第3話〈これで良い、良いんだよ〉

いつも通りの日常、入学翌日から変わることの無いと思っていた、実際変わらなかったそんなある日、その事件は起こった。

空が綺麗な茜色に染まってカラスが飛び始める、そんな日常の夕方、僕は学校が終わり家に帰るところだった。下校に使っている道で唯一の、大きな交差点。他の下校する生徒が歩く中、1人の女の子が青になっても渡らずにずっと立っていた。

僕は最初、無視しようとした。

信号が青になって、他の生徒は女の子を追い越して渡っても、何故かその子は立ち尽くしたままだった。

信号が赤に変わっても動こうとしないその子を見て、何か嫌な予感がした僕は足を止めて、その子の様子を見る。

その子は俯いていて、誰なのかまでは分からないけど、声を掛けなきゃいけない気がした。

声を掛けようと近くまで歩み寄ろうとすると一言、今にも消えてしまいそうな声で彼女は呟いた。


「もうどうでも良いや」

その声は聞き覚えのある声だった…

そして彼女は歩き出す、赤い信号機の横断歩道へ。

「萩野!!赤だぞ!止まれ!!」

呼びとめようとするも彼女は俯いたまま振り向かない。

そこへトラックが走ってくる、普通であればブレーキを掛けるはずのそのトラックは何故か速度を落とさない、それどころかどんどん速度を上げている。

僕は嫌な予感が当たった、と思いながらも無意識にカバンを捨てて走り出していた。

だが中学生のましてや運動部でも無い僕がトラックよりも早く助ける事なんて出来ない。

そんなの分かり切っていた、だからと言っても見捨てるわけにもいかない。

これがもし他の誰かだったら、柳田とかだったら僕はきっと見捨てただろう。

でも、彼女だけは、《萩野(はぎの) 四季(しき)》だけは見捨てられない、絶対に。

彼女はあのクラスで唯一僕に声を掛けてくれた、心配してくれた、手を差し伸べてくれた。


「だから…だから四季は助ける!絶対に!」

僕は叫んだ、ありったけの声で、そこから先は完全に無意識だった。

叫び声でやっと気が付いたのか、驚いた顔でこちらを向いた彼女を突き飛ばしてトラックの進路から無理やり押し出す。

こんな助け方しかできなかったけれど、せめて彼女を助けることが出来ただけ良しとしよう。


走馬燈なのか何千倍にも引き伸ばされた人生の終わりに彼女に掛けた「ありがとう」がちゃんと届いたのかは分からない。


僕の人生の最後は尻もちをついた彼女の泣き顔と右側からの激しい衝撃だった…

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