第1話 ちなみに私はこんにゃくが好き

「おはようございます」

 部屋に女性の声が響く。そこは穢れもない白で統一された扉も窓もない、一体どこから出れるのかはたまたどこから入れるのか、わからない不気味な部屋だった。

 そこにいるのは12人の男女。

 そしてその12人を隅に設置されている、これまた白いステージから見下すように見下ろす仮面の女性がいた。彼女は笑顔をかたどった純白の仮面に、ウェディングドレスほどの派手さはないものの、お淑やかな白いドレスを着ていた。

 先ほどのあいさつは彼女が舞台下にいる12人に向けたものだった。

 突如この部屋に連れてこられた12人はなぜここにいるのか理解できていなかった。

「あんたは、誰だ……? ここはどこだ……?」

 皆が戸惑う中で先頭にいるいかにも誠実そうな顔をしたスーツ姿の男――アラ良治リョウジが壇上の彼女にいの一番に問いかけた。

「あれ……うち、パソコンしてたはずじゃ……」

 仮面の女性がリョウジの問いかけに答えるよりも前に、リョウジの後ろから声が響く。

 リョウジは後ろを振り向き、ようやく気づく。自分以外に人がいることに。

「キミたちは……誰だ?」

「それはこっちだって聞きたい。なんでこんなところに……大学レポートだってまだだっていうのに……」

 少し焦ったように、そして困ったようにリョウジの疑問に答えたのは、整った

 顔立ちの青年――阿笠アガサ賢人ケントだった。ケントはその顔立ちに反してどことなく冴えない。それはやはり頭にぴょこんと目立つ寝癖のせいだろうか。

 結局、ケントの言葉からわかったのはケントが大学生だということだけだった。

「夢……とかじゃないですよね? でも、ワタシ……誰かに運ばれた覚えないですよ? どうやってここにきたんだろう?」

 そう言った彼女――穐山アキヤマ木乃香コノカは車椅子に乗っていた。誰かがコノカを運ぼうとするのなら、必然とでもいうべきか、コノカは顔を覚えるだろう。

 だからこそ、コノカはどうやってここに来たのかを一番疑問に思っていた。

「どうやって? 何をおっしゃいます。あなたがたは望んでここに来たのではありませんか」

 コノカの疑問に仮面の女性が答えた。

 ふざけんな! オレたちがこんな得体も知れないような場所に望んでくるわけがねぇ! 早く戻せ……オレは忙しいんだっ!」

 目つきと態度が悪い男――鎌瀬カマセコウは、まるではぐらかそうとする女性の物言いに強く反発する。

「やれやれ……これだから人間は……」

 仮面の女性は呆れ、さらに言葉を続ける。

「あなたの願いはなんですか?」

 たった一言のその言葉は、周りにいた全員を凍りつかせた。

 その言葉がなんであるか、それだけで全員が理解したのだ。

「その表情……もうおわかりになったようですね。改めまして。私はこんにゃく好きの願い叶え人ことアモロファフォラージョです」

「アモ……なんだって……?」

 ケントが彼女の名前を覚えられないのも無理はない。得体も知れない場所で、得たいの知れない人物の名前を一発で覚えれるほうがおかしい。

 まだ全員に戸惑いと緊張があるのだ。

 とはいえ、仮面の女性の名前がわからず、思わず言葉にしてしまったぶん、ケントはほかの11人と比べ、この現状に慣れようとしているのかもしれない。ただ、お気楽なだけかもしれないが。

「大丈夫。覚えられないのは百も承知ですから。私のことはアモロ、とお呼びください。ちなみに私はこんにゃくが好きだから、あのようなハンドルネームを使っているだけであって、他意はございませんので」

