四腕の救世獣 ~キモオタだった俺が、異世界でバイオゴリラになっていた件~

青野海鳥

第1話 バイオゴリラよ永遠なれ!

「オ、オレ、イッタイドウシタ!?」


 自分の口から出た言葉に少年は驚いた。声のトーンが全く違い、たどたどしくしか喋れない。

 さらに自分の手を見ると、ごつごつとした真っ黒で巨大な物になっていて、しかも全身が黒い剛毛に覆われていた。


 一体これは何事だ。つい先ほどまで、自分はスマホでゲームをやっていたはずだ。なのに、いきなり謎の光に包まれ、気が付いたら全く別の場所に立っていたのだ。

 全くわけが分からない。


「やりました! 皆様! 私たちの最後の希望、聖獣様の召喚に成功しました!」


 目を白黒させている自分とは裏腹に、彼の目の前には、金髪碧眼の美少女が、興奮冷めやらぬ様子で叫んでいた。目の前には、百人を超える人間達が集っていて、皆、喜びの雄叫びを上げている。

 辺りの様子をうかがうと、どうやらここはかなり深い森の中であるらしいが、それ以上は分からない。


「アンタ、ダレ?」

「申し遅れました聖獣様。私は人間達の巫女サーシャと申します。この度は私どもの召喚に応じていただき、感謝の極みにございます」

「イヤ、オレ、セイジュウチガウ」


 自分はただのオタク少年だ。断じて聖獣などでは無い。けれど、目の前の少女は、綺麗な顔を悲しげに歪ませるだけだった。


「聖獣様、私の力が足りず、召喚が上手くいかなかったのかもしれません。誰か鏡を。自分のお姿を確認できれば、意識もはっきりするでしょう」


 サーシャが聴衆達に合図すると、すぐに数人がかりで大きな鏡を抱えてきた。

 そこに映し出された姿を見て、少年は仰天した。


「オ、オレ、バイオゴリラ!?」


 少年は、自分がバイオゴリラになっている事にようやく気が付いた。

 バイオゴリラとは、バイオゴリラ細胞を埋め込まれたゴリラの事である。四本の剛腕と、緑の瞳を持つ恐るべき獣で、ジャングルを暴力で傷つける物に対しては、それ以上の暴力をもって制裁する。

 たまにそうでない者も理由なく制裁する。

 これ以上知りたい場合は、「バイオゴリラ bot」などで検索するのが吉である。


「まあ、聖獣様のお名前はバイオゴリラと言うのですね。とても勇ましく、高潔な響き……」


 聖獣の名を聞いたサーシャが、恍惚の表情でバイオゴリラを見る。

 露出度の高い衣装は、胸の谷間やら太ももやらが見えて大変けしからんのだが、今のバイオゴリラはそれどころではなかった。


「イッタイ、ナゼ、コンナコトニ」

「聖獣様を勝手に呼び出してしまい本当に申し訳ありません……ですが、滅びゆく我らを救うため、どうかお力を貸して下さい!」


 サーシャが額を地面に擦りつけてバイオゴリラの前にひれ伏すと、後ろに居た老若男女全ての人間も平伏した。当然だが、バイオゴリラには意味が分からない。


「スクウ、ニンゲン、オレガ?」

「はい。私たち人間族は、もはやここに生き残っている者たちが最後です。この世界樹の森の奥深くで、我々はヘカトンケイルに対抗する手段を考えてきました。最終手段として、バイオゴリラ様を召喚するに至ったのです」

「セカイジュ? ヘカトンケイル?」


 次から次へと飛び出す訳のわからない単語に、バイオゴリラは困惑する。

 サーシャは、そんなバイオゴリラにこの世界の状況を簡潔に説明した。


 この世界はルーンガルドと呼ばれる異世界であり、人間が生態系の頂点である地球と違い、ヘカトンケイルと呼ばれる別の種族が覇権を握っているらしい。


 ヘカトンケイルの外見は人間にきわめて近いが、平均身長2メートルを超える巨躯を持ち、最大の違いは、四本の腕を持っている事だった。


「我々とヘカトンケイルは、何百年もの間戦いを続けてきました。ですが、やはり我々人間族との戦力差は歴然。徐々に追い詰められ、今では仲間たちは、この森の中だけにしか住んでいません」

「ウホッ」

「だから、我々は賢者達の予言に従い、最後の手段を試したのです。異界より、神に等しい力を持つ獣を呼ぶ事」

「ナゼ、バイオゴリラ?」

「それは……ヘカトンケイルが栄えたのは腕が四本あるからで、ならばこっちも腕が四本あれば対抗できると思ったからです」


 そういう思考しか出来ないから負けっぱなしなのではと思ったが、バイオゴリラは突っ込まなかった。

 今でこそバイオゴリラになってしまったが、中身はノーと言えない日本人なのだ。


(シカシ、ナゼ、バイオゴリラニ……)


