朧夜に蛍火を - 返ス物 -

廿楽 亜久

第1話 旧校舎

 意識が浮上する。というと、少し間違った気もするが、それ以外の言葉が見つからない。

 実際、人が目を覚ました時は、はっきりとここから目を覚ましたとわかるものなのだろうか?


「って、そんなこと考えてる場合じゃないか……」


 目に見えて変わったところはない。少し古い校舎に、薄暗さも相まって、少し不気味だ。

 案の定、いつも一緒にいる赤い目の少女は、見当たらない。


「小夜ってば……」


 探さなければ。ここにいることは、分かっているんだ。とにかく、ここに来た目的を果たさなければならないのだが、いかにも出そうなこの校舎を一人で歩くのは、やはり心細い。

 それでも、何もしないでいたとバレた日には、また小言を言われるだろう。

 探そう。そう、腰を上げて、近くの教室に入れば、机に置かれた水の入っていない花瓶に、それに生けられた紙でできた花。


「千鶴ちゃん、好きだったもんね……きっと喜ぶわ」

「うん……」


 若い女性が、かわいらしいデフォルメされたドクロの髪飾りをつけた少女の肩を抱き寄せながら、そういった。周りにも、うつむきがちにその様子を見ている少女たち。

 たぶん、その席の子供が死んだのだろう。

 その空気に耐え切れず、外に出れば、先程よりも明るい廊下に、子供たちが数人立ち話をしたり、走り回ったりしている。


「……これが、小夜の言ってたやつかな?」


 生徒や教師がいるわけがない。ここは当の昔に廃校になり、生徒どころか明かりだってつきはしない。

 だが、現に今ここに子供たちはいる。幻や術の類か。小夜がいれば、すぐにわかるものの、あいにく自分にそういうものを見分ける能力は低い。


「あいつ、事故じゃないんだって」


 聞こえてきた会話に、目を向ければ、男の子が二人、小声で話し合っている。


「警察が来てたってやつだろ?」

「そうそう。朝も四階のとこだけテープ張ってあったし」

「マジかよ!?」


 誰かがその千鶴という少女を突き落とした、ということだろうか。


「なら、この状況を引き起こしてるのも、その千鶴って子……?」


 もし誰かに殺されたというなら、それを恨み、天魔が力を貸して、その犯人に復讐しているのかもしれない。

 この世界は、本来あの世とこの世に、しっかりと区切りがあった。だが、天魔が逃げ出してからというもの、その線引きは曖昧になってしまった。今回も、それが原因で、廃墟に霊のような何かが集まってしまっている。そんな霊をあの世に叩き返すのが、僕たちの役目。

 怒りや復讐をする相手を引きずり出すのは、案外簡単で、その復讐の対象に自分をしてしまうのが手っ取り早い。特に、こんな大きな空間の歪みを発生させているなら、その恨みは単純なはず。

 とりあえず、彼らの言っていた四階の階段を探してみようと、足を向けた。


「ここじゃないのかな?」


 中央の階段を下るものの、特になんの形跡もない。別の階段かと、足を出した時だ。

 硬いなにかにぶつかった。


「?」


 触れてみれば、壁のような何かだ。叩いてもびくともしない。

 奥をのぞき込んでみれば、確かに上と似たような教室に、四年生と書かれたプレートがかけられている。人影は、ない。


「……」


 携えていた数珠の付けられた刀を引き抜くと、その壁に振り下ろす。


「……切れない」


 呪いのかけられたこの刀、数珠丸で切れば、ここを作ったであろう悪霊の封印なら大抵切れるものだが、こればかりは切れる気配すらない。

 仕方ない、とこの壁がどこにあるかを確認しようと、また階段へ足を向けた。



***



「見かけすらしないって……」


 自然とため息が漏れる。あの特徴的な容姿だ。見間違うことはないはずなのだが、見当たらない。

 小夜を探すのと一緒に、壁についても調べていたのだが、見えない壁も時間ごとなのか移動する。先程までは進めた千鶴の教室も、今は入れない。それどころか、その手前の廊下にすら入れないこともある。


