焼き餅大作戦

「コントラルト様! 受け取ってください!」

「徹夜で頑張ったんです。食べてください!」

「わたしも、お願いします!」

「いいえ、どうかぜひわたしのを!」

 コントラルトの姿を見つけるなり、娘たちが駆け寄ってきて、綺麗に包装された包みをコントラルトに突き出してくる。はじめは数人だったはずなのに、その数人にコントラルトが足止めされていると見るや、次から次に、手に包みを持った娘たちが押し寄せてきて、コントラルトはとうとうその場から一歩も動けなくなっていた。

「押さないで、みんな。大丈夫だ、ちゃんと受け取るから」

 なんとかコントラルトの前に出ようと、押し合いへし合いする娘たちに、コントラルトがなだめるように言えば、「きゃーッ!」と黄色い声が上がる。娘たちは皆、十代半ば。いずれも、王宮内で働いている侍女たちだ。

 娘たちが差し出す包みを受け取りながら、コントラルトは胸中で溜息をついていた。

 今日は、一年の中でもっとも娘たちが活気づく日。

 その昔、とある菓子屋の娘が、長年憧れていた騎士に、淡い想いを伝えようと精魂込めた手作り菓子を贈った日だとされている。菓子は騎士の目に留まり、娘は平民でありながらめでたく騎士の妻になることができたと言われているから、その娘にあやかろうと、想いを寄せる殿方に手作り菓子を贈る、という風習がいつの間にやらできあがったのだ。

 それなのに何故、女の自分が少女たちから手作り菓子を贈られるのだ――。

 ようやく娘たちから解放されたコントラルトは、両腕に抱えきれないほどの手作り菓子を抱え、ヨロヨロと騎士団の敷地である本営に向かいながら、今度こそ溜息をついた。

 コントラルトは騎士をやっていようと紛れもない女であり、手作り菓子をくれた娘たちもまた、女。「贈る相手を間違えているぞ」と言うのだが、娘たちは「いいえ、コントラルト様に受け取って欲しいのです」と言う。やはり、女だてらに騎士などしているから、カルティーナ王女と同じような、コントラルトにはよく分からぬ類の憧れを抱いているのだろうか。

「今年も大漁だな、コントラルト」

 なんとか本営へたどり着くと、イルゼイがちょうど通りかかった。

「相変わらず、我らが《戦乙女》は普通の乙女に人気がある――あ、今は《戦女神》か」

 イルゼイはどうでもいい言い間違いを修正し、からかうように言った。

「……だから、城の方には行きたくなかったんだ」

 騎士団に入団して、何年経った頃からだろうか。この日に、娘たちから手作り菓子を贈られるようになったのは。しかも、はじめは数個だったのが、いつのまにか両手に抱えきれないほど大量にもらうようになった。

 娘たちの熱気に圧されるのは勘弁と、この日ばかりは娘たちが多くいる城内へ足を踏み入れないようにしたいが、カルティーナ王女に呼び出されては行かないわけにもいかない(王女もコントラルトに手作り菓子を渡すために呼んだのだが)。カルティーナ王女に遠慮して、王女より先に渡さないようにしていた娘たちが、コントラルトが王女の私室を辞すると見るや一斉に押し寄せてきたのだ。結婚したことだし、今年はもらう数が減る、あるいはもうもらわないだろうと微かな期待を胸に城へ乗り込んだのだが、どうやらそれは甘い考えだったらしい。

「独身騎士の羨望の的だな。いいのか、上司だけがそんなにもらって」

「そう言われても、向こうから贈ってくるんだ。受け取らないわけにもいくまい」

 一度断ったこともあるのだが、そしたら娘たちはたいそう悲しげな顔をして、中には涙まで流す者もいて、結局受け取ってしまった。自分よりだいぶ年下の、いたいけな少女を泣かしてしまったという負い目から、それ以来断ることができなくなってしまったのだ。

 腕も疲れてきたので、イルゼイとの立ち話は早々に切り上げて、コントラルトは大量の菓子を抱えて家路につくことにした。これだけの菓子を執務室に置いておくには、仕事に差し障りがありそうだし、これ以上王宮内に留まっていては、先程渡しそびれてなおかつ度胸のある娘が、本営まで乗り込んでくるだろう。



