お年玉ネヒュー

皆同娯楽

第1話

 俺には甥のたかしがいる。

 生まれた時から可愛がってきたたかしも今年で幼稚園児になる。

 そして一月一日、元旦を迎えた今日、初めてたかしに言われた。


「おじさん、おとしだまちょうだい!」


 どこで覚えたのか屈託のない笑顔でそう言うながら、両手を差し出してくるたかし。

 あー、なんて可愛いんだ。


「ああ、いいよ。何円欲しいんだい?」


「んーとね、ひゃくえん!」


 たかしは両手の指全部を上げてアピールする。でも、それは十円じゃないか。ハッ、ハッ、ハッ!

 まあ、ある会社の社長をやっている俺には何万あげても苦にはならないのだが、こんな小さい子供に大金を与える訳にもいかない。お願いされた百円をあげることにしよう。


「はい、どうぞ」


「ありがとう、おじさん! みてー、おかあさん、おじさんにおとしだまもらったー!」


 たかしは声を挙げながらキッチンにいる俺の姉の元に向かっていく。

 こんな喜んでくれると俺も嬉しい。これからも毎年あげていこうかな。

 ということで、次の年の元旦。


「おじさん、ことしはにひゃくえんちょうだい!」


「おお、いいよ、いいよ」


 おっ、値上げしてきたな。こいつ、相変わらず可愛らしいな~。二百円ぐらい、いつでもあげるのに。


「はい、二百円」


「ありがとう、おじさん!(ニヤリ)」


 んっ……? あれっ、何だ。今、たかしニヤリと悪戯めいた笑顔を見せたような……。

 いやいや、気のせいだよな。こんな子供に邪推な考えなどある訳がない、よな。うん、今見たら子供らしい無垢な笑顔を向けている。全く、可愛いじゃないか。

 そして、更に一年経過。


「おじさん、せんえんちょうだい!」


 おっ、おう、急激に跳ね上がったな……。ていうか、千円って幼稚園児にしては高くないか。

 でっ、でも、お願いされた以上あげたくなる。


「はっ、はい、千円。ただし、親には内緒だぞ。色々うるさそうだから」


「うん、分かった、ありがとう! ……ニヤリ」


 たかしー!

 遂にはっきり口に出したよ! たかし、嫌らしい笑み隠す気ないよ! お前、いつからそんな嫌らしい子供になったんだよ!

 そうして、また一年経って正月を迎えた。たかしは小学生になった。


「おじさん、一万円頂戴よ」


「ええっ、一万円!」


 当然といった感じで不遜な態度で、手を差し出してくるたかし。あと、ガムをクチャクチャ噛んでいる。

 って、おい! 一万って小一がもらう額じゃないだろ!

 だがしかし、甥は甥。こんな態度されても可愛いものは可愛いし、今までの惰性というのだろうか。俺は要求通りに一万円を渡した。

 こんな感じで少しずつ変わっていったたかしだが、今考えればあの時はまだ全然良かった。

 たかしが急激に変わったのは、中学生に上がってからだった。


「おじさん、んっ」


 今年も迎えた新年。姉の家に行くと、リビングでテーブルの上に両足を乗せながら、ソファに座っていたたかしに、分かっているだろといった感じで手を差し出しながら言われた。

 最早、額も言わないのか……。

 だが、ちゃんと用意はしてきている。俺は五万円の入っているポチ袋を取り出す。


「あっ、ああ、これだろ。はいっ、あけましておめでとう」


「ういっす。――って、おいおい、五万ぽっちかよ。おじさん、七万円頂戴よ」


 あれっ、何こいつ、全然可愛くないぞ! これ、怒っていいよね、マジ怒るわー!

 だが、渡さないのも負けた気分になって癪だ。俺は言われた通り、七万円渡した。


「うぃでーす」


 何、今のお礼!? 日本語喋れ、日本語!

 本当、あの可愛かったたかしはどこ行ったんだよ!


 ――それから一年経った次の年には、七万円渡した。


「ひー、ふー、みー、しー、いつ、ろー、しち……って、えー、おじさん、これ七万しか入ってないよ! 普通十万は行くっしょ」


 普通ってなんだよ、どこの普通だよ! 良いだろうが、七万でも! あと、お前数え方おかしいんだよ! ちゃんと数えろや!

 だが、やはりやむを得ず十万あげた。

 ちなみに、次の年は二十万あげた。

 そして、その次の年は遂にたかしも高校生。一人暮らしを始めたようで、俺は一年の始まりにしてクソ苛立たしいこの日に、そのたかしが住んでいるアパートの一室に向かった。

 最早、あの可愛かった頃の面影は微塵もない、クソ生意気な甥に今回は何万あげなきゃいけないのかと辟易しながら、チャイムを押すと扉が開いた。


「おじき、おいっす」


 遂におじきになったか……。そして、その体には刺青が入れられている。


「あけましておめでとう」


「まあ、上がってくださいよ」


 そして、部屋まで上げられて対面するように椅子に座らされた。

 するとたかしは、申し訳なさそうに口を開いた。


「おじき、お年玉として百万円くれないか」


 頭を深々と下げられた。

 おおっ、百万か。遂に七桁来たか……。最早それ、お年玉の域を超えている気がする。

 そしてまさか、お年玉でこんなに必死に頭下げられるとは思わなかった。

 仕方なく百万円、渡した。


 ――次の年


「おじき、お年玉として五百万貸してくれないだろうか?」


 土下座された。

 お年玉で五百万貸してって最早お年玉のレベルを越えているし、まさかこんなに本気でお年玉を懇願されるとは思わなかった。

 ずっと前から思ってたが、たかしよ、何があった。


「ああ、分かった、貸そう!」


「おじき……恩に着ます!」


 そうして、次の年。たかしは高校三年になった。まだ貸したお金は一銭たりとも返ってきていない。

 たかしも来年から社会人。一般的に考えて、たかしにお年玉を上げるのはこれで最後だろう。そう考えると、あんな毎年始まりが苦痛だった筈なのに、なんだか寂しい気もしてくる。

 俺は今年も、たかしが引っ越したというなかなか整理の行き届いた家に行き、中に通された。中は最新のパソコンや明らかに豪華な時計など装飾品で溢れている。


「おじき、お年玉をくれないか」


 正面に座るたかしが真剣な面持ちで言ってくる。


「ああ」


 分かってたさ。今回は一千万円を鞄に詰めて持ってきた。それを準備する。

 さて、今回は何万要求されるのか。


「で、今回は幾ら欲しいんだ?」


「いや、今年はお金じゃないんだ、おじき」


「えっ?」


「おじきの会社を俺に譲ってくれないか?」


 また、土下座された。

 最早、お金じゃないし、それはお年玉ではない筈だ。だが、今回のたかしからは並々ならぬ意志を感じる。


「何かあったのか?」


「ああ、実は決まってたって言ってたけど、本当は俺就職なんて決まってなかったんだ。もう少しで卒業なのに全く決まる気配が無いし、決まっていく仲間達にはバカにされて、俺悔しくて……。……ごめん、おじきに心配かけたくなくて嘘吐いてた」


 雫が床に落ちる。たかし、そこまで悩んでいたのか……。


「分かった。俺の会社譲ってやるよ。だから、絶対成功させろよ!」


「おじき……。ありがとう。俺やるよ!」


 そうして、甥に会社を譲った。


 ――半年後、甥の会社は潰れた。

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