 何故、自分はバイオゴリラになってしまったのか。少年には思い当たる事が一つあった。それは、彼がハマっているソーシャルゲームで、朱雀、白虎、玄武、青竜といった、四神と戦うイベントが開催中だった事。


 さらに、ツイッターでバイオゴリラbotを裏で開きっぱなしにしていた事で、『四』という数字が複雑に絡み合い、さらにサーシャたち異世界人の魔力により、四神=バイオゴリラ=少年という回路が混ざり合い、神に等しい力を持ったバイオゴリラとして、異世界に召喚されてしまったのだろう。


「オレ、セカイスクウ、デキナイ」

「な、何故ですか!? 確かに、いきなり召喚してしまい、見知らぬ我々を救えと言うのはあまりにも身勝手だと自覚しています。ですが、我々は、持てる魔力を全て費やしバイオゴリラ様を呼んだのです。ここで見捨てられてしまえば、我々は完全に死に絶えてしまうでしょう。どうか……どうかお慈悲を!」

「ソウイワレマシテモ」


 バイオゴリラは二本の腕で腕組みし、残り二本の腕で頭を抱えた。人間では出来ない困ったアピールが出来るのは便利だが、別にそんな事をして現状を打破できる訳ではない。


 繰り返すが、彼はただのキモオタ少年だ。いくら肉体がバイオゴリラになったとしても、戦闘経験など皆無であり、いきなり世界を救うために戦えと言われても無理だ。


「いいえ! そんな事はありません! 我々の予言にはこう記されています。『黒き衣を纏い、四本の腕と緑の目を持つ獣、ルーンガルド歴2016年3月14日に召喚されるであろう。その者、この世界に真の平和をもたらす者なり』と!」

「グタイテキダ」


 めちゃくちゃ具体的な予言だ。だが、予言がどうであろうが、彼はバイオゴリラの皮を被ったキモオタなのだ。どう頑張っても2メートルを超える戦闘種族と戦えるわけがない。


「何をごちゃごちゃ言ってやがる。下等種族ども、とうとう見つけたぜぇ!」

「へ、ヘカトンケイル!? 何故ここに!?」


 野太い声が森の中に響くと、サーシャを始めとする人間達の顔が蒼白になる。

 ついに、恐れていた事態。ヘカトンケイルに隠れ家が見つかってしまったのだ。

 巨体を持つヘカトンケイルは、草木が密集する密林の奥に入るのは難しい、そう考え、人間達は森の奥深くを最後の砦としたのだ。


「馬鹿が。お前らが放った強力な召喚魔法の魔力を辿ってきたんだよ。こんな狭苦しい場所に隠れやがって。来るのに苦労したぜ」


 先頭に立っているヘカトンケイルの長があざ笑った。

 サーシャの説明通り、外見上は筋骨隆々のおっさんと同じだが、丸太のような太い腕が四本と、身長は2メートルを軽く超える巨人であった。

 後ろに控えている数十人のヘカトンケイルの戦士たちも、モンスターみたいな連中である。


「ウ、ウホッ!?」

「こいつがお前ら人間の切り札か。何だかビビってるみたいじゃねぇか」


 ヘカトンケイルの一人がバイオゴリラを一瞥(いちべる)すると、その眼光にビビったバイオゴリラは一歩後ずさった。

 こんな連中と殴り合いをしろなど、異世界人もとんだ無茶ぶりをするものだ。

 とはいえ、後ろで自分に寄り添って震える美少女を見ていると、戦わざるを得ないらしい。


「ウ、ウホォーッ!」


 こうなったらやけくそだ! バイオゴリラは四本の腕を滅茶苦茶に振り回し、近くに居たヘカトンケイルに殴りかかる!


「ヒャハハハ! なんだそのへっぴり腰は!」

「ウホォッ!?」


 しかし、百戦錬磨のヘカトンケイル相手に、バイオゴリラにジョブチェンジして数十分のオタクがかなう訳がない。あっという間に、数名のヘカトンケイルに地面に組み敷かれてしまった。


「バ、バイオゴリラ様っ!」


 サーシャも叫ぶが、最早どうにもならない。

 ああ、あの神託は嘘だったのだろうか。持てるすべての力を振り絞り、異世界の神獣を召喚すれば世界に真の平和が訪れる。それを信じて生きてきたのに。


「ハハハ! 絶望したか人間ども。この不気味な怪物と一緒に、お前らの最後の希望を断ってやるよ! 野郎ども、森に火を放て!」


 ヘカトンケイルの長が残忍な笑みを浮かべ部下たちに指示すると、部下たちは、四本の腕にたいまつを持ち、世界樹の森へ火を放つ!


