白色アイデンティティ

霜月秋旻

白色アイデンティティ

「あなたの好きな色は何色ですか?」


 バイト帰りに道を歩いていると、見知らぬ女性に声をかけられた。いきなりの質問に、私は狼狽えて返答できずにいた。私をじぃっと見つめる彼女の瞳は引き込まれそうになるくらい、美しく輝いている。まるで私の心の中を見透かされているかのようだった。

 彼女は私の返答を待たず、クスクス笑いながら去っていった。


 好きな色?私は何色が好きなのか、自分でもわからない。

 頭の中でいろんな色を思い浮かべているうちに、私は自分が住むアパートの部屋まで帰ってきた。


 私の部屋の両隣には、それぞれ小説家志望の人間が住んでいる。

 右隣に住んでいるジョウスケはダーク系の小説を得意とし、人間の欲望や本性を生々しく描く。

 左隣に住んでいるユウタは明るいコメディタッチの小説が得意で、私はいつも、その二人の小説の最初の読者となり感想を述べる役割を担っている。

 どちらが書いた小説も私は好きだ。ジョウスケの書く小説はとても考えさせられるし、主人公がカッコいい。ユウタの小説は温かく、読んでいると心が和む。色で例えるなら、ジョウスケは黒、ユウタはベージュといったところだろう。二人とも、ちゃんと自分の色を持っている。


 ある日、私の部屋で三人で呑んでいると、ジョウスケが私に聞いてきた。


「なあレイジ、俺とユウタ、ぶっちゃけどっちの小説が面白いと思うよ?」


「そんなの決められないよ。どっちも面白いし…」


「あのなぁレイジ…じゃあお前は、どういう小説が好きなんだ?ダーク系か?コメディ系か?どうなんだよ!」


 その質問に、私はまたしても答えられなかった。


「レイジ、お前ってさ、自分っていうものを持ってないよな。」


 ジョウスケが口にしたその言葉は、弾丸のように私の体をバズンとぶち抜いた。

 確かに私には、特別これが好きだ!と思えるものも無ければ、特技もない。周りの人間の好みに便乗しているだけだ。何がしたいわけでもない。毎日ただただバイトに明け暮れて、気が付けば一日が終わっている。それを繰り返しているだけだ。


 その数日後、私は目的も無くただフラフラと街を彷徨いた。

 本屋でファッション誌や自己啓発本を立ち読みしたり、CDショップでいろんな曲を視聴したりしているうちに疲れ、喫茶店に入った。


 頼んだコーヒーが運ばれてくるのを席に座って待った。すると目の前に、またあの女性が現れた。前に私に好きな色を尋ねたあの女性だ。


「あの、ここ、いいですか?」


「あ…どうぞ…」


 女性は私と向かい合わせに座った。テーブルにコーヒーが運ばれてくると、私はそれを少し啜った。すると


「コーヒ、お好きなんですか?」


「え?あ、まあ…」


「どのコーヒーがお好きなんですか?」


 また彼女が質問してきた。好きといっても、特別好きだというわけではない。


「いや、別にこだわりは無いんですけどね…」


「そうですか…」


 こないだの色の質問といい、彼女はいったい何が目的なのだろうか。


「私には、あなたが見えないんです…」


「え?」


「これから私が言うこと、笑わないで聞いてくださいね?」


 そう言うと彼女は私に、自分の事について打ち明け始めた。


 彼女の名はココミ。幼い頃から不思議な能力を持ち、人の心の中の『部屋』が見えるという。

 こないだ雑踏の中で、私の『部屋』に興味をもち、声をかけたという。


「人の心の部屋には、その人の好きな物が置かれているものなんです。『部屋』の壁はその人の好きな色。しかし、見えたあなたの『部屋』は壁が斑模様で、いろんな物が山積みに置かれてました。ですから、あなたは何が好きなのか、どういう人間なのかわからなくて…」


「自分でも…わからないんです。何にも興味を持てないし、自分の考えも持ってない。友人にもそれを指摘されてしまって…お恥ずかしい」


「そうですか…あなたの部屋は、白だったんですね」


「え…白?斑模様じゃなかったんですか?」


「もともと白かったのが、いろんな人の『心の部屋』に影響され、斑模様になったんです。山積みになっている物も、まわりの人が好きなものであって、あなたの本当に好きなものではないんです。きっと…」


「でも白って、結局何もないってことですよね?」


「それがあなたの個性ですよ。白も立派な色じゃないですか。白は、これから何色に染まるかもわからない、無限の可能性を秘めているんです。白があるからこそ、他の色は際立つんです」


「無限の可能性…?」


 私は、白なのか…。


 彼女の言葉は、怪しい斑色に染まった私の『部屋』を再び白く塗り直し、山積みになっていたものを片付けてくれた。


「あの…」


「はい?」


 私は、彼女の瞳を見て、こう言った。


「私の好きな色は、白です」

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白色アイデンティティ 霜月秋旻 @shimotsuki-shusuke

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