サイコパス

あさままさA

サイコパス

「――お前、俺をつけ狙ってるみたいだけど、何なの?」


 突如、振り返った男子高校生、昭人は背後に居たクラスメイトの愛菜に対して咎めるような視線で言い放った。


「え、え? ……私? な、何の事かな?」


 困惑というより、突きつけられた事実に恐怖とすら呼べる表情を浮かべる愛菜は視線を逸らし、歯切れ悪く答えた。


 下校途中、耐え難い愛菜からの視線を背中で感じていたのは明人にとってずっと前からの悩みだった。しかし、それも気のせいかと自分に言い聞かせていたものの、教室内でも感じる監視するような視線にとうとう彼は「行動に出るべき」と決心し、不意打ち的に彼女の尾行に対して打って出たのだった。


「そうだよ。お前は――俗に言う、ストーカーだろ?」


 声を低くし、明人は彼女に対してそれを突きつける。


 突きつけられた事実に困惑している少女は、逸らした視線をそのままに頭をぽりぽりと掻いて心情の体現としていた。


「私がストーカー……いやいや、寧ろ私はあれです。サイコパス――それだと思うんです」

「……は? サイコパス?」


 復唱するように声に出した明人だが、漠然とその意味は理解している。

 彼にとっては精神異常だとか、社会不適合者のような認識で捉えられているその言葉。


 本当に、彼女が――?


 しかめっ面を浮かべて明人は愛菜に視線で不信感を訴える。


「し、信じてないんだね! でも私、サイコパス診断で一般回答出さなかったんだもん!」

「診断……あぁ、一時期話題になったなぁ」


 懐かしむようにそう呟く明人。


 彼の記憶の中で想起されているのは、彼女が語った「サイコパス診断」である。一時期はネット上でも話題に上がり、ちょっとしたパズル感覚の遊びとして捉えられていた印象を明人は持っていただけに――本当に、審査に値する質問なのか?


 そう、疑問に思ってしまう。

 IQテストくらいの信用度にしか明人は思えないのだ。


「……とはいえ、物は試しだな。一問出してみよう」

「お、お願いしますっ!」


 緊張したような表情のまま、愛菜はそう元気よく言った。


「えーっと確か、こんなのがあったな。家に強盗がやってきた。自分は武器は持ってなくて、隠れるしかない。さぁ、どこに隠れる?」


 明人はうろ覚えの問題をたどたどしく問いかけた。


 ちなみにこの問題、まず前提として即答でなければならず、それでかつ「ある場所」を口に出さなければ一般回答となる。

 サイコパス回答は「ドアの後ろ」である。


 しかし――。


「その人の後ろ」

「す、ストーカーじゃん!」


 素っ頓狂な声をあげて、明人は愛菜の回答に驚愕を露わにした。


 一般人とも、サイコパスの回答とも違う彼女の見解に度肝を抜かれた明人。そんな彼を見つめて不思議そうに、しかし緊張の孕んだ表情で佇む愛菜。


「で、でも私としてはこっちの方が良い答えだと思うんだけど……。足音もぴったり合わせてついてくるとか、かなり猟奇的だと思うし」

「そ、そういう解釈もあるのか……。た、ただお前がストーカーである事は揺るがない!」


 明人は驚愕に掌握されていた胸中をリセットするように咳払いを鳴らした。


「どうして! 私、あなたをストーキングなんて一度もしてないっ!」

「嘘をつくな。お前は背後からずっと俺を見ていた」

「う、後ろの席だよ!」

「下校時も俺の後ろをいつも歩いていた」


 ずんずんと突きつけていく明人に対し、こわばった表情を浮かべる愛菜。


「あ、あなたが先に帰ってるだけでしょ!」

「帰路も合わせて、俺の住所を探ろうと……」

「同じマンションだよ。――っていうか、あなたの方がアレなんじゃないの?」


 愛菜はそう言うと、昭人を指差す。

 そんな彼女の表情は強張り、緊張は解けていない。

 それは、彼らの会話が開始されてからずっとだった。


 何故なのか? 


 ――その答えは単純明快。

 二人が対面した時点で「突きつけられている」からだ。


「あなたの方が――サイコパスなんじゃないの?」

「――え?」


 そう、きょとんとした表情で言葉を漏らす昭人。

 殺られる前に、殺る。

 そんな、彼にとっての常識的思考。


 昭人の手には会話が始まってからずっと、愛菜の心臓を狙い澄ます鋭い眼光のような銀色に輝くナイフが握られていた――。

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