優「くそ、やられた――!」

 正直、先に言われてしまったかって感じだった。


 三浦の言葉で悟った事。それは相手の十割ある中の全てを好きでなければいけない理由などない、という多面的な考え方だった。簡単だけれど、ついついそういった思考には行き着けずに極端論で語ってしまうあたり、俺も子供だなぁって思う。


 ……というわけで俺は勇に堂々たる告白をされてしまった。


 夫婦、といっても婚約段階ではあるが、それでも一緒に暮らしている俺達の間で「好きだ」という言葉が用いられたのは初めての事だったりする。順番が無茶苦茶だとか、そういう部分に関して今まで疑問を持たなかったのか。そう問われれば、今までの俺達は自分の理解してくれる相手として気に入りあっていたのだ。


 表面上は仲がよさそうに見せてもそれは文字通り、表面上。


 確かに外見は自分好みに調整しているだから気持ちが傾きやすいがしかし、実際は相手の事など見ていなかった。


 ただ、今までの境遇から仕方なかったとはいえ、相手に理解してほしいという願望がこれでもかというくらいにお互い、溢れ出ていた。そして、それを暗にぶつけ合っていた日々で炸裂したのが今日。


 腹の底まで中身が見えてようやく、互いの裏表を知った。


 だから、平面的な認識は消え失せて、俺達が用いる相手の見方は随分と立派になった。そんな成長において、先行して勇が告白してきたのだ。


 正直、内心でこれだけ饒舌に。そして、細やかに物事を考察出来ているのは、勇の言葉が嬉しかった以上に慣れておらず、脳内は沸騰。俺の許容量を超えた質量を持った告白によって席巻され、そして本来有していないような速度の思考によってオーバーヒート寸前だ。漫画的な表現が現実でも行えるならば、俺の頭からは煙が噴き出しているだろう。


 一方で、現実の俺はというと勇からの言葉に驚いて目線を逸らし、そして硬直してしまっている。顔が火照っているのを感じるが、仮に顔が赤くなったとしてこの夕焼けに紛れて悟られる事はないだろう。


 それにしても勇は俺の価値観を尊重し、受け入れると言った。正直、三浦の言葉で悟った俺のセリフを先読みして用いられるとはなぁ……。


 そう俺が決断した答えも、勇と全く同じ。


 それならば、俺も勇にその事を早く明言しなければならないのだがしかし、さっきから言葉を発しようにも唇が震え、言葉は脳内にて文章を構成出来ず、完全に混乱。


 そうだ、深呼吸をせねば。


 そう思って突如として息を深く吸ったり吐いたりする俺の事を勇は「何やってるんだ、こいつは」とか思うかも知れない。


 しかし――しかし、だ。


 精神的には同性だった女子から学生時代、告白された事はあったものの……男子生徒から告白された事はなかったのだ。異性からの告白がこんなにもパニックを引き起こすものだとは。心臓が喉から飛び出てしまいそうだ。


 でも、今は思う。


 例えば、自分に合わない趣味趣向を相手が持っていたってそれでいいじゃないか。

 口に出せば、何もかもが壊れるかも知れないという可能性。

 そんな日々に怯えて過ごしてきた俺だから嫌というほど分かっている。

 

 ――真実を告げなければ、何もかも始まりはしないのだ。

 だから。


 俺は咳払いをして、調子を整える。


「えーっと、そのぉ……あれだ。何か、勇に先を越されて言われた感はあるけれど。しかしまぁ、俺も自分の意見を曲げるつもりはないんだな。だって、それはお前さんも語ったように、勇の趣味を尊重したいからだ。……正直、あのドゥーニャちゃんで盛り上がって騒いでないお前さんなんて、らしくないしな。俺は今朝、自分のらしさで腹を立てたけどさ……結局、ああいう一面――はっきりものを言うだとか、言わないだとかそういうのも俺だもんな。そういうのひっくるめて受け入れてくれるってんなら、全部俺らしさって事だよな。つまり何が言いたいかっていうと……その、とりあえず只野達の事を『あんな奴ら』って言ったのは謝る。ごめんな。確かにああいうアニメの表現は好かないけれど、支持する人間の気持ちが理解出来ないっていう無知な俺はもういないのだし、撤回する。そんでもって、お前さんはそういう自分の趣味を妥協しないだとか、って事を明言したわけだけど……えーっと、何て言うんだろう。そのぉ……あー、もう、とりあえず単刀直入に言って、すげぇ格好いいと思う!


 

 だから、俺も……えー、つまりだ。あー、えっと、勇の事……好きだ」



 堂々と気持ちを伝えきった勇に対して、俺はこういう土壇場になると意外にも……いや案外傍から見てる奴としては予想どおりなのか、それは分からないけれど素直に表現できない人間だったらしい。


 目線は完全に勇から逸れていて、そんな容姿では駄目だと視線を彼の方へと戻す。しかし、緊張が加速するのでやっぱり他の方を向くしかなくなる。


 あぁ……我ながら情けない。


 とはいえ、これが俺達のあるべき形なのだ、という事に二人とも納得した瞬間ではあったと思う。互いに理解される事に飢えていたために向き合わなかった相手の本心を折る事なく、妥協させる事もする事もなく――認め合えた。


 ……そんな心が通じたのだろうか?


