ショートショートの溜まり場

類川成句

第1話 西暦6000年 就職氷河期

「今日もまた駄目だったか」


N氏はいつものようにハローワークから肩を落として出てくる。

数百年前に起きた技術革新によって今やロボットの性能は天井知らず。

人間より優れている部分は周回で置き去りにし、人間の最後の砦と言われていた分野でもずいぶん前に追い抜かれてしまった。

その結果起こったのが大規模なリストラであり、路頭に迷う者達の暴徒化であり、それらロボット導入先進国の惨状を見た我らが祖国が制定した法律が「営利企業のロボット所有禁止法」である。

人間の代わりにロボットを従業員として雇いいれ、給料をロボットの所有者に渡す。二十四時間休むことなく働き続けるロボットの稼ぐ給料は莫大なものとなり、メンテ費用や消費電力などを天引きしてもなお裕福に暮らせる額が手に入った。

これにより人類は労働の義務からの解放を成し遂げ、多くの人間にとっての理想である遊んで暮らせる毎日を手に入れたのである。


だが、その恩恵は五十年も保たなかった。

遊び呆けるのにも飽いたのである。

「誰かの役に立ちたい」「役に立つことを誉めてもらいたい」「自分の存在を認めてもらいたい」

事此処に至ってようやく多くの人々は労働と言うものが持つ別の側面に気づいたのである。

だが最早時すでに遅し、気づいたときにはロボットの性能は創造性という人間の牙城を崩していたのだ。

ロボット以下の事しかできない人間が承認欲求を満たすのは困難を極める。

今の時代、労働とは義務ではなく権利なのだ。それもロボットにできない限られた一部の技能を保有する特権階級のための。


「やはり今の時代機械技術など持っていても役に立たないんだなぁ」


N氏の両親の時代ならまだ機械が故障したときの修理技師という職があった。

しかし今やまるでクマムシのDNAのように壊れた機械Aを直す機械B、が壊れたときに直す機械C、が壊れたときに……と機械の修理さえ機械がオートで行うのが普通なのだ。

N氏も決して能力が低いわけではないのだが、やはり人間の中では、とついてしまう。

それではどうしたって就職は不可能だろう。


「今日は屋台にするか」


職はなくとも金はある。そして生きていれば腹も空く。

気分転換にレストランではなくその辺りの露店で食事を買って食べ歩くことにした。

「へいらっしゃい!」

威勢の良い掛け声だが、この『いかにも』な四、五十くらいのおじさんも実はロボットだ。

「ロボットに自分の技は真似できまい」と豪語していた下町のたこ焼き名人が敗北宣言したのもN氏が生まれる前の事だ。

この通りにも同じ屋台が場所を変えて複数あるのだが、人間的な『揺らぎ』を再現するため店によって微妙に味が違っていたりする。


「……人間が勝てるわけないよなぁ」


たこ焼きはN氏が自宅で作った物より数段美味かった。


家に帰ると、両親はテレビを見ており、ロボット漫才師が映っていた。

「そないなこと言うとると首が取れるでホンマ!」

そう言って自分の首を引っこ抜くロボット。これは人間で言うところの「なんでやねん」にあたるロボット漫才のお約束なのだが、N氏はそれを見てもちっとも笑えなかった。

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