世界は語る

 人と魔物がはびこる、混沌とした世界——。


 遥か太古より世界は、巨大勢力である二つの深い闇によって常に蝕まれ続けていた。


《魔物》と《皇国軍》。


 その言葉を聞いただけで、人々は一瞬にして身体の底から震え上がるだろう。


 魔物。俗にそう呼ばれる醜悪な生物たちは、人間が生まれる前から世界に存在するとわれており、一度ひとたび獲物を見つければ誰であろうと無差別に襲いかかってくる。


 そのため人々は、己の身を護るために村や街の周囲に堅牢な防壁を築き上げ、その中に閉じこもって静かに暮らしていた。そんな凶暴な化け物たちがいるからこそ、人々は協力して平和と秩序を守っていかなければならなかった。


 しかしその馬鹿げた理想は、現実とは遠くかけ離れた、ただの幻想に過ぎなかった。


皇国こうこくエンシェリア》——たったその一つの国が、世界の調和を一方的に乱していた。


 皇国の女帝であるエフィリアは、皇国軍——通称《ヴァルキュリア》と呼ばれる世界最強の殺戮軍隊を意のままに行使し、これまで平穏に暮らしていた民たちから何もかもを貪り、街や村を無慈悲に焼き払い、そして全てを蹂躙していた。


 それが、過去から現在まで奴らが長きにわたり繰り返してきた、まさに最低最悪の所業だった。いつ殺されるかも判らない不安と恐怖に怯えながら、人々は息苦しい生活を日々送り続けていた。


 だが、そんな世界に渦巻く闇にも、勇敢に立ち向かおうとする一筋の光明があった。


 皇国軍や魔物などの敵対勢力に対抗するため特別に創られた軍事組織、それが《反乱軍》である。別名、魔導傭兵精鋭部隊——通称《ソルジャーリベリオン》。彼らが軍を発足してから約二十年もの間、徐々にではあるが戦闘員を着実に増やし続け、今や奴らに対抗できるだけの巨大勢力の一角となりつつあった。


 そんなある日のことだった。大陸の辺境の街に置かれた反乱軍本部に、一つの朗報が届いた。それは——これまで皇国の政権を握っていた女帝エフィリアが、不治の病のため死亡したというとても信じがたいしらせだった。


 これにはさすがの反乱軍上層部も、すぐには信じることができなかった。しかし、この情報が事実であることを皇国の情勢変化から裏づけると、すぐにそれを世間に公表し、たちまち世界に伝播していった。これにより、皇国軍の蛮行に苛まれていた人々はようやく世界に平和が訪れる、誰もがそう思ったことだろう。


 だが、これで全てが終わりではなかった。


 エフィリアには、まだ十才という幼い娘がいたのだ。名は——ルティシア。


 先代女帝のエフィリアが静かにこの世を去ってから、ルティシアはすぐに新たな皇国の女帝として即位した。世界征服、というエフィリアの恐ろしい遺志を継いだ彼女はそれから数年後、皇国軍という名の殺戮兵器を存分に用いて、再び世界を戦渦に呑み込んでいったのだった。


 しかし、反乱軍側も奴らの蛮行に一方的に虐げられたまま、じっと手をこまねいているわけではなかった。ますます勢力が強まるばかりの皇国軍に対抗するべく、反乱軍は一つの学校を大陸の中心に設立した。


《魔導軍事学校》——そう名づけられた施設は、個々の兵士の養成のために軍事教練を目的として創設された教育機関である。人類が初めて世界に誕生し、その際に《七英神しちえいしん》と呼ばれる七柱の神々が人間に与えた呪われし魔力——《センス》。


 魔力は産まれた嬰児えいじに必ず宿ると云われており、努力さえすれば例外なく誰でも引き出せるというものだった。魔導軍事学校は、その忌まわしき力を人から上手く引き出し、自由に行使できるようにするための場所であった。


 そして、その魔導軍事学校を卒業するまで残り一週間と迫った、ある訓練兵たちがいた。


 彼らの意志はただ一つ、皇国軍率いる女帝ルティシアをこの手で必ずたおすこと。


 これまで二年間、幾度となく厳しい訓練に耐え忍び、そんな彼らの過酷な日々もようやく終わりを迎えようとしていた。


 夕焼け色に染められた大空、西に沈みゆく琥珀色の太陽。


 生徒たちは今日も、訓練に明け暮れている——。



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