第3話

 結果から言うと、其れは杞憂などではなかった。



 刻は正午を過ぎた頃。


 講堂の玄関は、我先にと人がごった返していた。

 その人の群れの中から、心ここに在らずといった風に出てきた相原の元に、一人の男が走りよってきた。


「朝、屋上に何しに行ったんだよ?」

「うわっ!」


 突然背後から肩を叩かれ、相原の身体がびくりと大きく痙攣する。


「なんだ、でんちゅうか」


 振り向いた先にあった顔を見て、相原は胸をなでおろす。


 そのでんちゅうと呼ばれた男――田中智之たなかとしゆきは、中肉中背、至って平凡な顔立ちをしていた。

 唯一、印象に残る点は、笑みを浮かべている事が多い点であろうか。しかし、それも特徴とは言いがたいだろう。

 要するに、田中智之は、なんの変哲もない普通の高校生なのであった。そう、外見上では。


 因みにでんちゅうという呼び名は田中を音読みしたものだ。


「なんだとはなんだ。で、何しに行ったの?もしかして……告白!?」

「えっ、そ、そんな事は……」


 相原は図星を突かれ、しどろもどろな対応をする。

 そして、顔を手で覆い隠し、考えるような仕草をした。


 どうしようか。

 これは言ってしまっても良いのだろうか。

 ケイティの了承も無しに、付き合い始めた事を言いふらすのは、まるで自慢の様ではないか?

 それでは、自分の印象を悪くすると共に、ケイティの気分をも害してしまうかもしれない。


 だが、此処で言わなかったとしても、どうせすぐ付き合い始めた事は知られるだろう。

 なら、言ってしまっても特に影響は無いのではないだろうか。言い逃れをした方が怪しまれる可能性もある。

 だったらそうだな……


 相原が悩むような仕草を止め、ようやく口を開く。


「俺、今日の朝ケイティに告白されてさ、付き合うことになったんだよ」


 言う事に決めた理由は、言い逃れるのが面倒くさかったからである。

 相原は、考えた結果、考えることを放棄したのだった。






 微動だにせず像のようにその場に立ち竦んでいる智之の顔を、相原は強めに平手で叩く。

 瞬間、止まっていたかのように見えた智之の時間が動き出した。


「ど、どういうことだよそれ!?」

「だから、繰り返すけどケイティに告白されて、俺がOKしたんだよ。第一、告白って聞いてきたのでんちゅうじゃん」


 顔を驚愕の色に染めるでんちゅうに対し、相原が呆れたような顔で言う。

 でんちゅうは驚きの余り、いまにも倒れてしまいそうなほど状態を後ろに仰け反らせていた。


「ケイティってあの山口ケイティか!?」

「まあ、そうだけど」

「マジかよ……あれはS+ランクだぞ」

「はい? S+ってなんだよ」


 でんちゅうはやべっ、と言って口を押さえる。

 そして渋々、と言った風にポケットに手を入れ、手帳を取り出した。


「これは秘密だったんだけどな……口が滑っちまったからしょうがない。これ見せてやんよ」


 誰にも言うなよ?と付け加えながら、でんちゅうは手に持っている手帳を開いた。

 其処にはーー名前と、その横にアルファベットがびっしりと書かれていた。


「うわっ……なにこれ……」

「これは女子をF〜Sでランク付けしたものが書かれている手帳だ。当然だけど、Fが最低でSが最高な」


 明らかに引いている相原に対し、でんちゅうは得意げな顔で言う。

 その言葉に、相原には引っかかるものがあった。


「えっ? さっきケイティの事をS+ランクって」

「よくぞ聞いてくれたな。俺の綿密なランク付けにも、限界がある。その規定を超えるものがS+なのだ」

「なんだそりゃ……」

「要するに想定外なほどの可愛さって事だ」

「はじめからそう言え」


 何故かしたり顔を続けている智之を尻目に、相原は手帳のページを捲っていった。

 そして、何かを見つけたのか、目を大きく見開いた。


「おい、この山本悠華ってのはあれなのか?」

「そうだけど何か」

「何であいつがS+なんだよ! もしかしてお前、ロリコン?」


 図星なのか、智之の体が一瞬びくりとする。


「わ、悪いか?」

「いやわるきゃねぇけど。悠華がS+は流石にないなぁと思う」


 突然、神妙な面持ちになって言う智之に対し相原がそう即答した。

 これは別に智之を慰めようとしたわけではなく、相原にとって他人の趣味がどうでもいいものであっただけである。


「いやーでもお前がケイティにねぇ。確かにルックスいいしな、お前」


 明らかに、故意に話題を変えようと智之がしているのはわかったが、特に前の話題を続ける意味もないので、相原はそれに乗る事にした。

 そして、朝から気になっていた事を切り出す。


「ルックスが平均以上である事は自負してるけどさ」

「おい、謙遜しろよ」

「こんな事聞くのもどうかと思うけど、俺って性格クソだよな?」


 唐突に真顔になって、相原がそう問う。

 その問に対し、智之は一瞬首を傾げた。


「確かに一年の入りたての頃は厨二全開の糞野郎だったけど」

「それ正直に言われると傷つくぞ」

「今は丸くなったと思うぜ」


 そうなのか?と相原は信じきれないでいた。

 すると、智之が突然、微笑み、


「それに、俺っていう友達も作れてるだろ?」


と言った。

 そして時計を見てやべっ、と言い一瞬顔を青ざめさせた後、じゃあな!と言ってこちらに背を向けた。

 そして、


「あと、言い残したけど、あの新入生代表の石川敦花はSSランクだな」


と首だけをこちらに向け、そう言い残し、走り去っていった。

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