第22話 いざ、地区大会【秋葉文之】
「思ったより人がいっぱいいるなぁ!」
NHK杯全国高校放送コンテスト石狩地区大会、私たちにとっては初めての大会だ。とは言ったものの、私は個人で出場するわけじゃないから気楽なもんなんだけどね。ドラマの結果は気になるけど、別に今日はやる事がなくて基本的に見たり聞いたりしてるだけで良いっぽいし。
それに比べてアナウンス部のみんなは大変だなー。ちーちゃんなんか目に見えて顔が引きつっちゃってるよ。
「あー、緊張するー。大会ってこんなに人が来るんだ」
「確かに。放送部って結構居るんだなぁ」
浮き足立ってる1年生に比べて、やっぱり先輩たち3人は落ち着いている。今は先生が運んできてくれる機材を、会場である青年会館の駐車場の隅で待っていた。
その待ち時間を利用して、八代先輩が大会について気さくに解説してくれる。
「石狩地区は全国的に見ても参加校数が多い激戦区で、下手したら全道大会よりも石狩地区を突破する方が難しかったりするんだ。人数も多いから、2日間にプログラムを分けてるしね。参加校数が少ない地区だと一日で終わったり、むしろ地区予選なんか無い地域も多いらしいよ。えーと、今日のプログラムはアナウンスとドラマ、明日は朗読とドキュメントだったかな。だよねー?榊」
「ああ」
へぇー、そうなんだ。私としてはどうでも良い事だけど八代先輩がせっかく教えてくれてるんだから熱心に聞いてみる。
入部するまでは放送部に大会があるってことすら知らなかったけど、意外と活発な部活なんだなぁ。
だけど辺りを見回してみると、文科系部活の特徴なのか全体的に地味ーな子が多い。うーん、この中に混じるとますます八代先輩がかっこよく見える。
大会会場は札幌の中心部から地下鉄南北線の南端まで乗り、さらにそこから20分ほど歩いた場所にある緑に囲まれた青年会館だ。
小高い丘の上に立っていて、駅からそこまでの道のりはずっと上り坂で軽い登山のようだった。もうすっかり雪もとけて、丘の木々は夏に向けてすくすくと育っている。緑が眩しい。
せっかくいつもとは違う綺麗なロケーションなんだから、八代先輩と何か進展あると良いんだけどなぁ。
そうこうしているうちに、先生の車が到着した。
「じゃあ、藤城君、道家君、先生の車から荷物受け取ってきてもらっても良い?三吉さんや楠見さんは練習してて良いから」
「あ、はい。わかりました」
藤城と道家が小走りに先生の車まで機材をとりに行く。
なーんか今日の道家はテンションが低い、今も日野先輩の指示に返事ひとつもしなかった。今日来れたのは良かったけど、まだ風邪が治りきってないのかな、ちょっと心配。
でも、それにしてはぴりぴりした空気なんだよねぇ。
「もう、あの2人まだ仲直り出来てないのね」
「え、あの2人なんかあったんですか?」
「そっか。秋葉さんは一昨日の事知らないのね。実は…」
そこでようやく、私は日野先輩から一昨日の出来事を聞いた。話を聞いてみれば、ただの事故じゃん。どっちでも良いからさっさと謝っちゃえばいいのに。
「はぁ、変な意地張ってないでさっさと仲直りすれば良いのに。完成はしたんだしさぁ」
「ホント、その通りね」
私は日野先輩と一緒に肩をすくめる。
あー、でも、そういえば昨日のバス停で藤城が、やけにおセンチなこと言ってきたのもそのせいだったのかなぁ。
なんて思っていると、こっちはこっちで大変そうな2人がいる。しゃがんだちーちゃんの背中を楠見さんがさすっていた。
「ちーちゃん、大丈夫?」
「うぅ、お腹痛い...」
「と、トイレ行く?」
「大丈夫ー、きりきりするだけー…。昔から発表会とかそういうのになると痛くなるのー…」
「そ、それは大丈夫なの?」
「うん、平気。慣れてるから...」
なんてわかりやすい緊張仕方だろう。ちーちゃんは小動物のようにしゃがんで丸まっていた。
楠見さんの方もなんだかかんだ緊張しているのか、いつもと違って見える。なーんかどことなく影があるというか覇気がないというか。楠見さんの性格だったら、むしろギラギラ燃え滾ってそうなのに。どうしたんだろ。
「みなさーん!それではこれより受付を開始しますので、呼ばれた学校の方から手続きをして入場してくださーい!」
大会を運営してる人から受付開始のかけ声がかかった。放送の大会らしく良く通る声で、駐車場の隅にいた私たちまでしっかりと聞こえてきた。しばらくすると私たち北葉高校も呼ばれて会場に入る。
受付を済ませると、まずはホールに行き自分たちの席を陣取った。会場である青年会館は中規模なホールがひとつと研修棟3つで出来ている。劇場と学校がくっついてコンパクトになったような作りだった。
ホールではアナウンスと朗読、研究発表を、研修棟にあるいくつかの教室ではテレビドラマ、テレビドキュメント、ラジオドラマ、ラジオドキュメントの上映を行う。
日野先輩、ちーちゃん、楠見さんは待機しつつ順番になったら自分の発表を行うために基本ホールの担当だ。
私を含めた技術部の5人は手分けして、出展しているテレビドラマとラジオドラマの記録を録ることになっていた。明日はドキュメント部門だけだから、私たちのメインの仕事は今日で終わる。
これは、チャンスだ。手分けするっていうなら絶対に八代先輩と同じ班にならないと。だって、もしも、もしも今日チャンスがあれば私は勝負に出ようと思っているから。
先輩に彼女がいないってことはわかったけど、狙ってる子が他にもいるかもしれない。誰かに取られちゃう前に、なんとしても告白したい。今までは先輩も大会で忙しかったし、そういう雰囲気になる隙がなかったけど今日ならそういう暇もあるかもしれない。
何といっても一日中一緒に居られるんだし、このチャンスは逃しちゃだめでしょ。頑張れ私!私は心の中で決心を何度も確認する。
「えーーーー!?」
な、なに?どうしたの?見ると、日野先輩が受付を済ませてプログラムを配っているところだった。
「なーに、どしたのー?」
「三吉さんが...」
みんな気の毒そうな顔でちーちゃんを見ていた。ぎくしゃくしているはずの藤城と道家も今この瞬間だけは同じ表情をしている。
「どうして不運ってこう狙い澄まして降ってくるのかしらねー」
日野先輩もこればっかりは仕方が無いとばかりにため息をつく。
「なんで~!?」
ちーちゃんの名前はリストのトップに書かれていた。つまり、明日の朗読部門で一番最初に発表することになったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます