雪景色の箱舟

碧木ケンジ

第1話

3年前…俺は一人の女性を想っていた…


その想いは愛になる前の恋から来る想いだった…


北海道へ向かう飛行機に揺れる中、

オレンジに染まった雲の景色を見ながら今でも思い出すのは、

あの日の二人の恋を終わらせ、愛になった記念日…


まだ雪が残る時期に雪を溶かす俺たちの熱い想いだった…




?「薫…君の事が好きなんだ。

高校を卒業してお互い違う大学に行くけど…付き合ってください…」


薫「はい…優吾…くん…私、今とても幸せです…ずっとずっと…二人、で…」


言葉が言い切れず俯いて涙が零れる彼女にハンカチを差し出し

俺…榊さかき 優吾ゆうごは

エメラルドマウンテンの缶コーヒーを薫に差し出す


薫「だ、大丈夫だよ…泣いて、ないから…でも切ないよぉ…」


優吾「…もっと早く言えば良かったのに…ごめんな…

あと一か月だけしか傍にいられない…」


薫は目元が赤く腫れたまま悲しそうな顔で俺を見上げていた…


薫「私…優吾の事…四年も待たなきゃいけないんだね…」


優吾「時間が出来たら連絡入れる…

薫も大学行って獣医になるんだろ?お互い頑張ろう…」


薫「遠距離恋愛なんて辛いよ…優吾は背も高くてかっこいいし、

ベースも上手いし頭も良いから…他の子に…ううっ…」


優吾「そんなことないよ…」


薫「そんなことあるもん」


俺は中学から高校までの6年間で

バンドを学業と居候先の酒屋の手伝いの片手間にやっていた…

ベースは6年も弾いていたし、

ベースのパートが無いときはボーカルも任されることが多かった…

恋人になる前の薫は、時々部室に来て俺のベースを楽しそうに聞いていた


元々小学校の時に薫が落ち込んでいる時に

楽器を吹いて笑顔を見せてくれることに気が付いたから

俺は薫が悲しい顔をしてほしく無いから中学になってバンドを始めていた…


薫のために続けていたことだから…

他の女性に声をかけられていても友人止まりの関係を続けていた…


そういえば、

高校に進学した時に期末テストで十位以内に入って

バンドの練習で音楽室を借りていた時は、

部室の窓から女子からの黄色い声援がベースの重音にかき消されながらも、

かすかに聞こえていたことが良くあった…


そういう時の薫は遠慮して部室に来ることもなく、

図書館で待ってるから部活終わったら一緒に帰ろうって

ちょっと悲しそうな顔をしていたことが良くあった…

今思えば部活を抜けて一緒に過ごす時間を

もう少し作ってやれば良かったと思う…


薫は薫でウインタースポーツ全般は得意だったし

、図書館にいるときは成績の良い友達と勉強していることが多く

ケーキ屋やカラオケの話が小さな声で聞こえていて…

あの楽しそうにしている笑顔で声をかけにくい時もあったな…


俺と目が合った時は、

もー、居るのに黙ってるなんて意地悪だよぉ…って

プンスカと怒っていたっけ…


あの時は俺たちは子供の頃から仲のいいクラスメイトだった…

けど、俺は仲のいいクラスメイトの薫の笑顔も

恋人として見せる特別な笑顔もあの日々から欲しがっていた…



優吾「薫だって可愛いし、背も小さくて、

髪も長くて優しいから告白した後で他の男がもういたんじゃないかって

俺も不安だったんだぞ…大丈夫最高に可愛い彼女がいるって自慢してやるさ」


薫「ば、馬鹿ぁ…小さくなんかないよぉ…優吾が高いんだもん。

それに可愛いって、私子供じゃないもん」


優吾「昔からの付き合いだから知ってるだろ?

女性を褒めるときは俺は綺麗とかかっこいいって言葉をお世辞に使う。

可愛いという言葉を使うのは昔から自分の思いを伝えずにいた

目の前にいる素敵な女性だけだって事をさ…」


薫「恥ずかしいこと、真剣な顔で言うなぁ…馬鹿ぁ…」


優吾「恥ずかしい事じゃないさ

、いつだって真面目に接してくれた恋人を可愛いと言えるのは

俺自身の素直な言葉なんだから」


身長173センチの俺の胸に薫は握り拳で

ポカポカと葬式で叩く木魚のように叩いていた…

可愛らしいコンプレックスを持っている158センチの俺の彼女は

そのまま俺の胸に顔を埋めて黙ってしまった


しばらくして俺の胸から顔を見せた薫は右手を俺の頬に添えてこういった


薫「じゃあ恋人なら…恋人なら…キ、キ…」


聞き終わる前に俺は無言で薫の体をそっと離し、

突然の事で不安そうな顔をしている薫の目の位置に合うように腰を低くし…


唇を薫の唇に軽く当てた


すぐに離し、照れ隠しに俺は、

これからどっか遊びに行こうか?っと薫に笑顔で言う


薫は、あっ…っとか言葉を途切れて顔が赤くなっていた


優吾「これからはお前の事だけを想うよ。いつまでも」


俯いて、はい…という言葉を聞いて

俺は昨日から考えていた初デートの告白をする


優吾「それじゃあ、明日さ…

二人の恋人の記念に学校終わったらそのまま薫の好きなあの場所に…」



あの日…そう…あの日に…

俺が調子に乗ってあんな馬鹿なことを言わなければ

…運命は変わらずに幸せはそこにあった…


あんな言葉を言わなければと飛行機の座席に座る俺は

…今でも鮮明にあの光景が浮かび辛い顔になる…


あの事件の後に泣いていた女の子は誰だったか

…今となっては名前も思い出せない…

俺が薫に向けて演奏した文化祭バンドライブを、

最高の演奏でしたっと言ったあの子は…


俺と薫の事を陰ながら支えていたと薫の母親の俊美さんから聞いて、

どうしてもお礼の言葉を述べたくて探し回って見つからなかった

…あの子はどうしているのだろう…




俺がそんな事を機内で思い返していると隣の席の主から声がかかってくる


?「優吾、何見てんだよ?まだ雲しか見えないぜ。

遠く見ちゃってる目をしてさ~。

何?哲学キャラな一面がお前に会った系男子なわけ?ウケるぅ~」


優吾「ああ悪い、昌幸…つい色々考えていてさ…

それにしても今日はテンション高いな」


隣に座って俺に陽気に話す男は同い年の…大平…


昌幸「何言ってんすかぁ~、割とマジで!俺、今回が初北海道だぜ?

上がるでしょ、テンションが!ほら俺、長野じゃんか?

