終章 周防学院

第41話

 周防区、周防学院。


 校舎というよりホールに近い円柱型の建物は、四方を要塞のようにコンクリートの塀で固め、重たい身体を大地に埋めるようにして鎮座していた。


 EDDAの事前予測により大規模な防衛線が徹夜で敷かれ、東京中から有志の学院が持てるだけの資源とドールを持って来る敵へと備えていた。


 正面玄関に主力三部隊、内部に四部隊及び遊撃隊、非常口・通用口にも守備が配置され、無数の電磁罠でその隙間を埋めている。

 これほどの強固な守りを突破し侵攻するには、相当な戦力と時間が必要だろう。いや、もしかしたら食い止められるかもしれない。


 ──と、イコナが到着する五分前まで、そんな期待さえあった。


「……っ!」


 冷たい、風。

 シールドバスから飛び降りた彼女が見たのは、凄惨なる武力制圧の残骸だった。


 激戦の形跡さえ見られない、一方的な虐殺。

 粉々になった懐中時計クロノドールの破片がそこら中に散らばり、負傷或いは昏倒した学生たちが至る所にうずくまっている。


 イコナはその中から、崩れた灰色の塀にもたれかかる茅乃を見つけ、抱き起こす。


「茅乃……茅乃!」

「イ……コナ? どうして……」


 茅乃が顔を上げる。

 額に小さな裂傷があり、頬を泥で染めていた。うなじに添えた手から、感覚センサーを通して茅乃の体温と鼓動が伝わってくる。


「何があったの? 真鈴さんは?」


 茅乃は目を伏せて首を振った。


「一瞬……だった。私たちじゃ、止められなかった……いや、あれはもう誰も……」

「茅乃……」


 絶望に打ちひしがれる茅乃に、独りでに起動したナナが金色の粒子を散らしながら舞い降りる。

 その小さな手が茅乃のひび割れたゴーグルに触れると、紫色の光が灯った。


 数メートル離れた所にある廃棄資材の山から、呼応するように紫の閃光が溢れる。


「アメノ……?」


 イコナは、資材の積まれた瓦礫へと向かい、それを崩していく。

 ナナも手伝うようにして、小さな電子基盤やケーブルを運んだ。光が段々強くなっていく。


 茅乃はその様子をぼんやりと眺めていたが、ふと立ち上がって、自らも資材をどかし始める。


 そうして薄汚れた錆だらけの電子部品の中から白銀の肌が見えた瞬間、小さなつむじ風が巻き起こり、懐中時計クロノドール・アメノは飛翔する。


 曇天の空に、すみれ色の花が咲いた。


『再起動を完了。命令を待機』


 王賀との戦いで大きく傷付いたボディは、これ以上の戦闘が不可能であることを物語っていた。

 それでも、たとえ戦えなくても、決して曲がらない意志を示すように、強く輝きながら彼女は茅乃の元へと降りてくる。


 暗闇に沈んだ茅乃の瞳に、光が宿った。


「そう……そうだわ。私は、私たちは、こんな所で諦めちゃいけない」


 茅乃は、真っ直ぐとイコナを見つめる。


「行きましょう。まだ、中で真鈴先輩たちが戦っている」

「ええ」


 地下へと続く薄暗い中央階段を、二人は下りていく。

 生き残った精鋭たちはそれを見て、最後の聖戦へと己の身体を奮い立たせ、後に続いた。




 どこまでも続くように感じる長い廊下の中央。


 闇の中から一躯、また一躯と灰色のドールが現れ、両手のブレードで強襲を仕掛ける。


 真鈴は南陽製の代替ドールでそれをいなし、脳天に銃弾を撃ち付けるも、その間に新たな二躯のドールが彼女たちを取り囲んでいる。


「くっ……やはり、カガリ用のパッチでは能力が十分でないか」

「リーダー、キリがありません!」


 遊撃を担う真鈴隊は周防学院を侵攻するグングニルの横腹を突く形で奇襲を仕掛けたが、予想以上の軍勢の前に本丸まで攻撃は届かず、手痛い反撃を受ける形となった。

 損傷したカガリを回収する間もなく、真鈴隊はグングニルと交戦を続けながら学院の地下へ潜ることとなる。


 敵の攻撃は遠距離兵器も使わない突貫のみの単純AIだが、それにしても数が多すぎる。

 グングニルはどこから、これほどのドールを調達したのだろうか? その一方で、彼女たちは代替ドールや予備リソースも底を尽き、いよいよもって窮地に追い込まれる。


「ぐああああ!!」


 バチバチと電流が散り、メンバーのうち一人が倒れた。

 火花と共に撃墜されるドール。その瞳から青い光が消え、地面を転がっていく。


