぶった顔と全然違っている。ひどく子供っぽく、なんていうか、俺らと同じに見えた。

 今まで、どこか藤城は俺らと違うんだって思ってたけど、それは勘違いだったらしい。同じ高校一年生で、怒りもすれば照れもする。何も変わらない。

 そう気付く事が出来た途端に、今までどうしてあんなに意地を張っていたのかわからなくなった。なぜだか笑いがこみ上げる。

「っふ。俺の方こそ悪かったよ」

「いや、あれは道家のせいじゃなくて事故だった。僕のはただの八つ当たりで…、本当にごめん」

「あー、もういーっていーって気にすんな。また、次頑張ればいいじゃん。だろ?藤城監督」

「…そうだな。けど、その呼び方はやめてくれ」

 そこでお互い真面目な雰囲気に耐えられなくなり、笑いがこぼれた。一昨日から続いていた気まずい空気が嘘みたいになくなって、一気に気持ちが軽くなる。

 あぁ、良かった。俺はまだ頑張れるらしい。と、藤城が屋外に設置されている時計を見て、あ!と声をあげた。

「まずい、もうすぐうちの作品の上映時間だ!」

 藤城があわててテレビドラマの会場へ駆け出す。しかし直ぐに振り返って

「道家も来るだろ?俺たちの晴れ舞台なんだから」

 ”俺たちの”、か。

「当然」

 藤城がドアを開けて待っている。俺はそこを軽やかにくぐり抜けて会場へ向かう。

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