2. 16:18 五敷高等学校・付属中学校周辺
無理やり越えた校門を見上げ、後から来た友人が下りてくるのを待つ。誰にも気づかれていないはずだが、閉じられた校門を飛び越えるという行為には緊張感を持った。手も足も震えが止まらない。今まで多少のやんちゃはしてきたが、バカしかやってなかった人間じゃ高校には入れない。震えはその差が原因だろう。昔連んでた奴らからは真面目過ぎだと昔からずっと言われてきた。
下唇を軽く噛み、再び門を見上げようとしたとき、ようやく
「やーやーお待たせ」
「おっせえな。さっさと帰るぞ」
「あー、いいなケータイ」
同じクラスの奴から届いてるこのメッセージは何だ。てか……暴動ってなんだよ。今初めて知ったが、それって前ニュースに載ってた感染症がどうとかってやつなのか?それに校内放送も鳴ってたし。
「なにケータイ見て険しい顔してんだよ」
「お前んとこにもなんか来てないか?あと放送鳴ってただろ。何て言ってた?」
「ケータイ今バッテリー切れて充電中だよ、ほら」
八頭司は制服の上から着用しているパーカーの左ポケットが膨れているのを見せびらかしてきた。そんな見せびらかさなくても見える。
「放送はなんか暴動だのなんだのって言ってたなあ。よくわからん」
「……クラスの奴が『中央近くの地下鉄で暴動が起きたらしくて、担任が戻れって言ってる』って送ってきたんだ」
「うわっ、なんだよこれ。そういやさっき学校出るとき無理やり力ずくで先生に戻されてんのいっぱいいたし、マジなんじゃ?力ずくで止められたからな。よくわかんねーでそれ見て逃げてきたんだよね俺。校門越える時もさ、校門開かねーって騒いでる奴いっぱいいたし」
初耳だ。忘れ物したって言うからこいつを置いて行ったときはまだ教師も生徒もいつも通りだったが、
「今からでも戻った方がいいと思う」
「いやいや
あの学校は防犯のため機械化された校門をはじめ、敷地を囲う数mの壁も越えようとすればセンサーが感知するという徹底ぶりだ。校門を内側から越えるには、校舎の両側面に設置されている鉄製の非常階段にある踊り場から一mくらいの場所にある、校門上部にあたる部分へ飛び乗ればいい。校門上部は校舎を囲む壁とは違い、上部にセンサーがないことを先輩から教えてもらった。高さの関係から、降りる時はとにかく慎重に降りろとアドバイスまでしてくれた。
だが、外側からは校門を通って入る以外入る方法はない。校門から入るには生徒手帳のような、学校関係者であるということを証明できるものが必要である。それを校門左脇にある認証装置に近づけてセンサーが手帳などに内蔵された装置を認識する仕組みだ。運悪く今日は手帳を所持していなかった。登校時間も下校時間も校門は開きっぱなしのため、手帳を使う機会はほとんどない。
「んじゃ俺のケータイ回復したし、誰かに助言をいただきますか」
八頭司はまだケーブルがつながった携帯を取り出すと、手で画面の明かりを付ける前に『
「……あっ!もしもし、八頭司だけど。すげえタイミングだなあ」
「やっとつながったか!
岩名っていうと八頭司と同じ三年二組の生徒のはず。
「いや一組の戸板と一緒だ。岩名ァいないのか?」
「ああ、あいつ最後の授業の途中で早退したんだよ。具合悪いとかでさ。帰れてりゃいいんだけど、あいつに連絡しても出ないんだ。それで
「それは心配だな。岩名にはまた連絡してみればいいじゃん」
「お前らは早く戻って来いって!先生カンカンだし!」
「そうそう戻ろうとは思うんだけど外から入れんの?」
「多分、外からは大丈夫なんじゃね?学校出たの結構いるみたいだから。戻って来ても入れないのって酷い話だろ」
「あーまあな」
「とにかく!ゲート封鎖されてるんだからさ!早く戻って来いって!!あっ先生——」
通話時間が携帯に表示され、小波津という男の声は聞こえなくなった。同時に別の音が聞こえ始める。
もともとこのA-6区画はまだ居住許可や学校関係者以外の通行の許可は下りていないから、普段は学校の中からしか音は聞こえないはず。今は学校の中からの雑音すら聞こえない。俺と八頭司は思わず目を合わせる。何かおかしい。こんなことは初めてだった。風の音しか聞こえなかったこの場所では、それ以外の音はとても目立っていた。学校とは正反対の地下鉄樟陽駅方面から聞こえ始めた雑音に、お互いが視線を向けた。
50mほど先の交差点に、何人かの人影が進入していた。距離と逆光でシルエットしか確認できない。その集団は幾人かに散らばり始めたが、またすぐに別の集団が交差点に現れる。そして、最初に散らばり始めたうちの一人に対して、後から現れた人影が集団で覆いかぶさった。暴動の犯人が確保されているのかもしれない。
「なんだあれ?なんかこっち来るけどあれうちの制服じゃね?」
同じ学校の生徒であろう女子がこちらに向かって走ってくる。しかし、こちらに迫ってきたのはその女子だけではなく、交差点にいた集団も同様に向かってきていた。
学校に戻った方が賢明だと感じた。身の危険を感じ取った。幸いにも話しながらゆっくりと歩いていたため走ればすぐ学校に戻れる。体が反射的に動き始めたときには八頭司はすでに背中を向けていて、その背中は徐々に小さくなっていく。
「待って!待ってよッ!!ねえ!!」
後ろからこちらを呼びかける女性の甲高い叫び声が聞こえた。どこか聞いたことのある声質だっだが、転倒しそうになるほど切羽詰まっている全身は振り返ることを許さない。彼女以外の何を言っているか聞き取れない声も交じって耳に入り込んだが、そんなことも気にしていられない。中学の頃陸上部で短距離走の選手だった八頭司はすでに校門の前で何やら大声を上げている。八頭司が言葉を言い終えたところでようやく校門の前までたどり着く。扉が開くかを尋ねようとしたが、息が切れてうまく言葉を発せられなかった。冷や汗も混ざっているであろう額の水滴を拭いながら大きくなる足音の方を向く。足音は止まらない。
足音の一つは俺を追い越して、認証装置に何かを叩きつける。同じ学校の制服を身に着けた女性は校門が開いたことを確認する。女性は酷く焦燥感に駆られた表情を浮かべ、高校の敷地内に走り込んだ。俺と八頭司もつられて逃げ込む。しかし、動作が遅れたせいか、校門とは言い難い近代的な障壁は片足を挟みこもうとしていた。
「うおぁやべ!!」
幸運にも挟まり始めた瞬間、先に逃げた二人が俺を引っ張ってくれたおかげで事なきを得た。脱げた靴が近くに転がる。普段なら、人が挟まりそうになるとセンサーが検知して扉が開くはずだった。
「あっ、ありがと……ん?」
後ろから何かが軋んでいるかのような音と、あに濁点を付けたような呻き声が背後から聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます