第3話 『俺の決意』

 葵と初めて言葉を交わしたあの日から、彼女は本当に日参するようになった。

 そして、俺の話を真剣な顔で聞いてくれたり、時には俺が彼女のことを聞いたりして、場所は劣悪だったけれど、文句も言わずにただ俺との時間を楽しんでいてくれたようだった。さらに、下の名前で呼び合うほどの仲になったほどだ(ただし脈はなさそう……?)。

 しかし、そんな日は長くは続かなかった。突如彼女が屋上に来なくなったどころか、休み時間になるとすぐに教室から出て行ってしまうのだ。

 時を同じくして、ある噂を聞くようになった。

 葵と同じ日に転校してきたという一年の佐竹加蓮さたけかれんと、三年の藤堂梨紗とうどうりさについてだ。葵にも負けずとも劣らない容姿を持つ彼女らもまた転入してからというもの、注目の的となっていた──らしい。告白も殺到したらしいのだが、返事が最悪ということで話題になっている。

 片や普通の高校生にとっては破格の金銭を要求してくる金髪ツインテール。

 片や告白してきた者を翌日廃人になるくらいの何かをしている黒髪ロング。

未だどちらも誰の告白も承諾したという話を聞かないが、きっとそれもあって葵に告白が殺到し始めたと思われる。

あいつはお人好しで、分け隔てなく優しい。だから、呼び出した一人ひとりと真摯に向き合っているのだろう。

まあ、振られたからすぐに次の女に告白するってのも俺としてはどうかと思うんだけどな。

とにかく、そろそろ俺も動かないといけないってことだろう。

俺がラブコメしたいって願ったんだからな。目の前に美少女ヒロインがいて攻略しないユーザはいないだろ。



  ○


「お疲れ様」

「ああ、祐樹か……」

「疲れてるな」

「まあ、な……。体力的にはもちろんだが、やはり全員の告白を断るとなると、精神的にクるものがあるんだよ」


 すっかり日も暮れて、校庭の方から空元気な運動部の掛け声も聞こえてこなくなった午後六時。未だ告白で呼び出す男子が減らないことに驚きつつも、持ち前のステルス機能で潜伏していた俺は、ようやく解放されたらしい葵を労う。


「それで、キミも私に告白かな?」

「違う違う。今日は頼みごとがあってさ」

「すまんが、私も疲れている。手短にお願いしたい」

「分かった」


 今の葵の状況を心配していること。その状況を打開するために、部活という口実を作るという提案。そして、今から創設する部に入ってほしいという要望を伝えた。


「キミの考えはよく分かった。しかし、部を創設するということは、それなりに部員数が必要になるのではないか?」

「その点については問題ない。部員候補はすでにいる」

「ほう? お世辞にも友達が多いとは言えないキミは、いったい誰を勧誘しようというんだ」

「佐竹加蓮と藤堂梨紗。この二人に入部してもらおうと思ってる」

「正気かキミは!? あの二人の噂を聞いていないわけではあるまい!!」

「確かに聞いてるよ。けど、目の前に金髪ツインテールの美少女と黒髪ロングの美少女がいるんだぞ? オタクとして何もしないなんてそれこそ彼女らに対する冒涜だろ」

「キミはバカなのか? 私のために肉体的、精神的、経済的ダメージを被る覚悟をしてでも彼女ら二人を勧誘するなど、無謀もいいところだぞ」

「一つ勘違いしてるぞ」

「え……?」

「確かに葵に逃げの口実を与えることも目的の一つだ。けど、それは俺を動かす動機のほんの少しでしかないんだよ」


 しっかりと葵の目を見て、はっきりと告げる。


「俺は『俺』の夢のために勧誘したいんだ。願っても叶わなかったことが今目の前で起こっていて、その機会を掴むためならどんな努力も厭わない。それが古賀祐樹というオタクなんだよ」


 葵はオタクの恐ろしさを未だに知らない。

 オタクというだけで蔑まれ、見下されて培った不屈の精神を備えていることを。

 暑い中、そして寒い中、目指す作品のために何時間も並び、それに耐えうるだけの意志を持つことを。


「……分かった。キミがそう言うのなら、私はもう止めない。決意した人に対して失礼だからな。だからこれだけは約束してくれ。無理だと思ったらそれ以上無理をするな。いいな?」

「分かった。約束する」


 あの二人を勧誘するのが簡単ではないことは分かっている。けれど、俺はその壁を乗り越えて、必ず勧誘しなければならない。

 さあ、ここからが『俺』という主人公の物語の始まりだ。オタクの力を舐めるなよ。 

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