雪はどっちも凄いけど、

同じ12月の雪っぷりじゃ北海道が若干勝ってるんじゃねー的なスレも多いし…

見極めてマジレスしてやりたいわけですよ?」


…大平昌幸おおひらまさゆき…俺と同じ大学、学部の友人だ…

いつもはこんなにテンションが高いわけじゃない。

楽しそうなことがあるとこういう感じになるので、

適度に相槌をうつのがベターな奴だ

こう見えて来年中学教師になることが確約されている奴だ…


優吾「やっぱり自分の希望した学校に少しでも慣れたいのか?」


昌幸「北海道ってうまいもんとか多いし、

そこで教師とか…悪 く な い っ ☆って感じだよ~。

優吾が北海道出身で世話になってた家まで泊めてくれるなんて

マジに感謝ですよ。優吾さんパネェっす!」


最初に出会った時は同じ学部でたまたま隣の席だった、

ネットスラングの言葉を混ぜる話し方は、

初見では苦手意識が出たが真面目なときは真面目で

遊ぶときは遊ぶメリハリのきいた奴だと大学生活を四年ほど過ごして

嫌でも解った…


優吾「部長からあんだけ頼まれれば断る訳にもいかないしな…

お前の分の飛行機代まで出してくれるんだから断るどころか何も言えないよ」


昌幸「まあ今年で写真部最後だし、

後輩のためにも北海道の景色を一枚でも多く撮るのが

カメラマンとしての礼儀だと思うからな」


そして急に真面目になりだすから時々相手をしていて

疲れるのは四年たっても慣れないものだ…


こんな奴だが俺が参っている時に、

こいつが最初に話しかけてきて楽しい学生生活を送りながら、

心にあった痛みを和らげることが出来たのは感謝していた。

だから写真部の部長が頼んでいた時から、

俺の過去の事情も知らないこいつを連れて行こうと思った。


大学に入る前の七年間居候していたおじさん達には

家の手伝いをしてくれるという話を入れたら快く引き受けてくれた。

何にせよ、大学の冬休みが始まって、

お互い内定が決まって最後の学生生活を送るには昌幸のやつを

俺の事情とは関係なしに旅を楽しませてやりたいという気持ちもある。


優吾「9日間もある長い旅だが、

お前の旅費が部から出るなんて最初は信じられなかったよ。

写真部にとって北海道の景色はそれほど価値があるんだな…」


昌幸「いやーそれもあるけど、

実は写真部の他にオンラインで知り合った写真コミュニティの奴らとも会うから

そいつらとも一緒に色々撮るんだわ。

そのメンバーに部長の憧れるプロのカメラマンやジャーナリストとかいてさー。

来たら特別なカメラとか世界中を回った時のスクープの記事とか写真を

色々くれるって言うんだよー!

ネットで渡すのは味気ないから現物をな!郵送ってのはなんか萎えるし、

コンクールとかで入賞したウチの部には良い財産になるって話したら

部長大喜びでな!

景色以外にも価値のある旅なんだなーこれが!

もちろん俺も来年から北海道の中学教師なわけだし、

希望した通りの学校がお前の母校だし、

これは麻雀的に例えるならリーチ一発面前自摸二盃口ドラ四って運の良さだよ!」


相変わらず好きな事には良く喋るやつだ

…話の中にところどころ熱意が見られる内容があった。


写真部の昌幸は自然や神秘的な景色、

見たこともない風景を誰よりも早く撮り、

自分だけの最高の一枚を見つけたい、

という陽気で軽そうな普段とは違ったスタンスがあった。


教師をやりながら世界旅行をして自分だけの写真を見つけ、

生徒に見せて世界の広さを教えてやりたいというこだわりもあるらしい。


部長が直接行かずにこいつが選ばれた理由がなんとなくわかった気がする…

昌幸は本当に写真を撮ることが好きな奴だから行かせたんだと…


優吾「部費を出した理由は他にもあったんだな…

麻雀はよくわからないが、そのイッパツリャンドラ何とかは高い役ってことか?」


昌幸「これを半荘の二、三局目の自分が親の時に出すと相手が顔には出さないがムッっとくるほどには高いぜ、そういう時は笑うのがベストでーす」


随分と生々しい話だな…


優吾「コミュニティの人ら相手に部費を賭けるなよ」


昌幸「大丈夫!写真が撮れない時間帯でも賭けるのは俺が持ってきた分だけだよ。最新式カメラを買うまでの近道だぜ!」


ちゃっかりしているというか…何と言うか…


昌幸「しかしお前荷物少な目だよな、

親戚の家か何かだっけか?着いたら俺のカメラとか道具持つの手伝ってくれよ。

一人で持つと重いけど、二人なら案外軽い奴ばかりだからさ」


優吾「わかった…前向きに検討しておくよ」


昌幸「政治家みたいなこと言っちゃって…」


また話が長くなりそうな気がした…


優吾「悪い、眠くなったから、しばらく寝かせてくれ」


昌幸「はいはい、わかりましたよ先生…あとは秘書の私めにお任せを…」


冗談を聞いた後に目を閉じて座席の角度を下げて眠りについた…

まどろむ意識の中…俺は荷物の中にある指輪の入ったペンダントが浮かんだ…

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