ネーム・シサクヒン
汐月 燈那
第1話
上を見上げれば、青とは対称的にどこまでも白い空。
その空の中心には、未来永劫場所を変えることのない太陽が燦然と輝いていた。
うぃー!乾杯っ!
やってられっかよぉ〜、なぁ聞いてくれよ
貴族商人らが通るせいでこっちまで商売が危うくなるぜ……
そんな漢達の場所、酒場では太陽が覗く中でも喧騒を絶やすことはない。
「……」
うるさいなぁ……と、僕は内心毒を吐く。
深く外套を被り、ジョッキに注がれた酒のような輝きを放つ液体をちびちびと飲む僕は、さぞ異様に映っただろう。
「よぉねーちゃん。一人かぁ?」
そんな僕を気にかけたのか、一人の中年男性が僕に話しかけた。
酔っているのか、顔は赤く酒気を帯びている。
……ねーちゃん?
「そんな外套を羽織ってちゃあ綺麗な顔が見えねぇぞ?俺に任せなぁって」
何を任せるのだろうか?それに、この人相当酔っている。
いくら顔が見えないからといって、今の僕を女と間違えるなんて。
「いえ……やめてください」
僕は男を押し返す。だが依然として、酒臭い面が離れることはなかった。
だが。強行しようかと思い悩んでいると、周囲の人の話題が一つに集中していることに気づく。
「……なんか外に警吏が来てるらしいぜ」
「まじかよ。まさか贄か?」
「らしいな。いってみよーぜ」
今まではただ騒ぐだけの人々が好奇の目に変わり、次々と席を立つ。
今まで絡んできたおっさんも「おいおい、まじかよ……」といい人の波と一つになった。
かくいう僕も、興味があるんだけどね。
ジョッキに入っていた柑橘類ジュースを飲み干し、席を立った。
外に出ると、そこには警吏3人といかにも貧弱そうな女の子がいた。
3人で女の子を壁際に追い詰めて逃げられないようにしている。
「…いいか生娘。金を払えないような貧民にはあの太陽の養分となるのが一番なんだ」
「へへ、心配すんな。サーフレス様は寛大なお方だ。一瞬で向こうに行けるぜ」
……太陽の養分?サーフレス?
理解できない単語に首をかしげるが、とにかく無視できない事態なのは理解できた。
周りの反応を見るに悪いのは女の子の方なのだろうけども、確認しないことにはどちらが悪いのかわからない。
そして一歩踏み出した刹那、肩に重みを感じた。
後ろを振り向くと、先ほどのおっさんが神妙な顔をして首を横に振った。
「やめといた方がいいぜねーちゃん。おめーまで贄にされちまう」
「贄って……太陽の?」
「……ん?あたりめぇだろ」
その当たり前が僕にはわかんないんだけどね。
「上を見な。太陽があるだろ」
うぅん……それこそあたりまえだと思うんだけど。
「これを3000個も動かさなきゃならないんだ。それこそ、莫大なエネルギーが必要ってもんだ」
その時、僕は言葉を失った。
今、太陽が3000個あるって、この人は言ったのだろうか。
「え、え、ちょっと待ってください。太陽が3000個?太陽は一つじゃないんですか?」
咄嗟に聞き返す。
だが、おっさんはさっきの僕みたいに口を半開きにしていた。
「お前……根っからの田舎もんだな」
はぁ、と一回ため息をついて、おっさんはまた騒ぎの一部になった。
……僕、そんな変なこと言ったかな。
とは言っても、まだここのことよく知らないし、仕方ないよね。
欲を言えば、おっさんに僕の無知を指摘するだけでなく説明して欲しかったが、さすがに虫が良すぎるか。
ここらで見切りをつけて、僕は前を見据えた。
「……あのー」
一番手前にいた長身の警吏におずおずと話しかける。
そして振り返った警吏は、僕を見て訝しげに睨んだ。
「なんだ貴様」
「……あー」
声をかけはいいが、なんと言えばいいのか考えていなかった。
目的は女の子が贄にならずに済むことだが、その過程を一切考慮していないことに気づく。
「見た所、旅人…か?なんだ、この娘の仲間か」
「あぁ、はい。そんなとこです」
……って、なに答えてんだ僕!
確かに見知らぬの女の子を助けるのはかっこいい風潮はあったけど、それと無謀は別物だよ!
「ふん、なんだその薄汚い外套は。対話するくらいは外したらどうーーだッ!!」
その瞬間、僕の額より少し上を銀の刃が通過した。
それにより外套は薄く切れ、僕の顔が衆人環視の中晒される。
一瞬にして、外套と共に血の気まで奪われた。
警吏は「ふん」と鼻を鳴らすと、剣を鞘に戻す。
そのチン、という合図ともに僕は恐る恐る目を開けた。
「この女の仲間、と言ったな坊主。この女が贄になるのは耐えれまい。……選べ、貴様が贄となるか、金を払って自分が有能ということを示すか」
最悪の二択に、僕は唾を飲み込む
贄、という単語から察するに生贄としてあの太陽に捧げられる。つまり死ぬのだろう。
もう一つの選択肢も、僕は先ほど飲んだジュースを3杯ほど買えるくらいしかお金を持っていない。
目を回しながら焦る僕を見て、お金が払えないのを察した野次馬たちにざわめきが広がる。
「……どうやら、貴様の命運は決まったようだな」
一度収めた剣を再度抜く。それは、僕の血を吸いたがっているようにキラリと光った。
「拘束しろ、多少傷つけても構わん」
リーダー格の警吏が他の二人に命令する。抜いた剣は大方僕を脅すためのものか。
ニヒルな笑みを浮かべながら、二人はゆっくりと僕に近づいた。
「名誉なことだぜぇ?サーフレス様の血と肉になれるんだ……アッ!?」
そんな隙だらけの男の頬に、僕のかかとが叩き込まれた。
骨まで達しそうな重い一撃は、男の意識ともう一人の闘志を完全にへし折った。
「油断しすぎですよ。当たるまで気づけないなんて人間失格じゃないですか?」
僕は死ぬつもりも、払えるお金も払う気もない。
ーーだから、三つ目の選択肢。実力行使に出た。
何てことはない。僕はただ円を描くようにした回し蹴りをしただけだ。
ただ速度が並みじゃないだけで。
今の一撃を見た隣の男は、
「あなたも……こうなりたいですか?」
「ひぃいっ!?」
すでに法の具現者という
そして男は剣を落とし、物言わぬ木の棒となった。
あとは長身の警吏だけか。
そう思った刹那、「やぁぁぁぁっ!!」という声のあとに警吏が空を舞う。
その後、体が叩きつけられる鈍い音がした。
一本背負い。いやもっと単純に、投げ飛ばしたのだろうか。
僕は彼女の弱そうな見た目と今目の当たりにした現象とのギャップに、立ち尽くす。
そして彼女は僕と目が合うと、恥ずかしそうに「えへへ」と笑うのだった。
ネーム・シサクヒン 汐月 燈那 @shiotuki
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