赤色と九官鳥3


 スポーツ店に着き、早速トレッキングコーナーに向かう。他のスポーツと比べてかなり広いスペースを割り振られており、キャンプ用品なども広げられていた。ウェアもたくさん種類があり、目移りしてしまう。

「結構おしゃれなものもあるんだね」白のパーカーを手に取り、眺める。

「最近は山ガールってトレンドになってるくらいだしね」

 くれちゃんも興味津々といった様子で、つばの広い帽子を眺めている。

「とりあえず、試着してみれば」

 言われた通りに、試着室でウェアを着てみる。ふと、鏡に映る自分の体が目に入る。お世辞にも、色気のある体とは言い難い、幼児体型。

「はあ......」ため息が出た。

「緑、ハタチまであと四、五年だ。まだ諦めるのは早いよ」すかさず試着室の外から声がした。

「くれちゃん、ため息聞こえたからって察しないで......」


 気を取り直し、ウェアを着る。が、パーカーのサイズが大きいことに気づいた。

「くれちゃん、小さいサイズの持ってきてくれない?」

 すぐに探しに行ってくれたが、これより小さいサイズはもう売り切れらしい。

「とりあえず、それ着てみれば? 」

 パーカーを羽織って、ついでに帽子もかぶって、カーテンを開ける。

「うーん、やっぱり大きいなあ」袖がぶかぶかだ。「どうかな?」

「なんか......コロポックルみたいだな」

「コロポ......えっ......?」



 その後も何度か試着をし、ちょうどいいサイズで気に入ったものを選んだ。ついで、シューズも買う。両手に袋を持っていると、くれちゃんがシューズの方を持ってくれる。

 少し遅くなったが、私たちはフードコートでお昼をとることにした。昼時は人で込み合うので、少しずらしたのは丁度良かったのかもしれない。

「合宿かあ。いいな、楽しそうだな」野菜のたっぷり乗ったラーメンをすすりながら、くれちゃんが羨ましがる。

「じゃあ付いて来る?」

「お気遣いなく。その代わり、今度ウチでお泊り会でもしようよ。最近、姉さんが緑ちゃん緑ちゃんうるさいから」

「あはは、じゃあお呼ばれされようかな」私はいも天をうどんつゆに少しつけ、さくりとかじる。家族として、くれちゃんに優しく接しているお姉さんは、私も好きだった。

「あ、じゃあさ、小綸こいとちゃんも呼んでいい?」

「いいよ。例の幽霊の子だっけ?」

 間違ってはないけど、幽霊の子って言い方は語弊があると思う。

 ヘアピンをあげてから、小綸ちゃんは恥ずかしがりながらも、毎日ちゃんと前髪を上げて学校に来るようになった。その代わり両手で顔を隠す癖がついてしまったようだけど、徐々に慣れていけばいい。

「やっぱり隠したままだと、また幽霊と間違われちゃうかもしれないし。それに、せっかく可愛い顔してるのにさ、隠すのもったいないよ」

 そう言うと、何故かくれちゃんは呆れた顔を向ける。

「......緑、それ、本人に言ったの?」

「え、言ったけど」

 そう答えると、くれちゃんはため息をついた。

「緑は、とんだ悪女だね」

「ええっ!? なんで!?」



 昼食後、雑貨屋さんだったり本屋さんだったり、二人でお店を見て回った。無くなりかけていた画材を補充できたし、くれちゃんも好みのアクセサリーを買えたらしく、ご満悦といった表情を見せた。