 だがさすがに、自宅まで乗り込んでくる娘はいるまい――そう思って帰宅したコントラルトだったのだが、玄関の端にある机の上に、うずたかく菓子箱の山が築かれていた。

「……なんだ、これは」

 帰宅したコントラルトは、机の前で呻いた。まさか、自宅に贈ってきた少女たちがいたのだろうか。

「あ、それは」

 出迎えに現れた執事は言いにくそうにしていたが、

「旦那様が頂いたものだそうでして……」

「オイセルストが?」

 机上の菓子箱山は、コントラルトが受け取った数よりもずっと多くの贈り物で構成されている。そのうえ、菓子箱の包装は、どことなく大人びた雰囲気を漂わせているものが多い。コントラルトに菓子をくれるのはほとんどが十代半ばの恋に恋するような年頃の少女たちだが、オイセルストに菓子を渡した娘たちは、それよりもう少し上、男に恋する年頃の娘たちのようだ。包装の仕方からして気合いの入っているものが多いところを見ると、本気で贈っている娘が少なくないらしい。結婚している男に本気で贈るとは、大したものである。

 大したものだと感心はするが、それがなんとなく面白くない。結婚していようと、贈った娘のオイセルストに対する気持ちは変わらないと言いたいのか、あるいはコントラルトのような無骨な女が相手なら、例え妻でも負けはしないと思っているのか。どちらにせよ、なんとなく、かなり面白くない。

「お、奥様申し訳ございません。奥様がご帰宅になる前に、使用人たちに分けておくように旦那様からは言われていたのですが……」

 コントラルトが執事の予想以上に早く帰宅したため、見つかることとなってしまったようだ。執事は本当に申し訳なさそうにしているが、別に彼のせいではない。今日に限ってコントラルトが早く帰宅するとは、彼も思わなかっただろう。

「使用人に分けるなら、わたしの分も一緒に分けてくれ。オイセルストほどではないが、わたしももらったのでな」

 コントラルトは不愉快な感情渦巻く胸中の様子などおくびにも出さず、怒る様子も見せず、平素と変わりなくそう言って、自分が持ち帰った菓子を執事にそっくり渡した。執事は安心したように胸をなで下ろす。ところが。

「――コントラルト。なんですか、その態度は」

 一体いままでどこに潜んでいたのか、突然不満そうな顔のオイセルストが現れた。

「貴様こそなんだ。突然現れて」

 出迎えるために現れたわけではないのは、その表情から明らかだ。

「玄関に置いておけば、少しはあなたが嫉妬するところを見られると思ったのに……」

 オイセルストは大げさに溜息をつく。それでコントラルトは、オイセルストの浅はかな考えを悟った。オイセルストに贈られた大量の菓子を見せつけることで、コントラルトにやきもちを焼かせようとしたのだろう。

「貴様……わたしが今日早く帰ると分かっていて、ここに置いていたんだな?」

 コントラルトは片眉をつり上げ、オイセルストを睨んだ。睨まれた方のオイセルストは、しばし答えず黙っていたが、唐突に朗らかな笑みを浮かべた。

「そんなことよりコントラルト。あなたから俺への手作りの菓子はないんですか」

 話を逸らした。図星だったらしい。

「あるわけないだろうが。それより貴様、これ見よがしに貴様がもらった菓子をここに置いたことに関して、何か言うことはないのか」

 二人のやりとりに口を挟むこともできない執事が、積まれた菓子の横でオロオロと成り行きを見守っている。

 オイセルストはコントラルトが指し示した菓子の山を見て、したり顔になる。

「ははぁ、それがあなた流の嫉妬の仕方ですね、コントラルト」

 その直後、コントラルトの拳がオイセルストの顔面に叩き込まれていた。

 ひどいと言いながら倒れていくオイセルスト。それを見て悲鳴をあげる執事。しかし、旦那を殴り倒したのがその妻なので、駆け付けるべきか否かとっさに判断に詰まり、執事は結局菓子の横でオロオロしていた。

 コントラルトは埃を払うように、オイセルストを殴り倒した拳にふっと息を吐く。それから、ぐいっとオイセルストの襟首をつかんだ。

「こんなところで寝る奴があるか。皆の迷惑だろう」

「こ、コントラルト……。押し倒すなら、せめて寝室で」

「やかましい! 誰が貴様を押し倒すか!」

 口の減らないオイセルストの頭をはたき、コントラルトはずるずるとオイセルストを引きずっていく。騒ぎを聞き付けて使用人たちが集まってくる。彼らは、オイセルストを引きずるコントラルトの姿に一瞬目を見開くものの、よくあることだというように誰もが仕方なさそうに溜息をついて見送った。

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