このダンジョン、諸事情により攻略不能です。

@qdora

終わり始まり

 「世界は未知に溢れている。だからこそ人は探し求めるのだ」


 そう言ったのは果たして誰だったのか、それを覚えているものはいない。

 だが、誰が発したかわからぬこの言葉は未だ人の心に残っている。

 未知の先を夢想して、目指す者たちがいるからだ。

 そして、彼らが目指すべき道があるからだ。


 世界に散らばる未知なる道、人はそれをダンジョンと呼ぶ。

 ある者は莫大な宝を、ある者は名声を求めダンジョンへと挑む。

 この世は全ての未知を喰らわんとする者たちで溢れていた。


 いつしか彼らはこう呼ばれる。

 探し求める者、「探求者」と。


 彼らの腹に収まらぬ未知はないだろう。

 ……ただ一つを除いて。

 これはそんなただ一つの物語、決して攻略することのできないダンジョンのお話…。



 深い深い森の中、暗き緑のその奥の草原にひっそりと存在している洞窟がある。

 ある種の神聖な空気を纏うその洞窟は、一見祠のようにも見えるではないか。

 だがそれこそが、この世界で唯一【攻略不能】の烙印を押されたダンジョンだ。


 一口にダンジョンと言ってもその難易度は様々である。

 初心者が一人でも攻略可能な【下級】から、熟練探求者が集団でやっと攻略できる【特級】まで多種多様なダンジョンがある。


 更には、熟練探求者の集団でもよほど運がよくないと攻略できない【難攻不落】などという規格外なモノも存在する。

 【攻略不能】とはその【難攻不落】よりも上位で、人間に攻略することはできないと言われているダンジョンだ。


 そのため、【攻略不能】のレッテルを張られたこの洞窟に普段人の気配はなく、静寂だけが溢れている。

 稀に欲に目が眩んだ者たちが何とかしてダンジョンを攻略してやろうと、静寂を破り洞窟へと侵入するが再び雑音が消えるのに時間はかからない。

 そんな寂々たる雰囲気も今日は鳴りを潜めている。

 理由は簡単だ、人が犇めき合っているのだ。


 国から派遣された兵士や国家所属の探求者に無所属の探求者、どれも熟練と言っていいだろう者たちが隊を成している。その数は数万になるだろうか…。

 彼らの目的はダンジョンの攻略ではない。

 彼らは殲滅しに来たのだ、このダンジョンを【攻略不能】たらしめる存在達を。


 ≪ダンジョンには魔物がいる≫世界においてこれは常識だ。更に言えば、ダンジョン内の魔物の強さがそのダンジョンの攻略難易度に直結する。

 【攻略不能】と言われる所以はそこにある。一体で国を亡ぼせるほどの力を持った魔物や魔人が住んでいるのだ。


 なぜ、そこに住んでいるのかはわからない。運よく生き残った探求者がその姿を確認しただけだからだ。

 だからこそ人々は飛び交う噂に恐怖し、よほどの愚か者以外はダンジョンへと近づかなかったのだ。


 ならなぜ、今になって殲滅をしようとしているのだろうか?

 今までこちらから手を出さなければ安全だったではないか。

 わざわざ虎の穴に石を投じなくてもよいではないか。


 すべては、世代交代したばかりの王が臆病者であったからだ。

 臆病な王はこう言った。


 「今までは無事だっただけで、何時やつらが侵略してくるかわからんではないか!だからこそこちらから仕掛けねばならんのだ!!だいたい、攻略しようとするから失敗するのだ!殲滅だ!ダンジョン内のモノ共は全て殲滅するのだ!!」


 嗚呼…王は臆病なだけではなく愚かだったのだ。


 愚王は家臣の反対を振り切り、討伐隊を編成した。

 そうして集められたのが彼ら、数万の実力者たちだ。

 そんな理由で招集された彼らの面持ちは明るくない。それもそうだろう、いくら実力があれど相手は国を滅ぼせるような化け物なのだ。


 だがこれは王からの勅令だ、断れば死罪になってしまう。

 死ぬのが早いか遅いかの違いだが、それでも万が一でも生き延びる方を選ぶに決まっている。

 目と鼻の先まで迫った死に対する恐怖を彼らは抑え込む。気を抜くと後ろを向いてしまう脚に力を入れ大地に根を張る。

 皆、強い意志に若干の恐怖が混じった瞳で前方の簡易壇上に立つ人物を見つめる。

 この兵隊たちを率いる隊長だ。


 「皆の者!よく集まった!!まずは国の代表として感謝する!我が国にとって今日は記念すべき日になるだろう!!我が国最大の脅威がなくなるのだからな!!!相手は国を相手取れる化け物だ!恐怖するものはいるだろう!!なに、恥じることはない!怖いものは怖いからな!俺も怖い!」


