センス・オブ・スカーレット

第三十話 黒幕

「おーいフィールカ、無事かー！？」

　激闘の行方を最後まで見守っていたレオンとシエルが、心配した様子で青年のもとに慌てて駆け寄ってくる。

　レオンは仰向けになって地面に倒れているフィールカを無理やり起こすと、彼の首を腕で絡めて拳でぐりぐりとこめかみを攻撃する。

「ついにやったな！　ったく……お前はホント大した奴だぜ！」

「痛ててっ、あんまり頭イジるなよなあ」

　すでにへとへとのフィールカは、拗ねたように小さく唇を尖らせる。

　二人の他愛ないやり取りに、シエルも思わず釣られて笑顔になる。

「ふふっ、お疲れ様。全部あなたのおかげよ、本当にありがとう」

　それに対し、フィールカはすぐに首を横に振った。

「いや……これは皆で掴み取ったものだよ。正直俺一人じゃ、今頃どうなってたか判らない……。……それにあいつも、最後は一緒に戦ってくれた」

　青年の視線の先には、ダインがばつの悪い顔で苛立たしげに一人佇んでいた。

　実際目の前であの巨体の化け物を跡形もなく屠ってのけた反乱兵たちに、皇国兵の誰もが信じられないといった様子でぽかんと口を開けている。

　その中でいち早く、機械のように停止していた思考を回復させたのはグラウスだった。

「す、素晴らしい！！　なんて力だ、七属性（セブンス・センス）！！　まさかこれほどの力を秘めているとは！　この力がさらに加われば、我々皇国軍に匹敵する勢力はもはや存在しなくなるぞ！　ハッハッハ————ッ！！」

　気が狂ったように高笑いしながら、人目もはばからず歓喜の声を上げる。

「——ホント、まさか七属性まで解放させるなんてね」

　不意に、東の通りを封鎖していた皇国兵たちの人垣を割き、一人の女とそれに付き従った男が悠然とした足取りで広場に入ってくる。

　すると、何やら皇国兵たちが急にざわつき始めると、今度は一斉に整列して全員素早く敬礼する。

　女は黒い薔薇をあしらった豪奢なブラックドレスを装い、一方男は軽装鎧の格好で右手に一本の漆黒の槍を携えていた。

　特に女のほう——彼女からは、背筋が凍るような途轍もなく邪悪な雰囲気が厭（いや）というほど漂っていた。

　こちらにゆっくりと近づいてくる謎の二人に対し、フィールカとレオンは反射的に身構えるが、シエルだけは緋色の瞳を大きく見開いて身体をわななかせていた。

「……シエル？」

「うそ……なんでこいつが、こんなところにいるの……？」

　少女の異変に気づいたフィールカが、心配した様子で呟く。

　すると、シエルは徐々に息を荒くしながら、一歩ずつ重い足取りで前へと歩き始める。

　間違いない。忘れるはずもなかった。七年前、自分の家族と同胞、そして故郷を奪った全ての元凶——

　自身の最大の敵——《魔女》だ。

「ルティシアあああああああああ————ッ！！」

　そう認識した時には、シエルは全身から水色の魔力（センス）を解放して大量の小さな氷刃を空中で生成すると、魔女に向けて速攻で放っていた。

　それに真っ先に反応した付き添いの男が、鋭く声を張り上げる。

「姫様ッ！！」

　だが、女は決して避けようとしない。全ての氷刃が寸分の狂いもなく彼女を貫こうとした直前、突如正体不明の不可視の障壁にぶつかったかと思うと、無数の氷片となって粉々に砕け散った。

「くっ……！」

　ぎりっと歯噛みし、シエルは一歩後ずさる。

　黒い長髪を後ろに束ねた男はすぐさま少女のほうに向き直ると、憤怒の色に顔を染めて喚いた。

「貴様ッ……！　今すぐその首、打ち落としてくれるッ！！」

　すると、女は鷹揚とした口調で彼を制する。

「やめなさい、セクリアス。彼らにはまだ訊（き）きたいことがあるの。やっぱり今年は視察に来て正解だったわ。——いきなりこんな品のないもてなしで歓迎してくれるなんて、ずいぶんと威勢がいいのね」

　今しがたの攻撃のお返しとばかりに挑発的な笑みを浮かべながら、彼女は視線で縛るように赤髪の少女を睥睨（へいげい）する。

　一体これはどういうことなのか、フィールカとレオンは今も堪えがたい憤怒に震えているシエルに問いただそうとした時だった。

　突然広場の隅で待機していたグラウスが、酷く慌てながら女のもとに駆け寄ってくる。

「ひ、姫様！？　これは一体どういうことですか！？　どうして貴方様がわざわざこのような辺鄙（へんぴ）な土地へ！？　姫様がおいでにならずとも、我々だけで充分奴らを確保できたというのに！」

　忙しない口調で言う彼に対し、しかし彼女は尚ものんびりとした口調で言葉を返した。

「そう怒らないで、グラウス。だって気になるじゃない。私のお気に入りの竜をたった一人で斃（たお）した子がいるなんて聞いたら、さすがに居ても立ってもいられないわ。おまけにあのイービルワームまで斃しちゃうなんて——そこのあなたがそうね？　第二魔導軍事学校、今年の首席卒業——シエル＝スカーレット」

　黒水晶のような瞳で鋭く問われると、少女は憎々しげに再び身構える。

　目まぐるしい状況の変化に、レオンは理解できないと言いたげに女に向かって追及した。

「おいおい、そもそもテメェは一体何者なんだ！！　いきなり現れたかと思ったら、勝手に訳のわからないことを言いやがって！！」

「貴様、無礼だぞ！！　この御方を誰だと思って——」

　側近の男が、激しく怒声を迸らせた時だった。

「——ルティシア＝シスカ＝エステル＝ヴィ＝ベルナーク」

　それを遮るように、シエルは腹の底から冷たい声を広場に響かせた。

「レオン、こいつはあの皇国の現女帝——私たちが俗に《魔女》と呼んでいる忌まわしき存在よ」

「なっ……」

　とても受け入れがたい事実に、レオンは戦慄を隠せず絶句してしまう。

　女は口許に手を当てて思わず苦笑すると、それをきっぱりと肯定した。

「そういうこと。おかげで話が早くて助かるわ。どうやら今年の首席は、力だけじゃなくちゃんと知性もあるようね」

　よくできました、とでも言うように、ルティシアは少女を嬉しげに褒め上げる。

　すると、今まで沈黙を貫いていたフィールカが静かに前に歩み出ると、きつく言葉を発した。

「……お前の竜（﹅﹅﹅﹅）とは、一体どういうことだ？」

　青年が頭に引っかかったのは、先ほどルティシアが口走っていた『私のお気に入りの竜を一人で斃した子がいる』という言葉の箇所だ。

　それに対し、彼女は「ああ」とうっかりしていたような顔で呟くと、さらりと続けて言った。

「そういえば、すっかり忘れてたわね。どうもこうもなく、そのままの意味よ。——あなたたちが卒業試験のときにあの山岳の洞窟で斃した炎竜（イグニートドラゴン）、さっきの魔虫（イービルワーム）も彼らに戦うよう、全部私が仕向けたものよ（﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅）」

　平然と言ってのけた衝撃的な真実に、フィールカたちの全身の肌が冷風に晒されたように粟立（あわだ）つ。

　自分たちを死の淵まで追い込んだ炎竜、一体どれだけの人間を殺したのか判らない魔虫との死闘。これまでに起きた惨事の元凶は、全て奴が予め企てていた陰謀だということをはっきりと認めたのだ。

　未だに頭の中が真っ白のまま、シエルは掠（かす）れながらもどうにか声を喉から絞り出した。

「そんな……。それじゃ、卒業試験当日に突然私たちの前に竜が現れたのは、単なる偶然じゃなかったってこと……？」

「そのとおり。全てはあなたたちの力を試させてもらったことよ。炎竜を斃（たお）すところまでは容易に想像できたけど、まさかイービルワームを斃し、さらには七属性まで解放させるなんて、やっぱり私の目に狂いはなかったわ」