「やめてェー!」

「ヒャハハハ! 燃えろ燃えろー! 人間どもの希望を全て焼き尽くせー!」


 人間達の最後の砦が炎に包まれていく。サーシャは慟哭(どうこく)する、他の人間たちも泣き叫ぶが、火の海はどんどん広がっていく。ああ、もう希望は残されていないのだろうか。


「ウホオォォォー!!」

「ぐわああああああああああああーーっ!?」

「な、何だ!?」


 その時だ! 突如、けたたましい悲鳴が上がり、ヘカトンケイルの長は思わず後ろを振り向いた。

 そこには何と、組み伏せていたバイオゴリラが仁王立ちしていた!


「ば、馬鹿な! 我らの戦士が五人がかりで抑えていたというのに!」


 バイオゴリラを抑えていた男たちは全員吹っ飛ばされたらしく、中には岩石にめり込んでいる者もいた。この四本腕の獣が、純粋な腕力のみで拘束を解いたのだ。


「バイオゴリラ様っ!」


 サーシャの頬を一筋の涙が伝う。先ほどの哀惜(あいせき)の涙ではない。歓喜の涙だ。

 ああ、やはり救いはあったのだ。この絶望的な種族差を埋める程の圧倒的な神の力が、目の前に救いとして現れたのだ。


「て、てめえ! 人間どもに味方する気か!」

「ジャングル キズツケルヤツ ゼンブコロス!」


 バイオゴリラの緑の目が輝く! バイオゴリラは何よりも自然とジャングルを愛し、それを傷つける物を全て破壊するのだっっ!! 


「だ、黙れ! 野郎ども! 相手は一匹だ! やっちまえ!」

「ウオオーッ! 死ねぇーー!!」

「ウホオオオオオオオオーーーーッ!!」


 ジャングルに火を放たれた怒りにより、バイオゴリラの野生の本能が覚醒した!

 彼はもう気弱なキモオタではない! 最強のバイオゴリラだっ!!

 バイオゴリラの拳が、ヘカトンケイルのモブ兵士を、長を、サーシャを粉砕する!


「キャアアアァーッ!」

「サ、サーシャ様ぁー! 聖獣様! 一体何を!」

「ジャングル キズツケル ユルサナイ!」


 もうバイオゴリラには、燃え盛るジャングルを救う事しか頭に無かった。ヘカトンケイルも人間もどうでもいい! 


「ウホォォーーーーーー!」


 そのままバイオゴリラは、四本の腕を十字型にすると、コマのようにきりもみ回転をする! これはダブル――いや、クワドロプルラリアットだっ!


 四本の腕、そしてバイオゴリラの凄まじい剛腕により、巨大な竜巻が巻き起こる!

 暴風を巻き起こすバイオゴリラ竜巻により、ジャングルに放たれた炎が消えていく!

 ついでにヘカトンケイルも人間も空高く舞い上がり、ジャングルの巨木がまるで木の葉のようにぶっ飛んでいく!


「ウ、ウホッ!? トマラナイ!?」


 火を止めたまではいいが、彼はまだバイオゴリラとしてあまりに未熟だった。

 衝動に任せてラリアット竜巻を起こしたはいいが、今度は自分の力を制御できない!


「ウワーッ!」

「キャーッ!」

「グワーッ!」

「ニャーン!」

「パオーン!」

「BOW! WOW!」


 暴走するバイオゴリラ竜巻が、ヘカトンケイルを、人間を、ジャングルを、世界樹を、馬を、犬を、文明を粉砕する!


 こうして、世界樹の密林でバイオゴリラを起点として発生した竜巻は、他の気流を巻きこみ、ルーンガルドにおいて空前絶後の巨大竜巻へと進化した。


 その威力は凄まじく、天を貫く山を粉砕し、大地は鳴動し、火山は噴火し、栄華を誇っていた世界中のヘカトンケイルの文明は一瞬にして滅んだ。


 いや、ヘカトンケイルだけでは無い。大いなる破局とでも言うべき大災害となったバイオゴリラ竜巻により、ルーンガルドの知的生命体は全て滅びた。後に残るのは、荒れ果てた大地と、生命の死に絶えたルーンガルドという惑星の残骸のみである。


 真の平和が訪れる。その予言は間違っていたのだろうか。


 ――いや、それは違う。


 そもそも、なぜ生物は争うのか。それは、お互いの生命維持、主義主張……様々な対立があるからだ。生きていれば決して逃れられない呪縛であり。宿命とでも呼ぶべきカルマである。


 だが、聖獣バイオゴリラの手によって、知的生命体は全て滅びた。生命が居なくなれば、争いが起こる事も無い。そう……真の平和が訪れたのだ!


 こうして静寂の惑星となったルーンガルドは、大宇宙のゆりかごの中で眠りについた。

 ごく僅かに生き残った有機生命体が、再び知性を取り戻す進化に至る数十億年後の未来まで、ルーンガルドは穏やかに時を紡いでいくであろう。


 ――ありがとう、バイオゴリラ。

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四腕の救世獣 ~キモオタだった俺が、異世界でバイオゴリラになっていた件~ 青野海鳥 @Aono_Umidori

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