食えないレモン
看守に連れられて面会室に入ると、アクリル板の向こうに男が座っていた。
金縁のメガネをかけ、ポマードで固めた髪を後ろに撫でつけていた。
以前に会った気もするが思い出せなかった。
グレープはパイプ椅子に腰を下ろした。
看守が出ていき、扉が完全に閉ざされると男は口を開いた。
「弁護士のレモンだ。ボスの使いで来た」
「前に会ったか?」
「何度か会ってると思うが」
「覚えてねえのは俺のせいだってのか?」
「いや、俺の印象が薄いせいだろう。どこにでもある顔だからな」
面倒な奴だとレモンは思った。しかし、ここでグレープを怒らせたら話が聞けなくなるので譲歩した。
「逮捕された経緯を詳しく聞かせてくれないか」
「その前にお前が本当にボスの使いか証明しろ。俺の名前は?」
「グレープ。『殺家ー』イチの殺し屋だ」
レモンが試験にパスしたので、グレープはありのままを話した。
最後にこう付け加えた。
「捕まったのは俺のせいじゃない。俺はボスの計画通り行動した。それでしくっじったことは今まで一度もなかった。でも今日は違った。ボスの計画通り行動してパクられた。だから俺のせいじゃない」
「分かってる」
「分かってるだと?」
グレープは眉間にしわを寄せた。
軽々しく同意したことをレモンは後悔した。
危害を加えられる状況にないとはわかっていても、殺し屋ににらまれるのは気分のいいものではなかった。
「お前に落ち度があったとは思っていないということだ」
「何でサツが待ちかまえてたんだ?」
レモンは答えに窮した。当然、彼には知る由もなかった。
「何でサツがいたんだよ!」
グレープは怒りのあまり声を張り上げ、カウンターに拳を叩きつけた。
「落ち着け。人が来るぞ」
「誰かが俺をハメたんじゃねえのか?」
「誰かって誰だ」
「ボスだ」
「何を言ってる。だったら私をわざわざよこすわけないだろ。ボスはなぜお前が逮捕されたのか詳しい事情を知りたがってるんだ」
「イヌか?」
「犬?」
「ボスじゃねえなら犬だ。組織にサツの犬がいて情報を垂れ流してるんだ」
「実はボスもそう考えている。心当たりはあるか」
「お前だろ?」
「違う。私は今回の仕事について知らされてなかった」
「まあいい。誰だろうと必ず見つけ出して殺してやる。それより早くここから出せ」
「銃刀法違反は罪が重い。簡単にはいかんだろう」
「お前弁護士だろ?」
「警察がお前を待ち伏せたのは『殺家ー』の構成員だと知ってのことだろう。お前の逮捕を足掛かりに組織を瓦解させるつもりだ。お前は言わば人質みたいなもんだ。そうなると釈放は余計に難しい」
「そんなことは俺にだって分かってるよ。お前、弁護士のくせして相当アタマ悪いな。どうしてボスがお前にレモンと付けたかわかったよ」
「その心は?」
「酸っぱすぎて食えやしねえ」
レモンは立ち上がった。
こんな奴、一生オリに閉じ込めておけばいい。
「念のために聞いておくが」
「何だ」
「組織のことは話してないよな」
「てめえナメてんのか」
「話してないなら、そうはっきり言ってくれないか。大事なことだ」
「俺が話したと思ってるなら、
「分かった。また来るよ」
「何しに?」
「ボスのメッセージを伝えに」
「役立たずが」
レモンは罵倒を無視して振り返った。
その背中にグレープは声をかけた。
「なあ」
レモンは立ち止まった。
「ひとつ確かなことがある」
グレープが言うとレモンが振り返った。
「何だ」
「ボスが俺を消すってことさ。俺はサツに面が割れた。殺し屋としてはもう使い物にならん。それに組織のことを知りすぎている。生かしておくわけにはいかない」
「・・・・・」
「でもな、俺が『殺家ー』イチの殺し屋だってこと忘れるな。俺を消せる奴はいない。少なくとも『殺家ー』にはな。ボスにも伝えといてくれ、『俺を消せると思うなよ』ってな」
レモンは黙っていた。
グレープの発言を様々な角度から検討した。
彼の発言の真意はどこにあるのか?
確かにボスはグレープを消そうとしている。しかし、勾留されている限り、グレープに手を下すことはできない。
仮に釈放されてシャバに出たところで、グレープの言う通り、今の『殺家ー』に彼を消せる程、腕の立つ奴はいない。
と同時にグレープが只やられるのを待っているとも思えない。やられるのを恐れて逃亡するようなタマではない。
だとしたら彼は組織に反旗を翻すはずだ。たった1人で組織を破滅に追い込もうとするはずだ。そして、彼にはそれが可能だった。
『俺を消せると思うなよ』
この発言の真意は、『やられる前にやってやる』に違いなかった。
再びレモンが接見に訪れたのは翌日の夕方だった。ボスに言われてグレープの様子を伺いがてら腹の底を探りに来たのだ。
しかし、グレープに会うことはできなかった。
脱走したからだ。
(つづく)
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