 そう言って隊長はがははと笑う。

 兵士たちは始めはキョトンとした顔をしたが、隊長のその豪胆な性格にクスリと笑いだす。


 「ふむ、ちょっとはマシな顔になったな!先ほど言ったように怖いものは怖いのだ!!仕方がない!だが、臆するな!!この戦いは国のため、ひいては自分の愛する者のためだ!皆、誰か愛する者がいるはずだ!!その者を守るために戦うのだ!自らの手で愛する者たちを守り抜くのだぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」


 鬨の声に兵士たちが同調する。森の静けさは消えさり、彼らの咆哮が響き渡る、その瞳にもう恐怖はない。

 彼らは自分たちが隊を成した状態でも簡単に入れるくらい大きな入り口に向かって今にも駆け出しそうだ。


 「皆の者準備はいいか!ダンジョン内にはトラップもあるため前方の国家所属探求者達はしっかり頼む!!!それでは皆の者!!!とつげー「きするんですか?」……!?」


 突然それは現れた。何の前触れもなく、まるで先程からそこにいたかのように。


 「それで?突撃するんですか?あまりお勧めはしませんが…」


 小学生くらいの体躯をした真っ白な何か、よく見ると犬のようにも見える。

 犬であったなら耳が存在するであろう場所にはサラサラの黒髪が生えている。

 どう見ても強そうには見えない…だがそれは圧倒的存在感を放っていた。

 ダンジョンに住んでいる魔獣だと一目でわかるほどに溢れ出ている力は凄まじいものだった…。


 「全く、私たちから手は出さなかったのにどうしてこうなるんですかねぇ…しかもたったこれだけの人数で私たちを殲滅できると思ってるとは…」


 白いそれはやれやれ、といった風に体の側面の突起物を持ち上げる。おそらく手なのだろう。

 あまりにもコミカルで非現実じみた光景にしばし唖然としていた隊長だが、ふと我に返り気を持ちなおす。


 「お前はこのダンジョンの住人か?お前に恨みはないが殺させてもらう。悪いがこれも仕事でな!!」


 「そうですか、それは残念です。このまま大人しく帰ってくれてたら見逃したんですが…仕方ないな」


 隊長が斬りかかると同時に、それが纏う雰囲気が変わった。

 それは急激に膨張し始る。


 小学生程度だった体は2メートル近くになり、肉体は完全に別物へと変貌する。

 かろうじで犬に見えていた顔は、今では狼の如き荒々しさを持っている。

 そう、先程まで白い物体だったモノは、白き犬の頭を持つ魔人になっていた。


 犬頭は斬りかかってくる剣を素手で掴み、グイと引き寄せる。

 人では抗えないほどの剛力で引き寄せられた隊長はなすすべもなく、犬頭の下へとやってくる。

 犬頭は隊長にその顔を近づけにやりと笑う。


 「残念だったな、素直に回れ右してればよかったものを…。馬鹿な人間が偶に来るぐらいならよかったんだ。それで国を滅ぼしたりするほど私たちは器が狭くない。だがな?これはもうだめだ。兵を率いてしまったらいけない。それはもう戦争だ。私たちと、お前たちの戦争になってしまう。その先にあるのは一方的な蹂躙だ。お前たちに成す術はない。万の軍勢だろうが、億の軍勢だろうが私たちには敵わない、それほどまでに圧倒的なのだよ私たちは…。残念だったな人間」


 バグンッと音がしたのは犬頭が言い終わると同時だった。

 初めは誰かが銃を撃ったのかと思ったがそうではない。

 あれは強靭な顎が閉じた時の音だ。その証拠にあるべきものが存在しない。

 そう、隊長の頭だ…。

 蓋をしていた肉壺が焼失したことによって鮮血が噴出し、辺りを赤くする。


 「ああ、勢い余って頭を喰ってしまった…。あの人に怒られないといいのだが。まぁ、あれだけ頭があるのだから一つくらい問題はないか?…さて、せっかくの外食だ、独り占めをしてはいけないな。みんなを呼ぶとするか」


 未だ理解が及んでおらず、茫然としている兵士たちをちらりと見てそう呟く。


 「さぁ!おやつの時間だ!!!!」


 犬頭が叫ぶのを合図にしたかのように恐慌状態の兵士たちが我先にと逃げてゆく。


 だが、犬頭が合図したのは兵士たちではない。彼の仲間だ。

 一国を滅ぼすほどの力を持つ化け物。その者たち相手にただの人間が逃げ延びれるはずがない。


 その証拠に彼らの首が大量に飛んでるではないか。

 嬉々として首を刈っているのそれはどう見てもハムスターだった。

 しかし手は、その愛らしい容姿に似合わず、まるで鎌のようだ。

 更にそのハムスターには特徴的な部分があった。そう、生首を体に乗せてるのだ。


 その魔獣の名前は【クビカリアンハムスター】。記憶を主食としており、そのために首を刈る魔物だ。クビカリアンはなぜだか知らないが初めて刈った獲物の首を体に乗せる習性を持っている。


