宇宙ステーションごと江戸時代に飛ばされた俺はドラゴンをやり過ごしながらゾンビ殺人事件を解決する。

かめいた

第1話

「犯人はこの中にいる!」


 俺が叫ぶと、部屋に集められた男女一同が静まり返る。みな声もない。無理もないだろう、誰もがこの困難な事態を乗り越えようと力を合わせる同志だった。この中に、あの凄惨な事件の犯人がいるなどと……考えはしていたが、心の中で必死に否定していたのだ。

 だが俺には使命がある。名探偵・シャムロック=ホームズの血を引くこの俺、ケン=シャムロックは、依頼されたかぎり、どんな残酷な真実でも白日の下に晒さなければならない。そう、それがじっちゃんの教え……


「健ちゃん健ちゃん、浸ってるトコ悪いんだけど」


 幼なじみの和田さんが俺の肩をポンポンとたたき呼び止める。なんだアレか、「そんなわけないじゃないハジメちゃん、彼らにはアリバイがあるのよ!」とかなんとか言って、「いや、あながちそうとも言えないのさ」って俺の話をスムーズに進めてくれるヤツか。ハジメちゃんって誰だ。


「やめてくれないか和田さん、この、距離感近い感じ……もう昔とは違うんだからさ」

「や、そういうんじゃなくて」


 俺は和田さんのボディタッチを咎める。俺が昔からの幼なじみをなぜ「さん」づけで呼んでいるかって、そりゃなんたって俺たちが思春期だからだ。お互い十代の男女、子供のころのようにはいかずついつい意識してしまう。あと呼び捨てると男友達に「なんだよお前、つきあってんのかよ」って囃し立てられてメッチャ恥ずかしい。それに、囃し立てられた和田さんが「いや? 別に?」って素で怪訝そうな顔をしていたのがとてもつらかったトラウマが……


「みんな聞こえてないよ、健ちゃんの話」

「へ?」


 和田さんの言葉にあたりを見回すと、みな思い思いにそこら中をうろついていて、俺の推理ショーを聞いている様子がない。なんだお前達、人が死んでいるんだぞ! その死の謎が今から解き明かされようとしているんだぞ! 俺は怒りに打ち震える。現代っ子の無関心ここに極まれりか。まあどっちかっていうと今の時間よりは未来っ子なんだけど。


「だってほら、ここ、宇宙だし。触らないと聞こえないよ。空気ないから」

「……そういえばそうだった」


 人の話も聞かず、思い思いにきままにうろついているように見えた彼らは、単に宇宙服にケーブル一本で宇宙に放り出されたがため、慣性に操られてゼロ・グラビティ状態なのだった。通信機器も積んでいないので、宇宙服に直接振動を伝えないと声も届かない。いや、失敬失敬。キミたちが人の死をなんとも思わない薄情者かと勘違いしていた。そういえば「真相がわかった……和田さん、みんなを集めてくれ! 宇宙空間に!」と言ったのは俺だ。


 そう、人が死んでいるのである。そして未来であり過去なのである。宇宙なのである。宇宙ステーションX07号の見学ツアーに招待された俺たちは、突然謎の宇宙磁気嵐に巻き込まれタイムスリップ。江戸時代の日本に墜落した。


―――――

「う、馬じゃ! 鉄の馬じゃ!」

「いやー、タイムスリップ者には100点満点の返しだけど、宇宙ステーション見てそれはないんじゃないかな」

「どんな馬飼ってんのかしら、江戸時代」

―――――


 侍をピックアップし旅の連れに加えながら紆余曲折、宇宙ステーションは大気圏外に再脱出を果たすもまた宇宙磁気嵐、今度は空間に穴が空き、時空を超えて宇宙ドラゴンがステーションの目前に出現する。


―――――

「あのドラゴンは我々が空想する想像力が産んだ、アナザーアースからやってきたんだ!」

「ゴオオーッ…オオーン!」

「すげえ、本物のドラゴンもゴジラの声で鳴くんだ! コントラバスの鳴る音引き伸ばしてんだっけアレ」

「意外と貧困ね、人類の想像力」

―――――


 侍の犠牲でドラゴンを倒した平和もつかの間、宇宙ステーション内に保管されていた謎のカプセルが破壊されていたことが判明する。なんとその中身は人間をゾンビ化させるウイルスだったのだ! ゾンビ化した侍とドラゴンに怯える我々だったが、健闘の末、さらに3人の犠牲をもってゾンビ侍とゾンビドラゴンを討ち滅ぼすことに成功したのだ。まさか十字架にあんな使い方があったなんて、昔の言い伝えにも学ぶべき点があるものだ。


