第2話
「なあ、宇宙人っていると思うか?」
「なあに、それ? 女の子への口説き文句としては、突飛過ぎると思うんだけど」
天羽は、僕の質問に上品に微笑む。
「僕が女の子を口説ける程、器用で格好良い男に見えるか?」
「そうね……、クラスであまり目立たない子や、特定の人にしか理解出来無い趣味を持つ子や、何かしらのコンプレックスを抱えている子とかに対して、付け入るのがとても上手そうに見えるかな」
「天羽の目に、僕はどう映っているんだッ!」
「冗談よ」
学級委員の天羽耀子は、あははと笑う。
今のは、本当に冗談だったのだろうか。
恰も冗談に見せかけて、さらりと本音を交えていた様な気がするのは、気の性じゃないだろうな。どっちにしても、僕は笑い辛い。取り敢えず、ぎこちなくその場で、にへへと笑って見せた。
「でも、何でそんなことを聞くの? 御門君がそんな話をするってことは何か話したい事があるからなのよね?」
天羽は、相変わらず察しが良い。何なら、察しが良過ぎるくらいだ。
僕の中を全て見透かしているんじゃないか――とさえ思う。
「いや、こんなこと言うのもあれなんだけど、その――」
天羽は、こちらの話に耳を傾けるように小さく首を傾げる。
「宇宙人に遭ったんだ」
二人しかいない教室から音が消えた瞬間だった。
普段あまり気にならない鳥の囀りも、部活動に励む学生の声も、透き通るように良く聞こえて来た。こんな突拍子もないことを言われれば、天羽がこの人何を言っているの、と戸惑うのも気持ちも良く分かる。
いやだがしかし、僕だってこんな非現実的で突飛な話を誰かれ構わずに話してるわけじゃない。
むしろ、高校生にもなってこんな恥ずかしい話をすること自体こちらから御免だ。天羽だからこそ、こんな非現実的で恥ずかしい話をしているのだ。もしかしたら、天羽なら何かしらの反応を示してくれるのではないかと言う、淡い期待を込めて。
「15点」
「はい?」
僕は思わず聞き返す。
「女の子への誘い文句としては、三流ね。最早、愚劣かも」
「それは言い過ぎだッ!」
「そうね、そうかも。でも、補習次第で、赤点から及第点まで上げても良いかなって考えてあげる、ギリギリのラインね。まあ、15点しか取れない人の補習に意味があるとは到底考え難いけれど」
天羽は、度々毒を吐く。
それも、恐らくは自覚的に。
確かに、天羽の口から放たれる言葉には、間違いなく毒がある。ただ、間違ったことは何一つ言ってはいないから、こちらには反論の余地が一切無いのだ。
しかし、不思議なことに、それが嫌味ったらしく聞こえてこないのだから、本当に不思議なものだ。お坊さんに悟りを開いて貰ったような感覚と言うのだろうか。むしろ、清々しさすら覚える。
だから。、天羽の言う言葉は絶対的に正しい。
クラスの殆ど、もしかすると教師を含めた学校全体の人間がそう思っているのかもしれない。天羽が答えを間違えようものなら、それは天羽の過ちでは無く、世界の大きな過ちなのだ、と。
何より、天羽耀子と言う人間は、誰の目から見ても超人的だった。
容姿端麗、運動神経抜群、学術優秀、多芸多才――と、何をさせても卒なく熟してしまう、俗に言う天才と呼ばれる人種なのだ。多分、天才に成るべくして産まれてきた、選ばれた人間なんだと、僕は思う。
そう――天羽耀子と言う人間は、特別なのだ。
ただ、その性からか、天羽はクラスから浮いてしまっているように見える時がある。クラスの誰かとペアを組まなければならないような時には、皆が遠慮してしまい必ず一人余ってしまう。どこかに遊びに行こうものなら、きっと天羽は家で勉強するのに忙しいだろうからと、皆から敬遠されてしまう。
確かに、天羽耀子と言う人間は、特別だった。
それは、間違いない。
けれど、それよりも天羽耀子という人間以上の虚像を各々の中で創り出してしまうことの方が深刻な問題だった。その性で、どう接して良いのか皆分からなくなっている、と言う現状がどちらかと言えば正しい解釈なのだ。
それでも、天羽耀子は自分のことを特別な人間だと驕ることは決してしなかった。少しくらい他の誰かより出来る事があれば驕りたくなるものだ。それは、僕だけでなく多くの著名人、芸能人、政治家――それらが証明してきている。
なのに、だ。
天羽耀子と言う人間は、驕ることを決してしない。
決して、だ。
それも――いや、それが天羽耀子と言う人間そのものなのだ。
では現在、僕らが授業を終えた放課後の教室に二人きりで何をしているのかと言うと、毎月末に配布される〝学校に対する意見・要望調査〟と言うアンケートをまとめる仕事に、学級委員と言う役職として従事しているから、というわけだった。
このアンケートは、各クラス無記名投票により行われ、学校に対する不満や要望を意見することの出来るモノである。このアンケートをまとめたモノを生徒会に提出することで、これらの意見を採用するかどうかを議論するそうだ。
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