　己の慧眼を自画自賛するとともに、ルティシアは悦に入ったように称賛の言葉を述べる。

「——全部そういうことかァー」

　不意に背後から、肩に剣を担いだダインが無遠慮に話に割り込んでくる。

「卒業試験で俺様の成績がこの女より下になったのは、お前らが全部裏で操作してたってことかよ。たかが竜一匹斃したぐらいで順位が入れ代わるなんて、これじゃホントに実力がある奴が誰かなんてわからねぇよなァー」

　未だに根に持ち続けていた青年の不満を聞いたシエルは終始無言だったが、ルティシアは彼の姿を見て得心がいったように言葉を返した。

「ふふっ、その品の欠片もない荒っぽい口調、さてはあなたがダイン＝ランザックね？　今年卒業した生徒の中でも、ひときわ剣の腕が立つと情報では聞いてるわ。あとそれに関しては運が悪かったわね。今回の実験は、もっとも実力者が集まっていた班に竜を仕向けさせてもらったわ。けど、さっきの魔虫との戦闘を見た私から言わせてもらえば——あなたより彼女のほうがよっぽど実力は上だと思うわよ？」

「なん……だと……！」

　ダインが今にも斬り掛からんばかりの剣幕で睨み付けるが、堪らず叫んでいたのはシエルだった。

「……ふざけんじゃないわよ！！　今まであなたたちがしてきたことのせいでどれだけの人が傷つき、どれだけの人が死んでいったわかる！？　ここにいる二人も、あなたたちのせいで二度も死にかけたのよ！？」

　怒りの赴くままにそうまくし立て、シエルは傍らにいるフィールカとレオンを一瞥する。

　しかし、当のルティシアは特に省みた様子もなく何食わぬ顔で肩をすくめる。

「わからないわね、今まで殺した人間の数なんて。上に立つ強者が、下の弱者から欲しいものを好きに取って何が悪いのかしら？　私には到底理解できないわ。けれど、あなたたちは私の魔物を見事に斃し、今もこうして生き残っている。あなたたちには上に立つ力があり、そして、私の名誉ある皇国軍に入る資格も充分にあるわ。その優れた力を、反乱軍なんて言うちっぽけな軍のために使うよりも、私たち皇国軍のためにいっそ振るってみないかしら？　もちろんあなたたちの実力なら、入隊と同時に即幹部クラスの地位を与えることを約束して構わないわ」

　その答えと提案を聞いて、シエルたちは即座に理解した。

　皇国兵百万の軍隊を束ねるこの女帝は結局のところ、己より弱い人間をその辺にいる蟻を踏み潰すような感覚でしか見ていないのだ。力ある者だけを集め、意のままに彼らを操り、力なき者をただ虐げることで自己の欲求を満たす。こいつがいるからこそ、皇国軍という殺戮集団は傀儡（かいらい）のようにいつまでも醜く踊り続けるのだ。

　シエルは静かに顔を俯（うつむ）けると、怒りに声を震わせて言った。

「私がなぜ、反乱軍に入ったかわかる……？」

　ゆっくりと顔を上げ、血潮のような赤い瞳に激情の炎を宿す。

「あなたは覚えてる……？　七年前、私が住んでいた村に突如現れた皇国兵たちが一体何をしたのか……。奴らはまず、村にいた男性を全員剣で斬り、銃で撃ち殺した。次に容赦なく子どもと老人を殺した。挙げ句の果てに女性を暴行して辱めた後、使い物にならなくなった玩具（おもちゃ）のように殺した……」