 「首がいっぱいだな、これで当分餌に困ることはない。うむ、いいことだ」


 付け加えるとクビカリアンは喋る。ただ喋るだけではなく、身体に乗せた生首の方が喋るからかなりホラーな絵面になる。


 そんなサイコハムスターが首を飛ばしてる一方で、スライムや巨大ミミズ、宝石のようなクラゲに襲われている者たちが見える。

 正直こちらはこちらで見るに堪えない状態だ。


 この軟体メンツでエロ同人的な展開を期待した人もいるかもしれないがそんなものはない。

 スライムは飲み込んだ兵士を服だけでなく全身溶かしているし、巨大ミミズは丸呑みしている。宝石クラゲに至っては宝石部分で殴る始末、軟体性は完全に関係がなかった。

 兵士たちは抵抗しようとスライムらに斬りかかるがすべて無駄に終わっている。斬っても斬っても再生するのだ。


 『効かない、効かない。私たちに物理とか馬鹿じゃないのかな』


 スライムたちはクビカリアンと違い言葉を発することができないので立て看板で会話をしている。どうやって書いているかは謎だ。たぶん本人?たちもわかってはいないだろう。


 兵士たちはどうやっても逃げられないと悟ったのか逃げる者は減った。その代わりに諦めてへたり込む者や、一か八かで戦いを挑む者が増えた。


 「あれ?逃げないのかにゃ?せっかく鬼ごっこを楽しんでたのに~つまんないにゃ~」


 「あっはっは!!落ちた落ちた!!もっと足元見ないといけないぜ?これで家長を殺るための実験もできたな!」


 「コッチも落ちたゾ!大量ダな!!」


 「新作魔道具の実験にちょうどいいねぇ~。ん~いいタイミングだねぇ」


 へたり込んだ者たちは、追いかけてきた猫又に無残にも喰われたり、龍翼龍尾の悪魔が造った魔導具の実験にされている。


 恐怖に顔が歪む者、泣き叫ぶ者、狂った者、全ての人間が平等に命を散らしている。


 戦いを挑みに戻った者は悉く落とし穴へと落ちていった。

 巨人と小人のハーフや、小さなゴーレムが造った落とし穴は残虐なものが多い。

 たかが落とし穴と侮ってはいけない。その種類は豊富で肉体を直接傷つける物や精神にダメージを与える物等、様々な工夫が凝らしてある。

 何より、最後の勇気を振り絞って戦いを挑んだ結果落とし穴に嵌ったため、兵士の心は完全に折られた。


 「くそっくそっ!!くそぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!なんなんだよお前ら!!!なんなんだよぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」


 おそらく探求者であろう男が吼える。あまりの戦力差に…圧倒的理不尽に…そして無力な自分に。

 いっそ夢であってほしいと男は思う。今は悪い夢の中で、目が覚めたら妻が隣で寝ている。そして息子とあそんで……。


 男の思考はそこで切れる。

 頭が消えてしまったのだから思考のしようがない。


 本当に夢だったらどれほどよかっただろうか。

 だが、これは現実なのだ、まぎれもなく現実なのだ…。

 いつまで待とうと覚めることなどない。


 据えた鉄の香りが、朱く染まる草原が、聞こえてくる仲間の絶叫が、そして何より自らの身体を裂く痛みが、どうしようもなく現実だと皆に突き付けてくる。

 一人、そしてまた一人と覚めない現実から二度と目覚めることのないゆめへと向かってゆく。

 最後の一人が眠る。数万いた兵士は一人として生きている者はいなかった。

 こうして、数万の兵士の命とともに悪夢が終わった……。





















 「……わけがないだろう?言ったはずだ、これは戦争なのだと。私たちとお前たちの国との戦争だ。いつの時代でも負けたモノは全てを奪われる。この程度で全てではないだろう?たった数万ぽっちがお前たちの全てではないだろう?そして私はもう一つ言ったはずだ。これから始まるのは一方的な蹂躙だと。全ては因果応報だ。仕方がないだろう?こちらから手出しはしていないのだから、お前たちが悪いのだよ。」


 犬頭は血に濡れた口を歪めほくそ笑む。誰に言ったでもない呟きはただ一つの未来を指示していた。

 ………覚めることのない悪夢はまだ終わらないようだ。



 余談だが、この日地図上から国が一つ消えたらしい。

 かつての人々は、敵うことのない絶対的な力の存在をその目で見た。

 そして、決して深き森のダンジョンには手を出さないように言い伝えていたそうだ。

 数千年たった今でもこのダンジョンは存在している。古の人々の言い伝え守り続けている。

 だからこそ、無知なものがあのダンジョンに挑もうとすると皆、口を揃えてこう言うのだ。

 「このダンジョン、諸事情により攻略不能です」、と。

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