第7話
「君は、宇宙人じゃないのか?」
僕のその質問に、明らかに少女の目付きは変わった。
それは、僕に宇宙人呼ばわりされた苛立ちの眼差しなのだろうか。それとも、宇宙人呼ばわりする僕への軽蔑の眼差しなのだろうか。その表情からは、どう言った感情が込められているのか読み取ることは出来なかった。
しかし、答えはそのどれとも違った。
「ほう。主のその眼、当てずっぽうを言った――と言うわけじゃなさそうじゃのう。如何にもわっちは、地球からおよそ三八万四四○○キロ離れた月からやって来た、地球人から見たところの宇宙人じゃ。主は何故、わっちが宇宙人だと分かったのかや? 一見しただけでは、地球人とそう違いはなかろう」
何故、宇宙人だと分かったのかと少女は聞いたが、僕から言わせればそれは少し違う。僕は、少女が宇宙人だと分かったわけではない。既に、そう分かっていた――と言う方が正しかった。
あの日、少女自身の口からそう聞かされていたからだ。と言っても、今の今まであれは夢だったのだろうと思い掛けていたが、やはり夢では無かったのだろうか。ますます、分からなくなってきた。
けれど、少女は僕には遭ってなどいないと言う。恐らく、嘘など付いていないのだろう。それは、少女の表情から見てとれる。
だとすれば、僕が見たはずの、聞いたはずの、話したはずのあの出来事は、一体なんだったと言うのだろうか――そう疑問に思いながらも、もしかしたらあったであろうその事実を少女にありのまま伝えた。
「ふうむ」
そう言い、少女は口を噤んだ。
「不思議じゃ、不可思議じゃ、摩訶不思議じゃ。もう、不思議過ぎて摩訶不可思議なことじゃな」
「不思議四段活用ッ!?」
少女は得意気にカカカ、と高笑いしていた。
宇宙人は、とても流暢なようだ。
「お前は、どうやってここへ来たんだ?」
結局、最初の質問をすることになった。
「どうやって、とな? そんなもの、空間転移装置でXYZ軸の空間座標を指定して、そこへ跳べば良かろう。何を言っておるのかや?」
どうやら、地球の常識は広大な宇宙の前では無意味らしい。
「じゃあ、何の目的でおよそ三八万四四○○キロ離れた地球までやって来たんだ? まさか、地球を侵略しに来た――何て言わないよな?」
「主や。宇宙人を少しばかり、馬鹿にしとらんかや?」
少女は段ボール箱から身を乗り出し、問い詰めて来る。
「馬鹿にしとらんかや――あ、うわああああッ」
そして、身を前に乗り出すあまり、段ボール箱と共に倒れた。
「馬鹿にはしていない」
ただ、警戒しているだけだ。
「まあ、良い。わっちは――」
話しながら倒れた段ボール箱を直し、その中へと再び身を置いた。
「ただ、地球をカンコウしに来ただけじゃ」
「無理に押し切って――」
「それは、敢行じゃ」
「他人の言論を――」
「それは、箝口じゃ」
「雑誌を――」
「それは、刊行じゃ」
「名所を見て回る――」
「その観光じゃ。もっと勘考せい」
少女はカカカ、と高笑いしていた。
宇宙人は、とても便が立つようだ。
「ところで――」
少女は、段ボール箱の縁を使い、頬杖を付く。
「わっちは、地球に宛てが無い」
「何が言いたい?」
言いたいことは、分かり切っていた。
「泊めてくりゃれ?」
やっぱりな。
「僕が断る――と、言ったらどうするんだ?」
「それはありんせん」
少女は、自信満々に言う。
「どうしてだ?」
「主は、こんなにも幼気で、可愛らしい少女が困っていると言うのに、平気で見捨てられる様なお人なのかや?」
少女は、僕の瞳を覗き込むようにそう答えた。
僕は、その回答に何も答えることが出来なかった。
それは、その回答があまりに狡猾だったからだ。
少女には、少しばかりの会話を通じて、僕と言う人間がどういう人間なのかを理解出来たのだろう。そこから、僕にその質問をしたところで、きっと断らないであろうと分かっていて尚、わざとそう回答をしたはずだ。
それは、正に狡猾と言うに相応しかった。
どうやら、諦める他無いらしい。
僕は、一つ溜め息を付いた。
「おや、勘忍したようじゃの。わっちの方が一枚上手だったと言う訳じゃな」
少女はカカカ、と高笑いしていた。
宇宙人は、とても長けているようだ。
「寛厚な僕に感謝しろよ」
「うむ。わっちの名は、ゆんじゃ。主の名は何じゃ?」
「僕は、御門――」
「ミカド? 主は、この国の支配者なのかや?」
「決して、天皇でも無ければ、皇帝でも無い。更に言っておくと、総理大臣でも無ければ、ましてや大統領でも無いからなッ!」
「冗談じゃ」
少女――もとい、ゆんはカカカ、と高笑いしていた。
「僕は、御門孝太だ。」
「コータか。うむ。改めて宜しくのう、コータ」
こうして、地球人御門孝太と宇宙人ゆんとの異星間交友がこの部屋で繰り広げられたわけだが、この先一体どうなるのだろうかという不安で一杯だった。
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