　今でも鮮明に蘇ってくるあの日の惨劇を思い返しながら、少女はさらに話を続ける。

「その最悪な事態にいち早く気づいた私のお母さんは、当時まだ子どもだった私を村から逃がすためにたった一人で皇国兵たちに立ち向かっていったわ。最初はあまりにも無謀だと私は引き留めたけれど、お母さんはそれを決して許してくれなかった……。でも信じられないことにお母さんは、自分より圧倒的に数の多い皇国兵たちを次々と魔法で焼き殺したわ。こんなにも強かったなんて、これなら勝てるかもしれないと当時の私は思った……」

　そっと目を伏せると、深淵から聞こえてくるような昏（くら）い声で呟いた。

「けど……いま思えば、やっぱりあれはただの無謀に過ぎなかった……。お母さんはね、昔からずっと心臓に持病を患っていたの。そのときに運悪く発作を起こしてね……。膝をついて苦しむお母さんに向かって一人の女がゆっくり剣を振り上げる姿を、私はただただ木に隠れて見ていることしかできなかった……。あのときほど無力な自分を呪ったことはなかったわ……。そのまま何も抵抗できずに動けなくなったお母さんは、その女によって剣で貫かれ殺された。——ルティシア、あなたの手によってね！！」

　凄惨な過去の怨恨を打ち明けるが、しかしルティシアはここで予想外の反応を見せた。

「七年前の村の襲撃……。その赤い髪と瞳、七属性、それにスカーレットという姓……やっぱりあなた——あの《紅き悪魔（エリュテイア）》、エシル（﹅﹅﹅）の子なのね？」

「……ッ！？」

　そう問われたシエルは、思わず驚愕に目を見開く。

　ルティシアは、ようやく確信したように艶めかしい赤い唇に笑みを浮かべた。

「その反応からして、まず間違いなさそうね。どうりであの女と似た面影があると思ったわ。まさか、あのエリュテイアに子供がいたなんて。——ということは、その首にかけているペンダントが《七色の魔石（アミュレット）》ね？」

　蛇のような鋭い眼光で目をつけたのは、少女がいつも大切に着用している、赤い石の周りに七色の小粒の石が施（ほどこ）された銀の首飾りだ。

　シエルは反射的にペンダントを護るように握り締めながら、大きく一歩後ずさる。

「ど、どうしてお母さんとこの石のことを知ってるの！？」

　激しく声が上擦り、さすがに動揺を禁じ得ない。

　この女とお母さんの接点なんて、あの血塗られた日以外どこにもないはず……。しかもこの首飾り（アミュレット）は、お母さんが昔からずっと大事にしていた家宝であり、家族以外の人間が知り得るはずもないのだ。

　しかし、少々思いも寄らぬ反応だったのか、ルティシアは不思議そうに小首を傾げる。

「あら？　どうやらあなたは、自分の母親から何も聞かされていないようね。——あなたの母エシルと私の母エフィリアが、かつてその石を巡って何万人もの人間を殺したこと、どうしてあなたの母親が殺されなければならなかったのか——そして、その石に隠された重大な秘密も」

　一体さっきから何を言っているのだ、この女は。まるで自分よりもお母さんのことを知り尽くしているかのようなその憎たらしい口振りは。家族も友人も、財産も故郷も、私たちから全てを奪った外道め。

　腸（はらわた）が煮えくり返るような怒りが沸々と込み上げ、シエルは我知らず声を荒げていた。

「一体あなたが……お母さんの何を知ってるって言うのよ！！」

　すると、ルティシアはこれ以上にないほどの憐れみを込めた双眸（そうぼう）で少女を見下す。

「自分の母親が何者かも知らず、今までのうのうと生きてきたなんて……ホント可哀想な子。まあ、あなたがそれを知ろうが知るまいが私には別に関係ないことなんだけど……。用があるのはその赤い石だけだから。おとなしくそれをこちら側に渡すつもりはないかしら？」

　もはや石以外のことは興味なさげに訊いてくると、シエルはおもむろに目を伏せて静かに言葉を発した。

「……最後に一つだけ、訊きたいことがあるわ」

「何かしら？」

「あなたはあの日、殺した人たちのことを覚えてるの……？」

「ふふっ、面白いことを訊くのね。それじゃあ、私からそっくりそのまま問い返してあげるわ。——あなたはそこらの魔物を殺す時、そいつの顔を一々覚えてから手にかけるのかしら？　それと全く同じことよ」

