第2話 春の朝に彼女は目覚める

 時は遡り、三日前。

 

 じりりりん! じりりりりりん!!


 けたたましく鳴る目覚まし時計。柔らかく差し込む朝日。

 季節は春うらら──


 いかにも女の子女の子した、年頃女子の部屋の中。

 恋は、ベッドの柔らかな温もりに身を預けつつ、身悶える。


「んあ?」


 じりりりん! じりりりりりりりりりん!!


 なおもけたたましく、起きろ起きろと五月蝿い目覚まし時計は、恋の頭を否応なくシェイキングした。恋の眉がぐいっと八の字になる。


「──ふえ」


 じりりりりりり──


「うるふぁーい」


 恋の腕が、振りかぶって目覚まし時計に──刹那。

 可愛らしく柔らかい指先が、目覚まし時計に触れたその瞬間、


 ぎごっ!


 ありえない音を発して、電子レンジに早変わりした。

 

「あー!! 恋ちゃん、またやったでしょ!!」


 ドアの方から、悲痛な悲鳴が聞こえる。母の早乙女愛さおとめ あいである。愛は涙声でおそるおそる新品のキラキラした電子レンジに触れた。はらはらと涙を流し、


「うぐうううう……これで通算27回目……勘弁してぇ恋ちゃん、目覚まし時計また買わないとぉぉ……」

「あー…んん? お母さん……?」


 まだ頭のピントがぼけているのか、ぽやぽやと嘆く母を見つつ、恋ははてと首をかしげる。しかし次の瞬間、「あっ」とばつの悪い顔をした。


「ご、ごめーん!! お母さん…これ、またオフハウスに売っておいてくれる? ごめんね、ほんとに」

「ううっ……なんか最近は最新電子レンジになってきたし! スチーム機能まで付いちゃって!! 高く売れるけどねっ!? 1万近くの緊急収入ありがとうっ!?」

「……お母さんそれ、嬉しいの? 悲しいの?」

「どっちもよっ!!」


 よよよと泣いていた顔をがばっ、と上げて、母は泣きながらも満面の笑みのようなものを浮かべる。気持ちは複雑だろうに。


「──ごめんね、お母さん。私がそれ、直せたら……」


 そう。

 これこそが、恋の能力『万能器具』。

 どのようなものも、自在に別の物に作り変えてしまう──モルフェウスの能力だ。

 ただし、その力には欠陥がある。恋は、一度作ったものを


「いいのよ、恋」


 しょげたこちらを案じてか、彼女はふんわりと微笑んだ。


「家計にとっても素敵な能力だわ。ありがとう」


 その笑顔は、いつだって悩む恋を救い出す一条の光だ。曇っていた恋の顔が、みるみると光を取り戻していく。


「──えへ」


 それが、彼女の日常。

 レネゲイドウィルスによる感染と覚醒によりオーヴァード超越する者として目覚めた両親。その子として生まれた自分。父は獣に変化するキュマイラ能力を持ちながら変化できず、母は万物を作り変えるモルフェウス能力を持ちながら武器を作り出せない。自分は、そのどちらも受け継いでしまった。身体能力ですら、一般人と何ら変わらない。戦うことのできない、オーヴァードの落ちこぼれ。

 一部の心無い者たちには『牙抜かれた者ウンフェルス』の一族と蔑まれ、それでもこの力と仲良く生きていくことを決意した、早乙女恋とその家族の日常の風景だった。そして──

 間違いなく、恋はそれで幸せだった。

 間違いなく。

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