フレンドリー・アグレッサー

見栄



地球から少し離れたところに、ひとつの惑星があった。その星はFA星といい、我々地球人と同じようにいくつもの文明と長い歴史が築かれた星だった。

FAの科学技術は地球よりも随分と発達しており、彼らはその大きな科学力を持って地球を侵略しようと考えた。もっとも、不思議なことに我々地球人はFA星とその星に住む生命を確認することができないので、彼らの侵略に抗うことは不可能と言い切れてしまうのだが。

この物語は、FAのトップ達による地球侵略の話である。



フレンドリー・アグレッサー



FAの代表者らは地球侵略を数十年ほど前から企てていたのだが、なにせ他星の侵略など初めてであったので、なかなかまとまった案を長い間しぼり切ることができずにいた。

 今回の地球侵略会議の参加メンバーは、軍の最高幹部のポチオ、天才科学者メリアント、大富豪のプラークス、闇社会のドン・サディランカー、FAの未来を背負う若者、ロット。そして今回の侵略会議の開催者であり、FA星の代表であるランス。今回の侵略会議のメンバー編成は、「様々な分野における意見を取り入れたい」というランス代表の意思によるものである。


「これから第XX回地球侵略会議を始める。目的など、詳細は配られた書類の中に明記してあるので、各々目を通しておいて欲しい。早速だが、どのような方法で地球を支配すべきなのか君たちに意見を聞きたい。では私の左から、ポチオ君」

「ランス代表! 我輩は軍の指揮をしておりますが、やはり我が軍が地球を武力制圧し、地球人どもを屈服させるのが一番であると思うのであります」

 FA軍最高幹部のポチオは、フンフンと鼻を鳴らしながら主張した。武力制圧という意見は、星を侵略する方法としては最もふさわしいと言えるだろう。恐ろしいことである。

「確かに武力制圧は地球侵略の策略としては一番に考えられることですねぇ。しかし、地球人の応戦によって我々に被害が及ぶだろうことを考えると……まぁ、ポチオ氏は戦いばかりをしてこられた方ですからねぇ」

「何だと!」

科学者メリアントはポチオの主張を、皮肉を交えて批判した。ポチオの怒鳴り声をうまく躱し、話を続けた。

「私は武力で侵略するのではなく、FAの大いに発達した科学力で攻めるべきかと」

「……と、言うと?」

「考えているのは、クスリですよ。地球に麻薬をバラまいたら、反撃することはほぼ不可能でしょう」

 メリアントはうっとりと残忍を語り、彼のその姿に会議メンバーは呆れるばかりであった。科学者ではなく快楽殺人者のそれである。ただポチオのみがフンフンと鼻を鳴らして自分の意見を批判されたことに腹を立てていた。

「ボクは~地球の金融を支配するべきだと思うなあ~」

 FAで一番の富豪であるプラークスはおっとりと意見した。頬杖をつき、目を細める。ランスはポチオとメリアントに着席を命じ、プラークスに発言を促した。

「地球人はお金に依存しているところがあってね~。それはFAでも同じに言えちゃうけど、やっぱりそこを突いたらうまく丸め込めると思うよ~。お金に困ったら食べ物にも困るしね」

「……金回りにも言えることだが、俺は地球人どもの人間関係を俺らがかき回せば、やつらの自滅を狙えると思うんだがね」

 FAの闇を見てきた裏社会のボス、サディランカーは静かに呟いた。ジッポで煙草に火を付け、煙を肺に届かせ、それから吐き出す。プラークスは、煙草の副流煙を思い切り吸ってむせた。

「ちょっと~、煙草はやめてくれないか」

「ん? ああ、悪いな」

持参してきた携帯灰皿を取り出して火を付けたばかりの煙草を消した。ポチオはサディランカーの一連の動作を見て「煙草が勿体無い」と一人思っていた。

「続きを言うぜ。まず俺達が地球人に化けるだろ。そこである程度人間と友情だとか色恋だとかに危険が及ばない程度で関係を結ぶ。やつらは愛にひどく飢えているからな。関係を持つことなんて容易いだろう。んで、その関係を裏切り、複雑にさせる。面倒事があったら星に帰ればいい。あとはやつら、何も信じられなくなって自滅していくだけだろう。ちと手のかかる作戦だが、危害は無いに等しいぜ。まあ、うまくやれば、の話なんだが」

「ふむ、なかなか面白い意見ですねぇ。ですが、確かに手のかかる作戦。それに成功する保証は……」

「それを言うならメリアントのドラッグ作戦だって時間のかかることではないか! 対地球人用の薬物なんぞ一体いつになったら完成するのだ! やはり武力制圧が手っ取り早く一番である!」

「武力制圧は被害が大きいところが痛いな~。お金回りを支配すれば豊かさだけじゃなく、命の危機にも陥れることだって可能なのに~」

「金回りも勿論重要だ。時間のかかることかもしれねえが、地球人どもを混乱させたところを突くのも悪くねえと思うが」

侵略会議が騒がしくなってきた。互いの意見を批判し合い、ついにはテーブルに並べ置かれていたペンや書類が飛び交うようになった。ランスは初めのうちはメンバーの意見を聴いていたが、投げられたペットボトルがランスの頭に命中したあたりで「君たち、いい加減にしたまえ!」と怒鳴った。しかし会議は喧しさを増すばかりである。ランスは彼らの大人気なさに頭を抱えた。そこに、透き通った声が騒がしい会議室に響き渡った。


「戦争もドラッグも金も人間関係も、どれも侵略には相応しくありません」

とくべつ大きな声だったわけではない。しかし会議メンバーたちの耳にはハッキリと聞こえていた。彼らは声のほうを黙って見つめた。新人のロットである。俯いているロットが一体どんな表情をしてざわついた会議を遮ったのか、皆興味深く彼を凝視した。

視線を物ともせず、ロットはゆっくりと顔を上げた。穏やかな表情で笑っている。

「会議メンバーの話の節を折るような発言だな。ああ、いや皮肉ではない。……ロットといったか、君の意見を是非聞きたい」

 思い出したかのようにランスは口を開いた。また、疑問にも思った。このロットという青年を会議に招いたのは何故であったか。メンバー編成は全てランスが行ったのにも関わらず、彼をこの侵略会議に呼んだ理由を忘れてしまった。

――そもそも、この青年を呼んだのは私であったか?

「話の節を折るような発言をしたのは自覚しています。ですが、ぼくは戦争、ドラッグ、金、人間関係、どれも侵略には不適だと思うのです。結論から言わせて頂きますが、地球侵略に必要なもの、僕はそれが愛だと考えています」

場が一斉にどよめいた。こいつ今、「愛」と言ったか?

「愛ですって! ロット氏、君はここが何の会議をしているのか、お分かりでしょうねぇ! 子供の喧嘩を窘めたり、ボランティア活動の勧告をしたりするための会議ではないのですよ!」

「メリアントさん、僕はここが侵略会議の場であることは重々承知をしております。その上で愛が必要だと言ったのです」

メリアントはゴクリ、と音がするほど固唾を呑んだ。このロットという男、予想外である。ランスはロットを睨み、続けるように促す。

「僕の意見はサディランカーさんの意見と似ているようで、全く逆です。サディランカーさんがおっしゃるように、地球人は愛にひどく飢えている。ですが、そこで地球人から愛を遠ざけるのではなく近づけるのです。地球人は彼ら同士で助け合うことは決して多くはない。誰かを助けるやつは、そいつの家族や友人だったり、他人を助けることができるほど優しいやつだったり……ほんの少しの一部です。中には見返りを求めるためや、自分の利益を考えて行動する者も多くいるでしょう。地球人は自分たちを信じすぎているあまり、裏切られたときの反動は強いのです。裏切られ、傷心な地球人たちに、僕らFAが何の見返りも期待せず――もちろん、地球侵略という最大の見返りは頂くつもりですが――彼らに手を差し伸べる。地球人は僕らをきっと信用しますよ。そうして地球全体が愛に包まれたところで、僕らは地球を丸め込みましょう。その時の地球は、僕らに敵意を向ける者なんか一人もいない、うつくしい星になっているだろうな」

侵略会議のメンバーは黙ってロットの話を聴いていた。唖然としていたが、彼らは目から鱗の出る思いで耳をすましていた。

ロットが最初に「愛」と言い出したときは、どうやってこの場違いな若者を追い出してやろうかとすら考えた者もいたが、彼の意見は何だか様になっているのだ。おかしなことを言っている、と馬鹿にしたい気持ちが薄れてゆき、絶対に成功するという自信が勇気となって湧き出してくる。会議内容は物騒であったが、メンバーの気持ちは暖かいものとなっていった。

プラークスはクツクツと肩を震わせ、会議の沈黙を打ち破るように笑い出した。

「へぇ~何だかとっても愉快なきもちだなあ! 愛が世界を滅ぼすなんて聞いたことがないよ。ねえ、物欲に満たされない地球人はきっとお金が必要だよね~。ボク、陰で地球のお金の流れを良くしようと思うんだ。景気がいいって幸福なことだよ、もちろん」

プラークスの口ぶりは、ロットの出した案がさも実現すると信じ込んでいるようなものだった。プラークスはロットの「愛こそが侵略に必要不可欠である」という意見に賛成している。

そして、そう思っているのはプラークスだけではなかった。

「ウム! 我輩、侵略といえば戦争のことしか頭になかったぞ。……メリアントの言うとおり、我輩は戦争ばかりをしてきたからな。力だけは十分にある我が軍である。我輩たちは戦争で危機に瀕する地球人どもを救うべきであるだろう!」

「ああ、俺はこの若造が愛だとぬかしやがったときは何を言い出すのかとも思ったが、面白い話じゃねえか。確かに俺が思っていたものとは真逆の意見ではあるが……どうしたらこんな発想ができんのかね。俺達は地球人どものイザコザをうまいこと仲介してやろうか。間抜けな地球人どもに、どれほど感謝されるだろうね、ハハ」

「……科学は、このFAの進歩した科学は、ただ人を傷つけるためだけにあるのではないということを思い出しましたよ。ロット氏の意見は精神論にも見受けられますが、賛成です。私は人を救う薬の開発を進めましょう」

話が勝手に進められていく中で、ランスは深く思慮していた。ロットという男の言い分は、我々が絞り出した意見の中で最も優しい。ポチオ、メリアント、プラークス、サディランカー。彼らを今回の侵略会議に寄越したのは、他でもないランスである。しかし、ランスは「よくもまあここまで凶暴な男たちを集めたものだ」と、自分を内心で苦笑いするほど、今回の会議は荒れると予想していた。だが、会議は今までで最も平和的な結論を出して終わりを迎えようとしている。

凶暴な男たちはランスを待っている。最終的に決断をするのはランスなのだ。

――本当にこの結論で国民は満足してくれるだろうか。

「ランス代表」

ロットはあの透き通った声でランスを呼んだ。

「僕を含めた五人が、賛成してくれている。この侵略作戦は過去に前例のない優しすぎるものです。ですが、このFAの発達した科学力を持ってすれば可能です。貴方が許可をしてくだされば、我々は貴方についていくだけなのです。ランス代表、貴方はどう思われるでしょうか」

メンバーは自信に満ちた目でランスを見ていた。ランスはぐう、と唸り、そして応えるように頷いた。ランス自身の意志である。ランスはFAの代表でありながら、FAの住民なのだ。

「賛成だ。ロット君の案は『フレンドリー・アグレス作戦』と名付けよう。地球の言語で「優しい侵略」という意味を持つ。これから、君たちを筆頭としてフレンドリー・アグレス作戦会議を度々設けたい。異論はあるかね」

五人は自分たちの星の代表者に心からの拍手を送り、地球侵略会議は今までで最も平和的な結論を出して終わりを迎えた。


            ◇


数年後、地球の各地で喜ばしいニュースが多々あった。長年続いていた戦争の和解、不治の病をすらも回復の兆しを見せる医療技術の開発、景気の回復で暮らしが豊かになる人々の増加。

「どうしてこう立て続けに良いことが起きるのだろうか」

地球人たちは最初のうちは疑問に感じていたが、幸せならばそれで良い、といってとくべつ気に病むことはしなくなった。


「地球は元々うつくしいものだと思っていたが……最近はよりうつくしさに磨きがかかってきたように感じられる。フレンドリー・アグレスは成功したと言えるのか」

真っ暗な宇宙に煌めく星々を背景に、青々とした地球が浮かんでいる。うつくしく青い星をFA星の地上からうっそりとランスは眺めた。

「私たちは地球を深く知りすぎたようだ。侵略のために地球人に優しさを振りまいているうちに、私たちの心もすっかり愛に満たされた。侵略という最終目的に準ずるとするならば、フレンドリー・アグレス作戦は大失敗である。だが、この作戦失敗において我がFAの住民たちは果たして嘆くだろうか。これが一番良いのだ、……なあ、ロットよ」

静かな星空にランスの声が響く。

「お前は今、一体どこにいるのだ……」


            ◇


故郷の地を踏む。ザリ、という砂の音。熱く燃える太陽。棘のたくさんついたカラカラのサボテン。焼けるような砂漠の中に佇むオアシスに人が集まってできた街。広場のベンチに座ってアイスクリームを食べている少年たちが「おれたち最近幸せだよな」と笑い合っている。それを横目にフウとため息をつく。

苦しいのではない、嬉しいのだ。

広場を通り過ぎ、自宅の扉を開けた。家には誰も居らず、シン、と静まり返っている。今朝方に泉から汲んできた新鮮な水をグラスになみなみと注ぐ。深緑のソファに深く腰を掛け、しばらく無心でグラスに入った水を見ていた。

そして、彼は誰に言うでもなく静かに語り始めた。


「FAの科学技術は、地球のそれよりもずっと発達している。だけど、FA住民は地球人よりもずっと単純だった。愛で世界を支配することがどれだけ馬鹿げたことなのか、それは僕が一番理解しているとも。分かっていなかったのはFAのほうだ。少し精神論だとしても説得で押し切れるFA住民たち。単純だが……だからこそ、とっても優しい人たちばかりだった。だけど、この青くうつくしい星を誰かのものにしてはならない。戦争もドラッグも不況や飢饉も複雑な人間関係も、うつくしい僕らの星には絶対にあってはならない」

グラスに入った水を飲み干した。彼の家の窓からは太陽はうつらない。代わりにFAの星が大きく姿を見せている。だがこの地球において、彼以外にFAを認識できる者は、誰一人としていないのだ。


「僕だけがFAを認識できる。だからこの星は僕が守る。ほんとうのフレンドリー・アグレッサーとはこの僕のことだ」

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