 と、その直後。信じられないことに、墜落したドールの瞳に新しく紅色の光が宿り、再び命を取り戻したようにふわっと飛翔した。


「馬鹿な…!!」


 蘇ったドールは、他の灰色のドールと同様にブレードを構え、真鈴たちに襲い掛かった。


「っ、退却だ。引け!」


 真鈴の号令で、遊撃隊は踵を返す。

 情報班が素早く退却路を計算し、懐中時計で示した。


 が、そこに浮かびあがる無数の灯火ともしび。囲まれている。


「リーダー!」

「ぜ、全員、陣形を崩すな! 前方に一斉射!!」


 色とりどりのレーザー光線が虚空に向かって放たれる。

 爆炎が暗がりを照らし、幾つものドールが弾けとんだ。そしてその後ろから、新たなドールたちが現れる。


 多勢に無勢。

 一人、また一人と遊撃隊が力尽き、そのドールは敵の勢力となって蘇る。


(厳しい……か)


 俯く真鈴。


 そこに、一筋の閃光が差し込む。


 真紅のカーテン。天の裁きが如く空間を横断する光の幕が、無数のドールを包み込み、破壊した。

 続いて、星屑のような煌きを撒き散らして飛翔するミサイル群が、難を逃れた者に無慈悲な追撃を加える。


「真鈴先輩!」


 朱菫の瞬きが闇を照らし、遊撃隊の元へと駆けつける。

 クロノドール、ナナ・アメノ。

 そしてイコナと茅乃。後ろに、満身創痍の精鋭たち。


 グングニルのドールが再び湧き出てくる。

 イコナは透明のメモリースティックを二本、ナナに挿入し、指先でその頭部を抑えながら目を閉じた。青い電流が指を伝い、容れ物を満たすようにメモリーを輝かせていく。


 彼女に、もはや迅さはやさで敵う者は居ないだろう。

 思いのままにパッチを創成し、行使する力。


【アップデータ】グレードAS、その高みにイコナは到達する。


 ナナの斬撃から発せられたエネルギーバーストが数十のドールを屠ると、追っ手は来なくなった。

 真鈴はイコナの手を握って立ち上がり、静けさを取り戻した廊下を見渡す。


「残ったのは……十二人か。ふっ、私が王楼で電脳部を立ち上げた時よりは多い」


 そして、イコナの方へと向き直り、


「身体は大丈夫なのか?」と問う。

「ええ……完璧とはいかないけど。ドールの歩行システムに順応してる」


 イコナはその場でくるりと回ってみせる。傍から見れば、それが人造の人形ドールであるとは到底思えない。


 その姿を見て、真鈴は眉を曇らせる。

 そして、イコナの顔をじっと見つめて、言った。


「お前は、帰れ」

「えっ……」


 その場に居た、誰もが真鈴の顔を見やる。


「イコナ。お前の身体は今……電脳と直結している。そうだな」

「……ええ」

「グングニルは電脳を支配し、破壊する電脳生命体だ。次にヤツと接触すれば、お前の命は再び危険に晒されることになる」


 空気がシンと沈み込む。

 何かを言いかけた茅乃も、真鈴の言葉を聴いて口をつぐんだ。


「でも、今だって」イコナは反論する。「みんなが力を合わせなきゃ、倒せない敵でしょう」

「それでも!」


 真鈴はイコナの両肩を掴んで声を荒げた後、二の句をつぐみ、我に返ったように頭を振った。


 その声は、強張って震える。


「命を懸けるほどじゃないんだ。──イコナ。死ぬほどじゃあない。

 元はと言えば、私たちの戦いだった……私たちがやらなければならないことだったんだ。お前を巻き込んでしまって、お前をそんな身体にしてしまって、私は……」


 ふと、地響きと共に重たい衝撃音が二つ、廊下に轟いた。

 地下からだ。


 イコナはそっと真鈴の手を外す。


「行かなきゃ。戦っているんでしょう、まだ」

「イコナ」

 真鈴が呼び止める。


「私の父が」、イコナは真っ直ぐ、真鈴の瞳を見据えた。「戦っている。きっとこれは……上手く言い表せないけど、運命みたいなものだと思う。お父さんが、懐中時計を生み出した時から──全部繋がってるの。だから、行かなきゃ」


 勇ましく踵を返すイコナに、茅乃が帯同する。


「私も、行くわ。置いていかないで」

「茅乃」

「大丈夫、私が見届けるから。全て」


 真鈴は他のメンバーに目配せし、二人の後へと続く。

 鉄の床を叩く緊張した足音が数十、淀んだ空気の闇の底へとゆっくり沈んでいった。


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