 外に出ると、日はずいぶんと傾き、空をオレンジ色に染めていた。帰路につく人も目に付くようになり、遊び疲れたのか、父親の腕の中で眠る小さな子供の姿も見えた。

「合宿のもの、揃えられてよかった」駅に向かいながら、私は呟く。

「余計なものも買ったけどね」

「いやいや。全部必要なものですよ」

「はいはい」


 歩く私たちの後を、二つの影が追いかける。振り向いて背伸びをすると、影の一人もそれに合わせて頭の位置を伸ばした。

「やっぱり150半ばは欲しいなあ」それでも隣の影よりも低いのを見て、私は呟く。

「緑はそのままで充分いいと思うよ。背の高い緑って、やっぱり想像できない」

「それ慰めてる? なんかフクザツだな」

 そうこうしているうちに、駅の前に着いた。電信柱の上では、カラスがお馴染みの声で鳴いている。

それを見て、私は朝の、ハシボソガラスに似たあの鳥のことを思い出した。

「あ、ねえくれちゃん。電車乗る前に寄り道してもいい?」

「寄り道?」

 彼女を連れて駅を通り抜け、少し歩き、商店街に出る。歩行者天国はもう終わっていたらしく、道にせり出していた売り場は、ほぼ全部片付けられていた。

「この先にね、ちょっと変わったお店があって。そこの店長、キュウカンチョウって鳥がやってるの。インコみたいに人の言葉を喋る鳥で......」

 そこまで言うと、くれちゃんは何かに気付いたというように、戸惑った表情を見せた。

「くれちゃん?」

「この先って......」


 お店のすぐそばまで来たとき、くれちゃんは、急に足を止めた。


「どうしたの?」

「店長......」

 彼女の声は、少し震えている。

 店頭にはさっきと同じように鳥かごがあり、その中では黒いものが動いている。すぐ近くで、店員さんが掃き掃除をしていた。

「あら、さっきの」私に気付くと、笑顔で話しかけてくれる。

 そして、くれちゃんの方にも目を向ける。すると、店員さんは少し驚いたような顔をした。

「あなた、もしかして......」


 その店員さんの言葉は、店長の大きな声によって遮られた。


「Have a nice day! You’re … ‥lone! Have a nice day!」


 ところどころ上手く発音出来ていない英語。昔仲良くしていたという、女の子の声で、何度も何度も叫んでいる。


 そこで、私は気付いた。


「びっくりしたあ。店長、脅かさないでくださいよ」店員さんはどこか嬉しそうに言う。

「興奮してしまったようですね。久しぶりの再会ですものね」

 店員さんの微笑みは、くれちゃんの方に向いていた。


「そっか。昔よく来てた女の子って、くれちゃんのことだったんだ」

 店長が真似ているその声も、今聞いてみれば、どことなくくれちゃんのものと似ている気がした。


 くれちゃんは店長の元に近づき、しゃがみこむ。店長はその間も、ずっとしゃべり続けていた。

「店長、ご主人が亡くなって寂しくて、そんなときにあなたが来てくれたので、ずいぶん救われたんだと思いますよ。きっと、ずっと覚えてたんだと思います。あなたのこと......」

 店員さんの言葉を聞くと、くれちゃんは「そうですか......」と、小さく微笑んだ。夕日のせいか、彼女の瞳はきらきらと輝いて見えた。



 電車の窓から見える景色がするすると流れていく。夕陽が家々を染めるこの時間帯の景色はいつも、寂しげで綺麗だと思う。

「あの街に住んでた頃の私は、まあ、前に言った通りの状況でさ」前というのは、中学一年生のとき。丁度今のような夕方の、保健室でのこと。

「別にそのことで、クラスメイトから苛められたり、仲間はずれにされることはなかったんだよ。むしろ優しかった。だからなんだろうね。私とどう接すればいいのかわかんなかったんだと思う。すごい気を使って、私にあんまり話しかけてこなかった」

 もちろん、なんとかくれちゃんと仲良くなろうとしたんだろう。でも、余計なことを言って傷つけてしまいたくない。そんな迷いから、悪気は無くとも彼女を避けてしまった。

「でも私も強がりでさ。わざと気にしないようにしてた。そんなとき、英会話の帰りに、ふらふらと寄り道して、店長に会った。しゃべる鳥なんて珍しくて、私、ずっと眺めてた。鳥かごの前で、じっと」

 私の頭には、夕陽に照らされながら店長を眺める少女の姿が浮かんでいた。

「そのうちさっきの、店員の女の人が来て、店長がこんなに元気なのは久しぶりだって言ったの。前のご主人が病気で亡くなってから、ずっと元気がなくて。それ聞いて、励まそうと思って、一人じゃないよって話しかけた。習いたての英語で。そしたら、なんか涙出てきちゃって。私も寂しかったんだって、自分のことなのにようやく気付いた。店長も、全然関係ない言葉なんだけどよく喋ってくれて。そのときから、私はしょっちゅう、店長とお話しに行くようになったんだ」

 孤独を感じていたくれちゃんを、店長が励ましてくれた。あのときのくれちゃんを支えてくれたのは、店長だったんだ。そしてくれちゃんも、店長を支えていた。


「緑、あんたって本当……」

 そう言われてから、いつの間にか私の瞳がいっぱいの涙であふれていることに気付いた。

「なんで緑が泣くのよ」

「だって、嬉しくて。くれちゃんが一人じゃなかったってわかって」

「今だって、昔だって、一人じゃないよ。ほら、変に注目浴びてるから」

 周りの乗客の視線が集まっているのを見て、くれちゃんが慌てて私をなだめる。それでも、私の涙は止まらなかった。

「よかったね。くれちゃん、よかったね」

「あんたは私のお母さんか。もうわかったから」

 電車がカーブに差し掛かり、夕陽が窓から差し込んでくる。そのせいか、くれちゃんの頬が、きれいな赤に染まっていた。


「今のままで充分、だよ」

 くれちゃんが何か小さく呟いたけれど、それは私の耳には、届かなかった。



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