　さして悪びれる様子もなく、ルティシアは平然とそう答える。

　なんの罪悪感の欠片もない台詞だった。

　シエルは血が滲み出そうなほどにきつく奥歯を噛み締め、忌まわしげに吐き捨てるように言った。

「……今まで殺してきた人たちのことさえ忘れるなんて、ホント腐ってる」

　直後、彼女から虹色の魔力の奔流（ほんりゅう）が爆発的に解放されると、底知れぬ殺意を剥き出しにした瞳で魔女を見据える。

「死ぬ覚悟はいい！？　私が今日ここで、これまで死んでいった人たちの代わりにあなたを殺す！！　いくら世界最強と言われてようが、この七属性の力さえあればあなたにだって勝てるつもりよ！！」

　惜しげもなくさらに魔力を放出させ、まるで怒りそのものを表すかのようにシエルの周りの石畳に次々と亀裂が走る。

「くっ……シエル、止（よ）すんだ……！」

　激しい気の流れに、フィールカとレオンは地面に足が食い込んだようにその場から動くことすらままならない。

　いくら七属性の力があっても上位魔級の魔物と戦った直後の連戦では、こちら側が圧倒的に不利だ。それにルティシアは、世界最強と言われる、皇国の頂点に君臨する本物の怪物なのだ。きっと奴は、何か重大な秘密を隠している。そんな実力が底知れぬ相手と、何の対策もなしに今の自分たちが戦うのはあまりにも無謀が過ぎる。

　少女の放つ凄まじい魔力量を見てもさして気後れした様子もなく、ルティシアは終始余裕のある口調で質問を重ねる。

「大した自信ね。最後にもう一度だけ訊くわ。——その絶対的な力を、私たち皇国のために使う気はないかしら？」

　それに対し、シエルは自身の魔力を虹色から赤色へ滑らかに変化させると、魔女に向けて素早く両手をかざす。

「答えは——これよッ！！」

　そう高らかに言い放った瞬間、両手の中から荒れ狂う猛炎の渦が生み出されると、空気を灼き焦がしながら一直線に向かってルティシアに襲いかかる。

「それは残念ね。だけど——」

　避ける選択肢など端から度外視していたかのように、彼女はおもむろに右手だけを正面にかざすと、にやりと不敵に笑いながら告げた。

「あなただけが《七属性（セブンス・センス）》を使えると思ったら、単なる大間違いよ」

　そう呟いた直後、ルティシアの身体からも虹色の魔力が周囲に放たれ、炎の渦が彼女に当たる寸前で一瞬にして消散した。

「そ、そんな………」

　眼前の魔女から放出されている七色の魔力を見て、シエルはにわかに信じがたい様子で茫然（ぼうぜん）と声を洩らした。

　こちらの攻撃を防いだだけでなく、奴も自分と同じ百年に一人の七属性解放者（セブンス・センサー）だったのだ。フィールカやレオンも同様に衝撃を受けて言葉が出ず、さしものダインもこれには顔をしかめる。

　艶のある前髪をさらりと掻き上げながら、ルティシアはそんな彼らの反応を見て思わず苦笑した。

「ふふっ、何もそこまで驚くことはないんじゃないのかしら？　あなたが七属性の力を使えるのなら、世界最強の私が使えても何の不思議もないと思うんだけど——私はね、あなたみたいに度々やってくる愚か者を、この手でずたずたに返り討ちにするのが大好きなの」

　己に酔ったような恍惚（こうこつ）の表情で言うと、今度はルティシアのかざしていた右手に真紅の光が集まり始める。

「せっかくだから教えてあげるわ——炎というのは、こうやって扱うものよ」

　次の瞬間、彼女の右手から、先ほどシエルが放った炎の数十倍の火力はあろうかという龍の如き獄炎が放たれる——。