魔奧に触れたもの1
「じゃあ、また」
夜が明け、朝食を一緒に摂り、田中家玄関前。
柳子ちゃんに挨拶して、その場をあとにする、と思ったら、
「い、いつのさん」
私服柳子ちゃんに呼び止められる。
「何かな?」
問うと、柳子ちゃんは若干頬を染めた。それから言いにくそうに、
「その、昨晩のこと……なんですが」
と仰った。
これは……龍の姿を打ち明けたことなのか、それとも、そのあとのことを指しているのか。
昨晩――柳子ちゃんは僕の布団の中で、ひとしきり泣いたあと、自室へと戻っていった。その時、僕は狸寝入りをしていたので、柳子ちゃんが指しているのは前者であると思われるが――
「い、いえ、やっぱりいいです」
頬を赤くしたまま、柳子ちゃんはそれでは、と別れの挨拶をして、家に戻っていった。
なんだあの反応は。
起きてたことがバレてたとか? それならそれで、直球な柳子ちゃんなら、指摘してきそうなものだけど。
……まぁいいか。今はとりあえず、そうだな、先輩のところに行って、稽古をつけてもらわないと。
二日後の、田中さんとの戦いに向けて。
◆
それからの二日間は、任務にも行かず、朝から晩までとにかく先輩との稽古に明け暮れた。
この稽古で二槍流への理解を深め、なんとか実戦レベルで使えるまでには、勘を取り戻したが……それでも何かが足りない感は否めなかった。
そのことについて先輩に相談したら、彼女は一言、
「戦ってるうちになんか分かるでしょ」
とのことだった。適当すぎる。
結局、二槍流を使用するのは辞め、いつもの槍一本で戦いに備えることにした。うーん、せっかく勘を取り戻せたのに、もったいない。けど、それ以上にいつもの戦闘スタイルのほうが、良い結果を残せるだろうしな……。
ともあれ、僕にできることはやった。
で、任務当日の夜。
現在時刻十一時五十分。月が綺麗な夜。出発十分前。
雲隠れの前には僕、柳子ちゃん、赤絵の三人が集まった。
「フヒッ……いつのさん……今日はいつもと違いますねえ……セーラー?」
いつもの灰色のローブ姿の赤絵は、やはりいつも通り暗い笑みを浮かべる。
「この服のこと? ただの先輩のおさがりだよ」
僕の服装は請負人に支給される、黒いスーツではなく、先輩から譲り受けた、どこかの学園のセーラー服だった。更に服の上からカーディガンも羽織っている。
どうやら先輩が学園に通っていた頃に着ていたものらしい。ただの制服ではなく、魔術で編まれた制服であり、防御力に優れた一品とのこと。都会には武術や魔法を教える、教育機関があるらしいけど、恐らくこれは、先輩がそこに居た頃のものなのだろう。普通の学園じゃあ、こんな防御力の制服なんて着ないだろうし。
「いいですねえ……セーラーカーディガン……それに黒タイツ……萌えますねえ……フヒヒ」
「怖いからその舐めるようなねっとり視線やめてくんない?」
「じゃあ舐めます。ぺろ」
「舐められた!?」
「ついでに柳子さんも」
「ぎゃー!! なんでわたしまで!?」
「愛情表現ですよ……フヒッ」
田中さんとの決戦前だというのに、これである。緊張感が無い。主に赤絵のせいで。
まぁギスギスするよりはいいか。
僕と違って、柳子ちゃんと赤絵の格好はいつも通りだ。
柳子ちゃんは龍の姿で戦うと言ってたが……あの手提げ袋に入ってるのは替えの服っぽいな。服を着たまま龍化した場合、服破けるだろうし。
と、
「皆さんお揃いですかー?」
雲隠れの中から、大きな袋を持った、クエ子ちゃんがやってくる。袋の中身は支給品だ。
気が付けば、任務開始一分前。
「皆さん、ご武運を」
クエ子ちゃんから気持ちと袋を受け取って、いよいよ出発。
柳子ちゃんに横目を向ける。
いつも通りの落ち着いた表情だが――内心は想像するに余りある。
とはいえ、僕たちはここまで来た。来てしまった。
引く気も逃げる気もない。これは一ヵ月前の介錯任務の続きだ。それを片付けに行く。
今度は、柳子ちゃんと一緒に。
「では二人とも……黒龍の翼は持ちましたか……?」
赤絵の問いに、僕と柳子ちゃんは頷く。
「では……いざ鎌倉……!」
赤絵の声を合図に三人同時に黒龍の翼を宙に放る。というか何その掛け声。
身体に一瞬の浮遊感。そして次の瞬間には、全く違う景色が目の前にあった。
黒龍の翼は、その持ち主を指定した場所へ転移させるアイテム。これが中々貴重で、世間にはほとんど普及してない。それをぽんと出す辺り、今回の依頼主が、ガチのお偉いさんであることが分かる。
転移先は埼玉のオーミヤ区。
かつては栄えていたらしい、この場所も、今では魔物巣食う廃墟街。オーミヤという呼び名だけが残り、正式名称は忘れ去られて久しい。
僕らの目の前には、道路を挟んだ先に、朽ちた、大きなドーム型の建物がある。数万人は余裕で収まりそうなくらい、大きい。これは……かつての多目的ホールか何かだろう。こんな風になる前は、この中で何らかの催し物を行っていたのだと思われる。
さて――
クエ子ちゃんの情報によると、この中に田中さんがいるらしいのだが、その前に、今回の任務には助っ人がいる。その助っ人とは現地集合。遅れていなければ、この多目的ホールの入り口付近で、待っててくれてるはず。
とりあえずそこまで歩こう。
「助っ人ってどんなかたでしょうねえ……フヒヒ」
僕の左隣を歩く赤絵が話を振ってきた。
「偉い人が用意した助っ人ですから、強い人であることには間違いないでしょう」
それに僕の右隣の柳子ちゃんが応える。
確かに、ことがことなだけあって、厳選された実力者を寄越しては来るはず。まともな人格を所有していれば、なお良い。むしろそうであってくれ。
「……まるでいつのさんの周りには……変な人しか集まらないみたいな言いようですねえ……フヒ」
「おまえを筆頭にな!」
「わたしはまともですよ。というかいつのさんの場合は類友というやつでしょう」
「え? 僕って変?」
「はい」
柳子ちゃんから衝撃の事実が告げられた。
「フヒヒ……ですがその理屈だと……柳子さんも変な人になってしまいますよ……」
「わ、わたしは腐れ縁ですので」
「それだけですかぁ……?」
「それだけに決まってます。なんですかそのニヤニヤ笑いは。目ぇ潰しますよ」
まともに見せかけて、柳子ちゃんも結構物騒だと思う。
そんなふうに馬鹿話に花を咲かせていた時、
「なーはっはっは!」
と。
どこからか、誰かのバカっぽい高笑いが響いた。あ、なんか嫌な予感。
「アンタたちがヤタガラスの依頼を受けたパーティね?」
若い女の声だった。僕らは辺りを見回すが、周りには誰もいない。と、なると、
「どこ見てんのよ! 上よ上!」
突っ込まれて、前方の中空を見上げる。
そこに居たのは、僕らの予想を上回る人物だった。
「
宙で、得意げに変なポーズを決めているそいつは、金髪を二つに結った、所謂ツインテールと呼ばれる髪型をした、少女だった。あの長大なシルエットは、槍だろうか。それにしたって大きすぎる。
だがそれよりも、僕らの視線を独占したものがあった。
「おいおいマジかよ……」
そう言わずにはいられなかった。
月をバックにしたそいつは、不敵に笑いながら、空から僕らを見下ろしていた。
宙に浮く魔術はあるが――これはそんなチャチなものじゃない。では、そいつはどうやってそこにいるのか。
答えはこうだ。
なぜならそいつは、龍に乗っていたから。
そう、龍。ドラゴン。圧倒的な威容。
柳子ちゃんの龍化時とは真逆の、黒い龍。
このツインテールの少女は、その黒い龍に乗っていた。
これが僕らと、世界に二人しかいない龍駆りのうちの一人――三峰・D・愛音との、ファーストコンタクトだった。
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