マッサージ

ひろ子の膝枕で敷島は淡い眠りに落ちかけていた。

膝から伝わる温もりと耳かきが心地よかった。


「畳変えてもらえよ」


睡魔に抗するため敷島は口を開いた。

こうして近くで見ると畳の擦り切れが目についた。

敷島は畳を掌で撫ぜた。


「大家さんケチなのよ」


「じゃあ変えてやるよ。畳屋に電話しとけよ」


「いいわよ。私全然気にならないもの」


※ ※ 米


敷島が初めてここを訪れたのはちょうど1年前だった。

たまたま前を通りかかった時に看板が目についた。

古い平家の玄関脇に掛けられた看板で「整体マッサージ」とだけ書かれていた。


敷島は何となく興味をひかれた。

普段マッサージなど行かないのだが、たまにはいいかと軽い気持ちで入ってみた。


玄関の引き戸を開けると、六畳一間の和室だった。

向かって左手は壁、右手は襖になっていた。

部屋の隅に折り畳んだ布団が置かれていた。


襖が開いた。

白衣姿の中年の女性が出てきた。

地味だがきれいな女だった。


「看板を見たんですが…」


「どうぞお上がりください」


敷島は玄関で靴を脱いだ。


女は布団を部屋の中央に敷いた。


「こちらにうつ伏せになってください」


敷島は布団の上にうつ伏せで横たわった。

大きなタオルがかけられた。


「どこか痛いとこありますか?」


「特にないけど、身体全体が凝ってる気がしてね」


「わかりました」


女はどちらかと言えば小柄だったが、揉みほぐす手には力があった。


「お客さん、いい筋肉ですね」


女が肩を押しながら声をかけてきた。


「まあ、昔スポーツをね」


肩からつま先、更には首、頭頂部までマッサージを受けた後、上体を起こすように言われた。

心地よい気だるさを感じながら敷島が起き上がると、羽交い締めにされ瞬間身体が浮き上がった。

ゴリっと骨が音を立てた。


「仰向けになってください」


敷島は女の力に再び驚きつつ横たわった。

木目の天井を見つめながら次は何だろうと思っていると、ペニスに手が伸びた。


あまりに自然な流れだったので、敷島はされるがままにしておいた。

ズボンの上からペニスを撫でたられた後、ベルトが外され、ズボンが下ろされた。

トランクスの上からペニスを握る手が上下に動き、勃ち上がるとトランクスをまくられた。

女の口に含まれるのを感じ、間もなく口内に射精した。


女は黙ってその場を離れ、襖を開けて出て行った。

その間、敷島はただ横たわり天井を見つめていた。全身が弛緩し、動く気になれなかった。


襖が開いて、女が戻って来た。


敷島は女に、これもマッサージの一環かと聞いた。


女は、違うと答えた。


「じゃあどうして」


「あなたには必要なように思えたから」


以来敷島は女の元に足繁く通うようになり、二人は男女の関係になった。


※ ※ ※



「ここって若い男も来るのか?」


「たまに来るわね」


「口コミってやつかな」


「整体をするだけよ」


「歳上の女が好きな男は多いさ」


「もう何よ、整体をするだけって言ってるでしょ」


ひろ子は口を尖らせ敷島の耳に強く息を吹き入れた。


敷島はくすぐったさに身を捩った。

カサカサする日々の中で束の間感じられる癒しだった。


敷島はひろ子の膝から上体をお越した。

尻ポケットから一枚の写真を取り出し、畳の上に置いた。


「こいつ知ってるか?」


ひろ子の方に滑らせた。


ひろ子は写真を手に取りまじまじと見た。


「うん、一度来たような気がする」


「そっか」


「その若者がどうかしたの?」


「この間のゲイ殺しの容疑者だ」


ひろ子は何も言わなかった。

ただ写真を睨み続けていた。

殺人者の片鱗を読み取ろうとするかのように。

ハンサムで中性的な印象。

その奥に潜んでいるかも知れない暴力性は感じられない。


「もしまた来たら連絡してくれ」


「捕まってないのね」


「ああ」


「怖いわ」


敷島はひろ子の肩を抱き寄せた。


「今夜は泊まっていって」


「そうしよう」


(つづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る