「でも殺人だなんて……あれはゾビザムライがやったことでしょう?」

「そうさ、俺たちはまず生き残ることを考えるべきなのに、仲間を殺してる余裕なんてあるもんか! あのゾビザムライさえいなければ……」


 宇宙空間で話すのはさすがに無理があったので、ステーションの居住室に戻ってきた一同。そして彼らは俺に疑問をぶつけてくる。ゾビザムライとはゾンビ侍の略である。1文字しか略せていないし、表記上はむしろ文字数が増えていることに俺は常々不満を漏らしていたが、みな「そのほうが呼びやすい」と聞かなかった。女子高生かお前ら。俺は彼らに問う。


「そもそも、ゾビ侍はなぜ生まれたんだと思います?」


 俺はあえて「ン」を強調して喋った。ムカついていたのだ。


「そりゃあ、きっとドラゴンが暴れたショックでゾンビウイルスのカプセルが壊れて……」

「それはありえないんですよ」


 俺は目を瞑り、口もとを少し微笑ませて、ふるふると首を振る。これ、一回やってみたかった。余裕しゃくしゃくっぽくてカッコいい。俺だけが知ってる情報強者って感じする。名探偵っぽい。


「あのカプセルはステーションの外からの圧力では絶対に壊れないようになっています。つまり……」

「……誰かが、意図的に壊したってこと?」

「そういうことです」


 困ったものです、とばかりに俺は肩をすくめる。これはちょっと違う。探偵のやるやつじゃない。海外のコメディドラマのやつだ。何すればいいんだっけ。なにぶん慣れてないもんだから。


「じゃあ、その壊した人がゾンビを操ってあの人達を殺した真犯人ってこと!?」

「いや、カプセルを壊したのと殺人事件の犯人は同一人物ですが……正しくはそうじゃありません」


 ふるふると首を振る。二度目。キマった。


「なにせ彼らは……


「なんだって!?」


 一同がどよめく。これ。これ欲しかった。探偵のやつ。


「だって被害者はみんな緑色になってたじゃない!アレがゾンビに殺されたんじゃなくてなんだっていうのよ!」

「ゾンビ=緑色……そこが盲点でした」


 帽子を深くかぶり直す俺。言ってなかったが俺はハンチング帽をかぶっている。宇宙服の中でもそうだ。ズレると直しようがなくてとても困る。


「被害者はペンキで緑に塗られていたんです。緑色だからきっとゾンビにやられた人だ……人間の原始的な錯覚を利用した巧妙なトリックです」

「そんな……騙されるに決まってるじゃないかそんなの……」


 気づかなかった彼らのことは責められない。ゾンビといえば緑色なのだ。


「でも健ちゃん、私たち磁気嵐に巻き込まれて江戸時代に迷い込んだ真っ最中なのよ? そんなときにどうして、トリックまで弄して人を殺す必要があるの?」

「そう、そんな必要はない……では逆に考えてみてはどうかな和田くん?」


 流れの勢いでちょっと和田さんとの距離を詰めてみた。自分の頬が熱くなるのを感じる。照れる。


「人を殺すためにトリックを弄したのではなく、、と」


 一同がちょっときょとんとする。そこはどよめき欲しかった。わかりづらかったかな。


「つまり、トリック殺人の謎解きがやりたかったんですよ僕は」

「でもトリック殺人なんてそう起きるもんじゃない、そこで思いついた、じゃあ自分で殺して自分で謎とけばいいじゃないかって」

「しかし特に面白いトリックなんてそう思いつかない」

「じゃあ舞台をすごい派手にしたらどうでもいいトリックでも斬新っぽくなるんじゃないかなって」

「盛り過ぎたらわけわかんなくなっちゃったかなって今は反省してるんだよね」


 一同はまだ静まり返っている。あれ、まだ宇宙かな?


「今の、自白?」

「うーん、そうかも」


 ガチャリ、と、手錠のかかる音がやけに遠くに聞こえた。



 こうして、殺人の長い夜は終わった。今でもあのときのことをふと思い出しては、こう思うのだ。

「ドラゴン、特にいらなかったな……」と。

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宇宙ステーションごと江戸時代に飛ばされた俺はドラゴンをやり過ごしながらゾンビ殺人事件を解決する。 かめいた @ka_ma_ta

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