 それはどうでもいい、とさすがにケントですら言わなかった。というよりも、そんなことをここで平然と言えるアモロに誰もが気持ち悪さを感じていたのだった。

「で、結局なんなんですの……ここは?」

 そんななかで呆れた様子で声を出したのは西洋人形のような金髪と美貌を揃えた少女――御来屋ミクリヤ神流カンナだ。その容姿から外国人と間違えられがちだがれっきとした日本人である。

「ここは願いを叶える場所です。あなたがたの願いをかなえるために私は出現し、そしてあなたがたはここに召集されたのです」

「願いを叶えるって……そんなバカげた話がありえるわけない」

 学生服の少年――新垣ニイガキミノルはまるでアモロを見下すかのように言い放つ。

「確かに掲示板には書いたけど、こっちは暇つぶしっていうか、気まぐれってやつで。叶うなんて思ってない。ありえない」

 ミノルは早くこの場所から帰りたいのか、妙にそわそわしているようにも感じられた。

「いいえ。そのありえないことが起こるのがこの場所なのです。まあ実際にやってみないと信じてはいただけないでしょう」

「やる……って何をやるつもりなんだ……? いい加減にしろ! 今なら誘拐罪だけですむ。自首するんだ」

 ミノルの後ろ、アモロを観察するように見ていた男――忸怩ジクジ訓示クンジが全員を押しのけるように前に出て言う。手には警察手帳があった。

「おっさん……さっさと捕まえちまえよ、こんなやつ」

 今までじっとしていた、目の死んだ少年――西田ニシダ比嘉志ヒガシが強気に叫ぶ。

 ヒガシはまるで何日も着替えてないかのような黄ばんだ、そしてよれたTシャツを着ていた。

 ミノルはヒガシのTシャツに書かれたキャラクターがどこかで見たような気がしたが、すぐに興味を失った。そんなことよりもクンジとアモロの対峙のほうが興味をそそるのだ。

「どうします? 捕まえてみますか?」

 やってみろ、と言わんばかりにアモロは壇上から降りる。壇上からアモロが降りたことでクンジは気づく。

 背はクンジより低いもののアモロから放たれる存在感は圧倒的。

 力づくで捕まえるのが無理だとわかってしまうほどだ。

 それでも権力を主張した以上、退くわけにはいかない。それに言葉に出した少年のほかにも、ここでクンジが捕まえることに期待している人も少なからずいるようだった。

 クンジはアモロへと向かっていく。

 年齢的には中年だが、クンジは年齢よりも若く見られることが多い。それはやはり引き締まった肉体が健康的に見え、それがクンジを若く見せているのだろう。

 クンジがアモロの腕を掴む。そのまま捻って後ろに回し拘束しようとしたのだろう。

 けれど気づけばクンジが手を捻られ、後ろ手で拘束されていた。

 クンジ自身、まったく意味がわからなかったのだから、周囲の人間も何が起こったのかわからなかった。

 それでも、

「助太刀する」

 アモロの圧倒的な存在感をわかっていながらも、クンジがまったく太刀打ちできなかったことを見ていながらも、正義に駆られてか、ひとりの男――二踏ニブミテツが走り出した。もっともそこに正義も悪もないのだが。

