第八話 卒業試験開始

 翌朝、ついに訪れた卒業試験当日——。


 今日の天気は多少雲はあるが、特に気にならないほど頭上の空は爽快に蒼く晴れ渡っている。まだ三月に入ったばかりなので気温は低く、冬の名残ある春風が肌を震わす。


 時刻は午前九時二十五分。フィールカとレオンはいつもより遅い朝食を食堂で済ませた後、待ち合わせ場所である校門前で待っていた。今日は壁外での実地試験ということで、二人とも服装は訓練生用の黒い詰襟に身を包んでいる。


 昨日あれから二人は再び風呂に入り直したにもかかわらず、逆に酷く疲れきっていた。さすがに昨日の大失態が尾を引いており、今日も若干疲れ気味だ。それだけならまだしも、シエルのことを完全に怒らせてしまい、これから会うのもとても気まずい。このまま喧嘩した状態で本当に試験になど受かるのだろうか、とただただ不安になってくる。


 フィールカとレオンは落ち着かない様子でしばらく待っていると、校舎のほうから一人の少女が姿を現す。


 特徴的な赤髪のツインテールと緋色の瞳、均整の取れた身体に女子用の黒い軍服を着ており、いつもの可愛らしい姿がそこにあった。


 シエルはゆっくりとこちらに近づいてくると、屈託のない笑顔を見せて言った。


「おはよう、二人とも」


 お、おはよう……とフィールカとレオンは詰まり気味に挨拶を交わす。


 あまりにぎこちない二人に、シエルは小さく肩をすくめて呆れたように言う。


「もう昨日のことなんて気にしてないわよ。……今日の試験に影響しても困るだけだし」


 二人は驚いたようにぱちぱちと目を瞬かせながら、思わず聞き返す。


「ほ、本当か……? てっきりもっと怒ってるんじゃないかと……」


「ああ……。俺たち、今日の試験はもう駄目かと思ってたぜ……」


 二人は安堵からホッと胸を撫で下ろすと、そんなシエルは意地の悪い笑みを浮かべる。


「ふふっ。でもまさか、二人があんなにエッチだとは思わなかったけどねー」


 からかうように言われて、フィールカとレオンはばつの悪い顔になりながら、心の中でひっそりと昨日のことを再度反省した。


 すぐに気を取り直し、シエルはぱんぱんと両手を叩く。


「それじゃ、改めて仕切り直しね。今日は一応塗り薬とか持ってきたけど、この周辺の魔物なら二人とも心配ないわね」


 ああ、と男二人組は頼もしく頷き返す。


 街から壁外フィールドに出れば当然魔物は出現するが、二年間毎日のように厳しい訓練をしてきた三人にとっては、もはや自分たちの家の庭みたいなものだった。


「よーし、それじゃ張り切って行くか!」


 フィールカの快活な掛け声とともに、三人は試験会場である北西の山岳へ向けて歩き出したのだった。


                 ∞


 街から出てすぐ近辺にある山岳周辺の森の中を十分ほど歩くと、ぽっかりと小さな口を開けた洞窟が見えてきた。幸い、魔物には一度も遭遇することなく、無事にここまで来ることができた。


 フィールカたち三人は時間通りに洞窟の入口に辿り着くと、そこに一人の男が待ち構えていた。


 反乱軍の上官を示す紺色の軍服を着た壮年ほどの男が、こちらに向かって雄弁に語りかけてくる。


「B班の者たちか?」


 そう問われて、三人の中からすぐにシエルが歩み出て快活に答える。


「そうであります! 今年の卒業試験は、どうぞよろしくお願いします!!」


 少女に続いてフィールカとレオンも左胸に拳を当てて律義に敬礼すると、男は「うむ」と鷹揚に頷いて話を続ける。


「私が、今年の卒業試験を担当するガルドフだ。まず始めに、お前たちの《軍隊手帳》を確認する」


 紺軍服の教官は、厳めしい口調で早速三人に指示する。


 魔導軍事学校では入学した際にそれぞれの訓練生に軍隊手帳が与えられ、今回のような重要な試験の場合には毎回チェックされるのだ。


 フィールカたちはガルドフに手早く手帳を渡すと、それらを確認して彼はすぐに三人に返却する。


「ラグナリア、シークガル、スカーレット、B班全員そろっているな。では早速、卒業試験の内容を説明する」


 ガルドフは手に持った書類を一瞥し、改めて三人に威圧的な視線を向けると、豪然とした態度で話し始める。


「これからお前たちには、洞窟の最も奥にある《魔導石まどうせき》を採りに行ってもらう。無事に魔導石を外まで持ち帰ることができれば試験は合格とし、晴れてお前たちも反乱軍の精鋭たちの仲間入りというわけだ。しかし、当然ながら洞窟内には大量の魔物が巣くっているため、もしも危険な状況に陥った場合にはすぐに通信魔法の《想像接続術式イマジン・コネクト》でしらせてもらう。無論、私が急いで救出に向かわせてもらうが、その時点で試験は不合格と見なす。制限時間は三十分。それまでに戻ってこなかった場合も同様とする。他に何か質問はあるか?」


 一通り話し終えたガルドフは、鋭い目つきで三人に問いかける。


 シエルがすぐに挙手し、気になっていたことをたずねた。


「最近この山岳の上空に竜が飛んでいるのを目撃したという噂が学校で流れているのですが、それに関しては問題ないのでしょうか?」


 すると、その質問に対しガルドフは、当然と言わんばかりに「うむ」と横柄に頷いて答えた。


「出所不明の根も葉もないその噂だが、結局のところ竜は確認されていないため、学校側は、誰かが悪意を以って流した噓の情報であると判断した」


「そうですか……」


 予想通りの返答を聞いて、シエルは内心で深く肩を落とす。


 実はどこかに潜んでいるだけであって、もし仮に竜が本当にいたとしたら、山岳のすぐ近くにあるリースベルの街は壊滅を免れないだろう。もう少し本格的に調査に乗り出すべきではないのかと、フィールカとレオンもあまり納得いかなかったが、学校側がそう判断したのなら仕方がないと割り切った。


 他に質問はあるか? とガルドフは再度訊ねる。


 それ以上三人から質問はなく説明をこれで終了すると、ガルドフは声を張り上げて最後に一言告げた。


「——ではこれより、第二十八回第二魔導軍事学校B班の卒業試験を開始する!!」



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