いい湯だな


銭湯「天子湯あまこゆ」の脱衣所でマンゴーが服を脱いだ時、周りの客は自ずと彼から遠ざかった。

体臭がひどかったからだ。


風俗の女にも、わたし無理!と言われるぐらいの強烈さであった。


欧米人の体臭は肉食文化によるものらしいが、だとしたらマンゴーの体臭は餃子の食べ過ぎによるものだった。


本人はまったく自覚がないのだが、みんなが臭いというのだからそうのなのだろう。


だからといってマンゴーに餃子をやめる気などさらさらなかった。

餃子をやめるくらいなら、臭い呼ばわりされて、嫌われる方がましだった。

人間より餃子が好きなのだ。


マンゴーの夢は宇都宮に行くことだった。

何でも宇都宮の餃子は相当美味いとテレビでやっていた。

その番組を観て以来、宇都宮は彼にとってのガンダーラとなった。


番台には年齢不詳のバアさんが座っていた。マンゴーは日本人の年齢を推測するのが苦手だ。日本人はバングラデシュ人と比べると全般的に若く見える。

しかし、この婆さんはどんなに若く見積もっても80はいっている。ひょっとすると90近いかも知れない。


婆さんはマンゴーの隠そうともしない3本目の足を臆面もなくまじまじと眺めた。


「いつ見ても立派だねえ。つい目がいっちまうよ。ウッシッシシシ」


このバアさんは俺の体臭が気にならないのだろうか。

マンゴーはここに来るたび不思議に思い、まあ歳をとると視力も聴覚も嗅覚もおとろえるんだろうといつも勝手に納得するのだった。


マンゴーは体を洗い、湯船につかってボスを待った。


天子湯のオーナーはボスだった。

ボスはいくつかのビジネスを手掛けており、天子湯はそのうちの一つだった。


貸しきりの大浴場で気分がよくなり自然と鼻歌が出た。


ババンババンバンバン♩ ハ~ビバビバ! ババンババンバンバン♪ ハ~ビバビバ! いい湯だよ! ハハハん♫ 仕方がない! ハハハん♩


マンゴーはこの歌「いい湯だな」が好きだった。日本に来て一番最初に覚えた歌であり、唯一歌える日本語の歌だった。たとえ歌詞がでたらめでも。


「体洗えよ!」


合いの手とともにボスが入って来た。

上腕から背中まで紋々に覆われ、自慢の真珠入りペニスは隠そうともしないどころか、誇示するように揺れていた。


「お疲れっす!」


マンゴーは立ち上がり、真珠なしでも巨大なペニスからしずくを垂らして挨拶した。


グレープ逮捕の一報にボスはいらついているんじゃないかと思ったが、普段と違う様子はなかった。


ボスは木の椅子に座り、シャワーで汗を洗い流した。タオルにボディソープをつけ、刺青に覆われた身体をタオルで擦り、真珠入りペニスを入念に洗った。

スキンヘッドにも関わらずシャンプーをつけて頭も洗った。


全身を洗い終えると、湯船に入り、マンゴーの横に並んだ。


「飯、食ったか」


湯をすくい顔にこすりつけながらボスが聞いた。


「まだです」


「何か食いに行くか。何がいい?」


「餃子でもいいです」


「日本語が違うな。餃子いいです、だろ?」


「うまい餃子知ってますか?」


「知ってるよ。この近くにある。俺は高校の頃から通ってる」


「ボス、高校行きましたか。頭いいんですね」


「このことは内緒だぞ」


「何が内緒ですか」


「俺が高校に行ったことだ」


「わかりました」


「その店は地元の高校生に人気だったんだ。なんでか分かるか?」


「かわいいお姉ちゃんが働いてた?」


「いや、働いてたのは爺さんたちだ。もっともあの爺さんたち今でも働いてるから、当時は爺さんじゃなかったのかも知れん。まあ、しかしその店は何も変わっちゃいない。働いてる連中も、店構えも、内装も、メニューもみんな当時のままだ」


ボスは額から滴り落ちる汗を手でぬぐった。


「そこはな、学ランでタバコが吸えたんだよ」


「学ラン?」


「制服だ。日本では高校生はタバコ吸っちゃいけないんだよ。法律で決まってんだ。でもその店は高校生が制服を着て煙草を吸っても何も言われなかった。誰も注意しないんだ。だから、土曜の昼なんて学校帰りの高校生で行列よ。バカだよな。煙草なんて飯のときぐらい我慢すりゃいいのに」


「ボスも並びましたか」


「並んだよ」


「その店は餃子うまいですか?」


「うまいよ。同じ材料、同じフライパンを使っても、あんなうまい餃子、素人には作れねえ。熟練てやつだな。どこにでもある餃子だけど何かが違う」


「宇都宮より上手いですか」


「上手いね」


じゃあ、行きますか! マンゴーは立ち上がった。

真珠なしにも関わらず、真珠入りのボスに匹敵するモノが揺れた。


「まあ、待て」


「待てません」


「グレープの件だが・・・」


「電話で話した通りです」


オカマ掘るのに夢中で、ほとんど聞いてなかった、とはボスには言えなかった。


「もう一度詳しく話してくれ」


マンゴーは立ったままときおりチンコを揺らしながら、電話で話した内容を繰り返した。


定刻通り「つぶらな瞳」に向かったこと、現場にパトカーや救急車が集まっていたこと、グレープが警官に付き添われて「つぶらな瞳」から出てきたこと、そのままパトカーで連行されたこと。


ボスはマンゴーの話を聞きながら、すぐそこで揺れる巨大なチンポが気になって仕方なかった。


あんな巨根を持ってたら、わざわざ真珠を埋め込む必要もなかっただろう、そんなことを考えてマンゴーの下手な日本語の説明に今回もあまり集中できなかった。


それでも、ボスは疑問を投げてみた。


「なぜグレープはサツにつかまったと思う?」


「ボスはなぜか分かりますか」


「分からないから聞いてるんだ。お前は逮捕されたグレープを実際に見てるんだ。何か心当たりはないか」


「ありません。ボス、俺は小学校しか出てない。高校出たボスが分からないのに俺が分かるはずありません」


聞くだけ無駄だと分かっていた。

まあいい、間もなく弁護士のレモンから詳しい情報が入るだろう。


「よし、じゃあ餃子行くか」


ボスは立ち上がった。


巨大ペニスと真珠ペニス、最強のダブルペニスが対峙した。


(つづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る