「……でも、ここだけは絶対にはいれるんだよなぁ」


 中央の階段。ここだけは、絶対に入れる。やはり、ここが拠点なのだろうか。


「ここまで大きなものなんだし、天魔が関わってるのは絶対か」


 いくら恨みが強くても、元は人。時空を歪めるようなことはできない。だが、事実ここは時空が歪んでる。

 これを可能にしてるのは、天魔だ。人の欲望の塊であるそいつは、執念に取り付かれた人間や、怨霊に力を貸す。地獄の管理をしていたという小夜でも、さすがに天魔が手を貸した強い怨霊となれば、ずっと一人でいるのは危険だ。もちろん、ペットと称されたボディーガードもいるが、心配なものは心配だ。

 それに、天魔は世界がめちゃくちゃになった原因でもある。早く捕まえないといけない。


「ん?」


 階段の踊り場の角に置かれた、アンケート箱の置かれた椅子の下に、緑色の何かが落ちていた。


「お守り?」


 折り紙で作られたお守りらしい。


「うわぁッ!!」


 叫び声と共に、激しい金属音と足元にかかる冷たい水に、口から「ひぃっ」と情けない悲鳴が上がる。


「な、なんだなんだ!?」


 音に引き寄せられたのか、子供たちが集まってくるが、踊り場に転がるバケツと水を見つけると、呆れながら去っていく。


「ビビらせんなよ」

「ご、ごめん……」

「ちゃんと掃除しとけよ」

「うん」


 実際、この子供たちに触れることはないが、掃除の邪魔になっているようで悪い。水浸しの踊り場から、階段を降りていく。

 その時、ふと、野次馬に集まっていた少年の一人と目があったような気がした。


「?」


 ここの人たちは、触れることもできなければ、認識もできないはずだ。気のせいだろう。

 三階の一番端の物置のような小さな部屋。プレートには、チューリップと赤い折り紙で作られたチューリップの花。なんの部屋だろうかと、扉に手をかけ開けてみれば、見慣れた白い髪。


「小夜!?」


 しかし、その姿は空気に溶けるように消えた。ここにいる、というわけではないようだ。

 部屋の中心には机が四つ向かい合わせになるように置かれ、壁にはポスター、棚には絵本に、鶴やカエルといった折り紙、箱の中には動物のぬいぐるみがたくさん入っていた。

 特徴的なのは、ここにあるものほぼ全てが英語ということだろう。絵本には日本語のものもあるが、同じような表紙で英語も置いてある。


「また、折り紙……」


 そういえば、先程も折り紙を拾った。なにか関係でもあるのだろうか。


 ベチャ……


 粘度のあるその足音に、刀に手をかけながら振り返れば、そこには小さな男の子がいた。


「……ぇ」


 目を丸くした少年はゆっくりと視線を落とすと、抜く寸前の刀を見て、足を引く。

 どうやら、少年は他の子供とは違うらしい。刀から手を離し、手を開きながらできる限り、怖がらせないように笑みをつくる。


「あ、あぁ! ごめんね。怖がらせちゃったかな?」


 これを起こしているのが、千鶴という子供なら、名前からしてもおそらく女だろう。だとすれば、この子は巻き込まれた子供。


「お、おじさん、だれ?」

「え? あ、あぁ、僕は数珠丸」

「じゅず、まる……? 変な名前だね。船みたい」

「うーん……船じゃなくて、この刀の名前」


 そういって、腰に携えた刀を見せれば、彼は興味があるようなないような、そんな声を上げる。


「元々名前が無くて、今一緒に旅をしてるのが、親みたいなものでね。名前もめんどうだから、同じでいいって……君は?」


 彼と同じくらいの目線になるように、屈めば、彼は少しだけ眉をひそめたが、


万亀なきり。一万二万の万にカメ」

「……変わった、名前だね」

「おじさんに言われたくない」


 それもそうだ。


「ところで、万亀君はいつからここにいたの?」

「気がついたら、ここにいたんだよ。おじさんこそ、折り紙クラブでなにしてるの?」

「折り紙クラブ? ここの教室のこと?」

「そうだよ。普段は外人用らしいけど、水曜日の六時間目は折り紙クラブなの」

「君は、ここの学校の生徒だったの?」

「そうだよ。昔だけどね」


 それで、この学校に招かれたのだろうか。どちらにしろ、この子一人を放っておくのは、さすがに心配だ。


「僕はここに用事があってきたんだけど、道が複雑で迷っちゃってるんだ。万亀君、よかったら、教室とか案内してくれない?」

「別に、いいけど」


 もし、彼が千鶴を突き落とした犯人であっても、そうでなくても、招いた相手を襲わないことは、まずない。保護の意味でも、一緒に行動したほうがいいだろう。

 二人は、早速部屋を出た。

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