ロック・ミー!

久遠了

第1話

ロック・ミー!


 西根は前列中央の席に座り、左右を見て憮然とした。

「子供ばかりだ」

 ステージ上にはバンド名を意味するという、『V∵H』と書かれた旗が掲げられていた。ヘビーメタル系新人バンドだが、西根は演奏ではなく黒い噂に興味を持っていた。

「行方不明者続出、か」

 隣の少女が西根の脇腹を肘で突いた。西根が振り向くと、幼さの残る顔を露骨にしかめていた。

「じじい、場違いじゃん」

「すまんね。仕事なんだ」

「デカかよ」

「違う。ライターさ」

 少女は胡散臭そうに西根を見ている。西根は媚びるように微笑んだ。

「邪魔はしないよ」

 少女はわざとらしくため息をつくと、西根から顔を背けた。

 地下にあるライブハウスの扉が閉まり、演奏が始まった。

 スモークの流れに乗って、五人が現れた。全員が灰色の古風なマントをまとい、フードを目深にかぶっている。

 演奏が始まっても西根は感銘を受けなかった。

『地獄からの声という割には、デスメタルってほどじゃない。プロでは無理だな』

 西根が見ていると、ボーカルの口元が歪んだ。

『笑ったのか? 俺を見て?』

 ボーカルが左手を上げると、ドラムの音質が変わった。腹を叩く低い音が場内に響く。単調な音に合わせるように観客がうなり声をあげ始めた。

 西根は飢えを感じた。満たされない不満が自然と口元から漏れる。

『どうしたんだ? 全員、俺と同じなのか』

 ボーカルがマントの中からフルートを取り出した。赤い唇だけがはっきりと見えた。唇にフルートがあてられた。

 西根は右手で胸をつかんだ。甲高い音に心が切り裂かれ、傷口から何かどろりとしたものが流れ出た。そのどす黒いものは禍々しい触手を伸ばしながら全身に広がっていく。痛みと共に飢えが凶暴さを増した。

 そして、内なる声が聞こえた。

『ほふれ…… くえ……』

「やめろ」

 西根は立ち上がり、絶叫した。

「じじい、いい声じゃん!」

 少女も愛らしい顔に笑みを浮かべて立ち上がった。

 おぞましいものが這い進むにつれ、口からよだれが溢れた。飢えが耐えられない大きさに膨れ上がっていく。吐き気に襲われ、西根は腹を押さえた。

 意識は薄れ、別の、邪悪な意識が濃くなっていく。

 残りの三人が演奏を始めた。ボーカルはフルートを手に歌い出した。

 衝撃に西根は背を反らした。喧噪の中で西根の声は誰の耳にも歓喜と愉悦に満ちているとしか聞こえなかった。

 雄叫びと少女の悲鳴が聞こえたが、気にする者はいなかった。


- 了 -

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ロック・ミー! 久遠了 @kuonryo

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