 そして見事、としか言いようのない綺麗なフォームからの、まるで見本を見せているかのような回し蹴りがアモロに放たれていた。

 しかし、アモロはクンジの拘束を解くこともなくもう片方の手でそれをガードした。

 驚いたのはテツだった。か細い腕のアモロに自分の蹴りが止められるとは思ってもなかったのだ。

「わかりましたか? そんな無駄なことをするよりも、早く願いを叶えたほうが得策ですよ?」

 そう言ってアモロは笑い、クンジの拘束を解く。

「大丈夫ですか?」

 クンジのことを少女――波々原ハハハラ悦葉エツハが心配する。クンジにはその少女が自分の妹にだぶって見え一瞬だけ言葉を失う。

「ああ、大丈夫だ」

 我に返ったクンジがそう告げるころにはアモロが再びステージにあがる。

「もっとも、私にも私のルールがございまして、全員の願いを叶えるというわけにはいきません」

「なんか、さっきからあんたの言ってることむちゃくちゃだ」

「そうですか? 私はこの場を願いが叶う場所とは言いましたが、全員とは言ってませんから矛盾しているとは思えません……」

「そうじゃなくて……」

「いいじゃない、みんな。うちらの願いが叶うっていうなら、今はおとなしくこの人の話を聞きましょ」

 派手な衣装と濃い化粧をしたふくよかな少女――百々戸トドト都々トトが不満の声を抑えようとする。

「デブが仕切るんじゃねぇーよ!」

 それが気に食わないのか、好田コノダ翌檜アスナロが反発すると、

「あ゛? キモオタは黙っとけ!」

 トトが切り返す。

 どっちもどっちだろ……、と思いながらもミノルは言葉に出さない。余計な争いなんてごめんなのだ。

「くっくっく……」

 その光景を密かに笑っているのが富丘トミオカ慎而シンジ。シンジもミノルと同じタイプなのか、止めたりはしない。

「ケンカはよせよ、みっともない」

 結局、ケントがそう言うまでトトとアスナロの口論は続いた。

「で、先に進ませていただきますがよろしいですか」

「ああ。とりあえず、あんたの話を聞くよ」

 ケントが仕切るのが気に食わないのかアスナロはケントを睨みつけていたが、ほかの人間は特に何も言わなかった。

「さてそれでは私が願いを叶える条件ですが……それは簡単です。今から皆さんにゲームをしてもらいます」

「ゲームね……」

「ええ、とは言っても……ただ単純にサイコロを2個振っていただいて出た目の合計を競うだけでございます」

「それって……運否天賦、じゃないのか?」

「ええ、ですがあなたがたがここにいるというのも湧いて出た幸運のようなもの。それの延長上だと考えてくだされば結構です」

「そんなのであんたは楽しめるのか?」

 ケントは思わず声に出す。

「楽しめる……とは?」

「あんたは要するに願いを叶える代わりに、俺たちがゲームで四苦八苦する姿を見たいんだろ?」

「ええ」

「だとしたら、そんなサイコロをふたつ振って勝敗を決するようなもので、あんたは楽しめるのか?」

「ええ」

「……」

 ケントはそれ以上質問するのをやめた。何を言っても生返事ばかりでそれが本気なのか冗談なのか読み取れなかったからだ。

「なあ、ひとつ聞きたいんだけど……」

 ケントの代わりに言葉を発したのはミノルだ。

「なんですか?」

「こういうゲーム的なものってさ、マンガとかだと負けると借金を負うとか地下で働かされるってのが相場だろ? そういうのあるのか?」

「デメリットがあるかとおっしゃりたいんですか?」

「そうそう。勝ったら願いが叶うけど、負けたらなにかが起こるとかだったら、正直、おれはやりたくない」

「いえ、デメリットはありませんよ。勝てば願いが叶い、負ければ何も起こらない。まあ、強いて言えば願いが叶わないことがデメリットでしょうか?」

「なるほどね」

「さて、さっそくではありますが、実際にやってみましょう。この中にはまだ願いが叶うのかどうか疑っている人もいますからね、実際に勝者が願いをかなえる瞬間を見ていただいたほうがいい」

「最初は誰でもいいのか?」

 コウが尋ねるとアモロは首を縦に振る。

「ならオレだ」

「うちもやる!」

 積極的に動き出したのはコウとトト。

 ほかの人間は主張しにくい性格だったり、まだ警戒していたり、ゲームの初戦を回避して様子を窺うなど様々だった。

 ここに連れてこられてから一言も発さず壁に背をつけて腕を組む天谷アマヤ真綾マアヤは、親の仇を見るような目でアモロを見つめていた。

「では初戦はコウ様とトト様に行ってもらいましょう」

 12人の願いを叶えるゲームが始まった。

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