方位磁石
鞍馬 乱
第1話
子供の頃はいつだって世界は僕を中心に回っていた。
僕のいる世界はほかのどの世界よりも魅力的で、家のお風呂や学校の机や近所の山やそこに作った秘密基地、何もかもが輝いて見えた。
クラスメイトは世界で一番面白くて、両親はかっこよくて美人で、そんな人たちに囲まれている自分は、世界の中心に居るんだって思ってた。
世界に神様が居たとするなら、神様はよっぽど僕のことが好きなんだと、そう思った。
そう思ってた。
昔の事を、"思い出してしまった子供の頃の勘違い"を再び忘れようと、僕は火種が指に近づいてきた煙草を灰皿に押し付けた。
部屋にはまだもやもやと煙が漂っている。
東京にあるワンルームマンション、これが今の僕の世界だ。特に夢もなかったのに上京してしまったのは少し後悔してはいる。
井の中の蛙大海を知らず、なんてことわざがある。
僕は正しく蛙だった。
田舎では世界の中心は僕だった。しかしここは違う。僕が居ようと居なかろうと変わらない。
きっと本当の世界の中心はもっと別のところにあって、僕はその周りをただくるくると回っているだけなのかもしれない。
遠心力にひかれて決して中心にたどり着けない、僕はそんな存在なのかもしれない。
井戸から出た蛙に世間は冷たかった。
目線を少し上げると閉め切ったカーテンからは僅かに光が漏れている。
「ああ、もう朝なんだ...」
二日ぶりに出した声は、しゃがれて老人みたいだった。
意味もなくテレビをつける。
今日もニュースがやってる。不倫だとか金の横領だとか、事故だとか事件だとか誘拐だとか。名前とか年齢が変わってるくらいで、いつも同じことを流してる。
似たような顔したキャスターが、似たような内容の話を淡々と。もしかしたら彼女も、僕と同じで世界の中心からあぶれた人なのかもしれない。
ここは、世界の片隅だ。
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