第1話

懐かしい夢。

遥か昔の、いや、ほんの数年前の記憶。

自分がいなくなれば全てが解決すると思っていた頃の、浅はかな考えの頃の記憶。

橋の欄干に立ち、真っ暗でもない夜空の満月を見上げながら、今日の月は赤いな、なんて呟いた。

「ごめんなさい、ありがとう」

と意味深な言葉を吐いて、後ろ向きに川へと落ちていく自分を、あぁ、落ちてるな、と他人事のように思う。




ピピピ――

「うー、ん、おわっ!え、もうこんな時間かよ」

7時40分。寝坊である。

ヤバいヤバいと制服に着替えながら、この制服も最後か、と感傷に浸る。

「シャウラー?起きてるのー?遅刻するよ!」

下から聞こえる母親の声と朝ごはんを作る音。

「起きてるよー、今行く。」

シャウラと呼ばれた少年はネクタイを締めながら階段をかけ降りる。

ダイニングに座ってテレビを眺める。

今日のニュースです。と辛気臭い調子で話すキャスター。

なんでも最近、行方不明者が増えてるらしい。老若男女問わず、時間も出身地もバラバラ。そのうちの何人かは遺体で発見され、帰ってきた人は皆その期間の記憶がない。

ネットでは神隠しだと騒がれている。


もふもふとご飯を咀嚼しながら、特に興味も無さそうなシャウラ。

一方、最近物騒ねぇ。シャウラも気を付けるんだよ。と心配そうな母親。

「大丈夫だよ」

と根拠の無い自信と、やる気のない声をもって答える。



キーンコーンカーンコーン

学校の始業のチャイムが鳴る。

「セーフ!」

ギリギリに滑り込むシャウラにバコンッと出席簿で頭を叩く担任。

「アウトだよ。ったく、卒業式ぐらいちゃんと来いよ!」

「えぇー、今日は間に合ってるよ!」

「そりゃあ、いつもに比べれば凄い早いが、遅刻は遅刻だ」

ぶーぶーと口を尖らしながら席に着く。

「じゃあ、最後の朝礼を始めるよ。」

担任の最後のという言葉に少しザワつき、少しの業務連絡の後に

「講堂に移動するよ。」

という言葉に緊張を滲ませながら移動を始めるクラスメイト。


「よう、今日も遅刻か。」

「おはよ、つーか今日は遅刻じゃねーよ。」

そーかそーかと大人な対応をするのは本当に大人のハルト(21)。

「それはそうと、シャウラも一緒に卒業か…16歳で卒業なんてお前スゲーな。」

「おう、俺は天才だからなー」

えっへんと胸を張り自慢げに言うシャウラに

「そうかよ。」

と流すハルト。

このやり取りも今日が最後。

「シャウラは卒業したらどうすんの?」

「俺は、まぁ、冒険にでも出ようかな。」

「そりゃあなぁ、この学校を卒業するんだから冒険だろうよ。」

「うーん、ハルトは?」

「俺か?俺は、最近の神隠し事件の解決でもしようかな、とか思ってる。」

「へぇ、何か有力な情報が?」

「あぁ、教えて欲しいか?」

ニヤっと笑うハルト。

「おう、教えて欲しい!」

「素直でよろしい。実はな―」

「おーい、シャウラ、ハルトここからは静かにな」

担任の注意で講堂の入口まで来ていたことに気付く。

「「はーい」」

「じゃ、続きは後でな」

少し気になるが、お預けをくらうシャウラ。

キョロキョロと辺りを見渡す。

第68回 冒険者育成学校 ヒバリ学園 卒業証書授与式

と書いてある看板を見つけ、

「ねぇハルト、後でアレの前で写真撮ろうぜ!」

とハルトにコソコソと話しかける。

「そうだな。まぁ、落ち着け」

そう言ってちょろちょろと動き回るシャウラに軽くチョップをかまして、苦笑いになる。


式はつつがなく終わりを迎え、約束通り看板の前でハルトと写真を撮り、家に帰る道中。

「なぁ、ハルト。さっきの続き」

「あぁ、実はな、神隠しはゲームが関わっているそうだ。」

「は?ゲーム?」

頭に?を浮かべる

「流石に天才の俺でも意味がわかんねぇな。」

「だろうな。説明を省き過ぎた。

なんでもqs4の〝完全感覚GOLDEN〟って言うゲームなんだが、最新の完全トリップ型のゲームで、その名の通りゲームの世界に意識だけでなく体ごとトリップするらしい。」

「へぇ、最近のゲームはすげぇな。」

「あぁ、科学の進歩にびっくりだ。それでな、神隠し事件の被害者の共通点はそのゲームをプレイした事がある人らしい。」

「ん?でもニュースでは被害者に共通点は無いって」

「それは、ゲーム会社が揉み消してるそうだ。」

なるほどな、とシャウラは思う。

「で、ハルトはそのゲームをしてみるのか?」

「あぁ、でも、もう完全感覚GOLDENのソフトは生産中止してるんだ。」

「え、じゃあどうすんだよ。」

「そのソフトを持ってる人に雇ってもらうしか無いかな」

「そうか。じゃあ冒険には行かないのか」

「そうなるな。」

「そう、か、寂しくなるな」

わかりやすくしゅんとした顔になるシャウラ。

「まぁ、いつかまた会えるよ」

ハルトはニカっと笑ってシャウラの頭をくしゃくしゃと撫でる。

そして

「じゃあなシャウラ。」

といつも通りの様子で手を振る。

そんなハルトを見ながら俺はまだ子供だな、と目に溜まっている涙に気付かれないように精一杯の笑みで手を振り返す。

「じゃあな、ハルト」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る