 勇がゆっくりと笑みを浮かべると、俺はそれに釣られるように抱えていた羞恥心を少しずつ溶かしながら同じ表情に同調していく。そして、そんな笑みは段々と笑い声を誘発する種となり、どちらともなく声を上げて笑った。


 そんな時だった――。


「いやぁ、よかったよかった。何とか元の鞘に収まったね」

「ですねー。一時はどうなる事かと。いや、そんな心配は私、最初からしてなかったように思います。だって、この二人ですもん」

「そうだね。僕としても彼らの不和は何だかんだで乗り越えられる試練的なもの。そういう気がしていたよ」


 噴水の裏側、俺と勇からは視覚となっていた場所から愛衣ちゃんと三浦が弾む会話と共に現れたのだった。


 互いに顔を見合わせて、状況に混乱する俺と勇。


「ど、どういう事ですか。どうしてこの二人が一緒にいるのですか?」


 想定外の組み合わせに混乱を隠しきれずに問いかける勇。


 俺はとりあえず三浦が愛衣ちゃんと会話をした事があるという事実だけは知っていたのだが――しかし、勇が来る直前に三浦は帰宅したはずと思っていたので噴水の裏に居るとは全く知らなかった。


 それ以上に――この二人がそんなに打ち解けているなんて、思ってもみなかった。


「おねーちゃん、気付く余地はあったんだよ。私がおねーちゃんの居場所を突き止めた方法……それは端的に言って、喫茶店へと向かうという事実を開示した人間が居たって事なんだから」

「そういう事。今日、愛衣ちゃんと出会って僕と彼女の意見が一致したのさ。今まで壮絶な日々を送ってきた君達の不和を取り除く――いや、その表現はよくないか。互いの認められない部分を受け入れるという人間関係の通過儀礼的なものを乗り越える手伝いをしよう、とね」


 互いに顔を見合わせて、不敵に笑む三浦と愛衣ちゃん。


 そんな挙動こそは俺と勇に似ているが、両者に伴う意味が違う。


 あの二人は、作戦の成功を祝しているようでありながら。そう、俺達の初々しい告白の行い合いを見ものだったとでも言わんばかりににやにやとしているのだ。


 くそ、やられた!

 それにしても――だ。


 俺は三浦から愛衣ちゃんとの接触があったとは聞かされていたけれど、全貌を明かされているわけではないようだった。愛衣ちゃんはさっき、「三浦が勇の居場所……つまり喫茶店にいるという事実を語った」と、だから知り得たのだと言った。


 ならば、喫茶店に向かうという予定であったにしろ、三浦に吹き込んだのは勇自身という事になるのだが、この二人が会った瞬間が存在したという事なのか?


「これは一本取られましたね、三浦さん。今朝、私があなたの側頭部を扉で強打した瞬間からこれは計画されていた事なのですか?」


 感情の折り合いがつかないのか嘆息して呆れかえるような、肩の力が抜けたような……そんな態度の勇は頬を人差し指で掻きながら問い掛ける。


 今朝、側頭部を殴打?


 そういえば、三浦も「今朝、側頭部を殴打された」と言っていて、俺はそれを半ば面白がって平手打ちしていたのだが――そうか。大体は把握した。勇が俺との諍いで飛び出していった時に聞き耳を立てていたらしい三浦を扉で殴打したのか。それにびっくりしたとかそういう理由で扉を強く閉じ、俺はそんな音に対して「怒ってるなー」と感じてたってわけか。


「計画自体はもっと後だよ。勇くんがあの友人……えーっと、只野くんか。彼との待ち合わせ時間までは勇くんと行動を共にし、別れてから僕は折角、外出したのだからと商店街内の飲食店で昼食を済ませ、ウインドウショッピングと洒落込んで帰宅する道中だったんだ。そんな最中、不意に声を掛けられてね」

「それが私だよ。優さんのアニメの視聴が終わった事を期に家を出たの。でも、優さんがアニメ的な趣味を受け入れない理由が少々、強烈かなと思って。きっとおねーちゃんはその只野さんに優さんが腹の内に何を抱えているのかを聞き、それによって行き止まりを感じてしまう。そう思ったから、おねーちゃんに優さんは歩み寄る姿勢を示してるんだよって言いに行こうとした。でも、いくら私でもおねーちゃんの所在が掴めなかったの」

「そんな事情を抱えている愛衣ちゃんの欲する情報を偶然にも僕は持っていた。全容を語ればそういう事だね」


 俺は三浦と愛衣ちゃんの説明によって全ての疑問が氷解した所だった。


 全く持って、奇妙な偶然が重なり過ぎもいい所である。しかし、そんな偶然が動かした故に勇の事を理解出来たというのなら、それは悪くないと素直に思える。


 俺と勇は再び視線が合致した瞬間に微笑み、そんな感情を共有した気がした。


 何だか幸福だ、なんて柄にもなく思ってしまう。


 そんな俺と勇の見つめ合う光景を下世話な笑みと共に見つめていた三浦と愛衣ちゃん。


「おやおや、お熱い事だね」

「妬けちゃいますねー」


 愛衣ちゃんと三浦は茶化すような口調で口々にそう語った。


「何だと! その側頭部、もう一度殴ってやろうか!」

「おっと、それは望むところだね!」

「愛衣も愛衣です。学校をサボった事、両親に言いつけますよ!」

「その体では無理だと私は知ってるもーん」

「ほう。ならば優に電話してもらいます」

「お、それなら三浦が喜ばないように俺も勇に三浦の側頭部をだな」

「すまない。男性に殴られるなんて、それは願ってもない事なのだが」


 そんなこんなで賑やかな会話と共に、追うが先か逃げるが先か――どちらともなく走り出した俺達。俺と勇は羞恥心に駆られた怒りをぶつけるために、必死に三浦と愛衣ちゃんの背中を追う。


 そんな締めくくりを持って、俺達の不和が生んだ怒涛の一日が過ぎていったのだった。





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