雪結晶花〜ネージュフルール〜
妃沙
第1話
真っ暗闇の中でひときわきれいな光景を見た。それは、幻想世界を想像できるほどの美しい光景だった。
「……君は……」
声に出して呼び掛けると、そこにいた人物は驚きで身体を跳ねさせたあと、すごい勢いで走って逃げてしまった。
雪の降る、寒くて幻想的な夜のことだった。
**
「――で? いつまでその幻想世界の人物を探しているんでしょうかね?」
「なんだよ! 付き合ってくれてもいいだろう!」
「一年前に見たといっていましたね。あれから一年経ちました。十分付き合ったと思いますが?」
「まだ一年だろう! まだまだ俺に付き合うことは可能だ! フレイ!」
「……アーサー。たとえ今王宮内でもめていて、自分が次期国王に選ばれたくないからと言ってこんな逃げ方はあんまりだ。付き人の俺の身にもなってくれないか?」
漆黒の髪に、深海色の眸を持つ美青年――フレイはそういった。歳は二十歳前後に見える。それに反論したのは、金褐色の髪に、藤色の眸を持つ青年――アーサーだった。歳は十八、九に見える。
あの美しい幻想の光景を見てから一年――アーサーはあの日見た光景を忘れることが出来ずに今でも探し求めていた。忘れられないあの光景はいつまでもアーサーのまぶたの裏に残り続け、探させる要因となっている。もうすぐ、王位継承を完全に決める日が近づいているというのに、いつまでもこんなことでは困るというのはフレイの言い分だ。
しかし、何度言っても聞き入れてくれないのがアーサーであり、半分ほどはすでにあきらめている。
「……フレイ。ごめんな」
「その謝罪が、俺の求めている謝罪だったらなお嬉しかった」
アーサーのその謝罪が自分の求めている謝罪の意味とは真逆だと理解しているため、あえてそう言った。
アーサーも申し訳なさそうにしているが、その行動を辞めることは出来そうもなく、今日もまた時間が過ぎていく。
夕刻になり、陽が落ちてきた。いつもと同じように、王宮から抜け出し城下町を抜け、森の中へと入っていく。季節が冬ということもあり、乗ってきた馬たちも寒そうにしていた。人間も動物も、吐く息がとても白い。
そろそろ帰らなければならない時間が近づいてきており、陽もどんどん山間に沈んでいく。あたりがどんどんと暗くなっていく。
「アーサー、そろそろ帰ろう。これ以上はもう」
「分かっている。行こうか、フレイ」
そう言ってアーサーはフレイのもとに駆け寄り、すでにフレイが準備していた馬に跨った。馬の首をなでながらねぎらいの言葉をかけ、二人は王宮へと帰って行った。
「お帰りなさいませ、アーサー様」
「ああ、ただいま。いつもありがとうな」
裏門から入るといつもの衛兵が出迎えてくれる。いつも町に出るときに手伝ってくれている衛兵だ。そのおかげで、今ではすっかり仲が良くなった。
「いつものですか? まだ見つかりませんか?」
「ああ。まだだな。そもそも、人間なのかも正直わかっていないからな。間違いなく見つからない可能性のほうが高い」
そういいながら、馬から降り、衛兵に手綱を任せる。
「そうですか……あまり気を落とさないでください」
「ありがとう」
そう言ってから、アーサーはフレイを連れて自室へと向かった。
「アーサー、明日の朝は王に呼ばれているから出かけようなどと思うなよ」
「父上が?」
「なんでも、他のお子も呼び出しているらしいから、本格的に動き始まるんじゃないか?」
「……あー、顔合わせなきゃならないのか…気が重いなぁ……」
「そこはかとなくかわせばいい。真面目に相手する方が疲れるぞ」
「フレイのそういうところ尊敬するよ」
そう言って、アーサーは自室のベッドの上にダイブした。
柔らかな弾力で身体を受け止められる。
(こんなにも探しているのに…見つからないものだな)
もう一年にもなるのに。こんなにも探しているのに、見つからない。一度でいいから会いたいのに。それがたとえこの世のものでなくともいい。精霊だというのならそれすらも信じよう。だから、姿を現してくれと、アーサーは強く願った。
その様子を無言で見つめていたフレイは、特に何も言うことも無く、その様子を見つめ続けていた。自分の主人が何を思い、何を考えているのか――手に取るようにわかってしまう。だからこそ、何も言わなかった。
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