危ない刑事

敷島は良くも悪くも型破りな刑事だった。


うそをつく、上司に逆らう、犯人を殴る、違法捜査を厭わない、市民の安全を脅かす、悪評については事欠かなかった。

にもかかわらず、誰もが彼に一目置いているのはその群を抜く犯罪検挙率のためだった。

彼には他の警察官にはない推理力と行動力があった。もっとも後者の方は法律の番人としての役割に囚われない結果だったが。


現在、敷島は青柳という大学を出て間もない若者とコンビを組んでいた。

青柳は背が高くハンサムだったが、自分を高く評価しすぎる、また他者との距離の取り方を見誤る傾向があった。ときに馴れ馴れしすぎる態度が敷島には気に入らなかった。しかし、青柳が恐らく無意識にであろう馴れ馴れしいのは、二人に共通点があるせいかも知れなかった。

二人の共通点、それはフミオという名前だった。


敷島文雄と青柳文夫。


青柳が配属されてまだ間もない頃、署内の何人かで飲みに行ったことがあった。学生時代のノリが抜けていない青柳はビールやら日本酒やらをがぶ飲みし、酔った勢いで敷島にからんていった。


「ねえ、敷島さん、同じ『ふみお』のよしみでこれからは敷島さんのこと『ふーちゃん』って呼んでいいですかあ」


その態度は敷島の逆鱗に触れた。青柳は超えてはいけない一線を越えてしまった。

敷島は青柳をその場で袋叩きにした。青柳は鼻血を流しながら胃の中の物を座敷の上にすべて嘔吐した。幸い全員が私服だったが、警官による公での暴行がばれたらまずいと他の連中がすぐさま敷島を取り押さえた。


店員からはもう帰ってくれ、二度と来ないでくれ、今度来たら警察に通報すると言われた。


次の日、敷島と署内で顔を合わせた青柳は、昨夜はすみませんでしたと謝った。

いや、俺もやり過ぎた、と言ってもらえるかと期待していたが甘かった。

青柳の顔をみて怒りがぶり返した敷島は再び青柳を殴り倒した。さらに悪いことには今回は誰も止めに入らなかった。


青柳は他の刑事に、やり過ぎだと思いませんか!?と腫れ上がった目に涙を滲ませ訴えたが、敷島はああいう奴だと取り合ってもらえなかった。

それどころか、あいつを知るいい機会になったじゃねえか、と笑い飛ばされた。

実際、その悪評にもかかわらず、敷島は同僚や部下から慕われていた。


警察は何もしてくれない、と市民はよく訴えるが全くその通りだと青柳は思った。



今、敷島と青柳他、総勢5名の警官は椅子に縛り付けられた血まみれの死体を取り囲んでいた。

死体が着ている白いキャミソールは赤く染まり、足元には血のたまりが広がっていた。

うなだれた首の後ろにはナイフが突き立てられていた。

敷島はしゃがんで死体の顔を覗き込んだ。

死んでいるのは、この店(ゲイバー「つぶらな瞳」)のオーナーだった。

見た目は女だが生物学的には男だった。


「遅かったか・・・」


青柳がつぶやいた。


警察は「殺家ーサッカー」と呼ばれる暗殺組織の壊滅作戦を遂行中だった。殺家ーに送り込んだ潜入捜査官からの情報によると、本日午後2時に組織の殺し屋がこの店のオーナー、サキを殺害するため姿を現すはずだった。

サキの身柄を確保し、殺し屋を待ち伏せするために敷島たちは1時間前に到着した。

しかし、サキはすでに殺されていた。


「これは殺家ーの仕業じゃねえな」


さまざまな角度から死体を眺めながら敷島が言った。


「へ?」


敷島の意外な一言に青柳は思わず間抜けな声をもらした。


「刃物でメッタ刺しだ。殺家ーの殺し屋はこんな雑な仕事はしねえよ」


「じゃあ他の誰かがやったってことですか?」


敷島は答えなかった。


「同じ日に2人の人間から命を狙われたってことですか? そんなことありえますかね?」


「まあ、待て。もしこれが殺家ーの仕業じゃないとしたら、予定通り殺し屋が姿を見せるはずだ」


敷島は時計を見た。殺家ーの殺し屋は秒単位の正確さで動く。2時の予定であれば1時59分に来ることも2時1分に来ることもない。


「仏はそのままにしとけ」


敷島は殺し屋が死体を見てどんな反応を示すか知りたかった。



敷島の時計の針が1時50分を指したとき二手に分かれてボックスシートのソファの影に隠れ、待機した。


潜入捜査官からの情報によると、ここに来るはずの殺し屋はグレープと呼ばれ、殺家ー随一の殺し屋らしかった。


痩せていてブルースリーに雰囲気が似ていると潜入は言っていた。


そばにいる青柳が唾を飲み込む音が聞こえた。

銃を握る手が震えていた。

それに気づいた敷島は、しかし彼を情けないとは思わなかった。

殺し屋を逮捕するのだ。

簡単に済むはずがない。

まして、暗殺集団「殺家ー」の中でも一番の殺し屋となれば死人が出るかも知れない。

それは彼かも知れないし、俺かも知れない。


全員が防弾チョッキを着ていた。

周到に作戦を練りシミュレーションも何度も繰り返した。敷島自身も逮捕の瞬間を頭の中で何度も反芻した。

それでも展開は予想できなかった。

しかし、陣頭指揮を取るのは彼だ。

瞬時の判断と揺るぎない決断力でグレープを捕まえなければならない。


秒針が2時を回った瞬間、裏口で物音がした。

全員の緊張が最高潮に達した。張り詰めた空気がフロア全体に充満したようだった。


一人の男がフロアに姿を見せた。

痩せていて、この猛暑にも関わらず、上下黒のスーツで決めている。グレープに違いない。敷島は男の一挙手一投足を見守った。


男は右手を後ろに隠してステージに近づいていった。その手には恐らく銃が握られている。案の定、射程距離まで近づくと銃を構えた。しかし、すぐに構えを外した。様子がおかしことに気づいたようだった。


男は再び右手を後ろに隠して、さらにステージに近づいていった。

敷島はソファの背もたれから顔半分を出し、彼の動きを観察していた。その様子からグレープが犯人でないことは明らかだった。


グレープがステージに上がった。


「ひでえ・・・」


思わず声が漏れる。殺し屋がひでえと思うぐらい実際ひどい殺され方だった。

グレープははっと我に帰り、銃を構えて辺りを見渡した。サキを殺した犯人がひょっとしたらこのフロアにまだ潜んでいるのではないか、しばらくの間、銃口を薄暗がりに向け、耳を澄ましていたが、フロアには誰もいないと判断し、再び視線を血まみれの死体に戻した。


グレープが銃をスーツの内側にしまった。

敷島はその瞬間を待っていた。殺家ー随一の殺し屋が銃を握っているうちは5人がかりでもかなわないと推測した。しかし今、銃は彼の手を離れた。


敷島は青柳に向かって頷いた。二人は銃を抜いた。

ソファの影からそっと飛び出し、ステージ上に立つグレープの背後に回ってすり足で近づいていった。


敷島と青柳は銃口をステージ上のグレープに向けた。


「手をあげろ!」


敷島が叫んだ。

グレープが振り返った。写真で見た顔だった。

敷島の声を合図に反対の方向からさらに3人の警官が姿を現し、グレープに銃を向けた。


「両手を頭の後ろに回してひざまづけ!」


敷島の予想に反しグレープは抵抗することなく従った。


敷島と青柳はステージに上がった。

敷島は銃をグレープに向けたまま、彼のスーツの内側から慣れた手つきで銃を取り上げた。

青柳がグレープに手錠をかけた。


「銃刀法違反で逮捕する」


(つづく)

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